杯ノ百八十
指に伝わるはっきりした圧迫感に、青年の右腕が大きく波打つ。しかし…それだけ…それ以上の抵抗が試みられる事はなかった。
青年は気付いたのだ。自分の腕が動いた反動で、人差し指の爪が童女の上顎の肉を引っ掻いたのに…それなのに童女は顔色一つ変えず、人差し指が彼女の歯に触れる事もなかったのに…。
そして…彼女に指を食い千切ろうという悪意が微塵も無いのであれば…止血をしようとしてくれているらしいのだから…自分には抵抗する必要など無かったと言う事に…。
ちなみに、『恥ずかしいから、指を銜えられたくなかったのでは…。』などの、野暮な意見は回避して頂く方向でお願いしたい。何しろ当の青年は、
(折角、血止めをしてくれるって言うんだ。その好意に甘えれば良いじゃないか。…甘えると表現するしかないのが、我ながら悔しくもあるけどな…。それでも、これがチャンスである事には違いない。こんな棚ぼたな展開だが、俺の寿命にささやかでも猶予が出来たなら…こいつに一言、物申してやりたい事もあった。それに死が不回避なものである以上は、聞いておきたい事もある。)
と、気持ちも新たに、自分の生命と向き合おうという気概を取り戻すことが叶ったのだ。…まぁ、相変わらず、真っ暗に閉ざされた前ばかりを見ているのは変わらないが…。
それでも、童女の出現で完膚なきまでに潰えたかに見えた青年の希望の中から、どうにかこうにか、手付かずの意欲を見出せたのは僥倖であった。
青年も心の何処かではずっと、意地を張ってやりたいと思っている。それが自己満足の類とは知りつつも…お前を傷付けたのは自分の意志だ…そう、童女に向け宣告したいのだ。
杯ノ百八十を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
誰かのお喋りが含まれない回は、何だか、久しぶりな様な気がします。それと、若干の物足りなさも…まっ、悪くはない気分ですな。こうして自分なりに、ストーリーを楽しみ出来ているのは…。楽しくなければ、やってられないとも言う(^v^)
それでは、また、張り切って、次回の梟小路の綴る文章でお会いいたしましょう。