杯ノ百六十五
この鏡面ように滑らかな石舞台の上を、そんな風に…まるで、青年の手の前に見えない壁でもあるかの様に…彼の周囲だけを避け、血が流れ進んでいるのだ。
しかしながら、実際には青年の周りに、『見えない壁』などという都合の良い代物がある訳も無い。そのため青年は、震える右手の石舞台を叩く振動が、血流の行く手を遮ったのだと…一応…結論付けたらしいのだ。…なるほど…ことの正否は兎も角として…この状況では笑うしかないだろうな。一度は分断された血の流れが、自分の背後で不自然に合流しているのに気付いてもいるだけに…。
そうこうしている内、童女の血は遂に石舞台の側面をも下り、水堀の中へと混じっていく。
仄暗く、水面のざわめきすら見て取れなかった堀の水。それが、薄ぼんやりと、妖しい朱色の光沢を持ち始めたのを見下ろして…青年は途方に暮れた様に溜息を唇の隙間から逃がして、
(こう成ってみれば、後ろの水に飛び込めなかった事は幸いだったかもな。俺を避ける様にして水溜めに流れ落ちていく挙動と言い…蝋燭の火が残り一本しかない様な状況で、発光しているのかと見紛うばかりに目立つ赤色と言い…あいつから溢れ出している血は、やっぱり、普通じゃないみたいだからな…。)
どうやら青年は、案外と冷静に、かつ的確に身に迫る現実を見抜いていた様だ。火を灯している蝋燭の数や…それより何より、童女の血が自分を避けて通っている原因が、己の右手の指が起こす振動とは無関係である事に気付いていたのだ。
しかしまぁ、解かって居るからと言って、止められる類の震えではないのだが…。
妖しの血に絡みつかれ、身をよじり、荒れ狂う水面。
杯ノ百六十五を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
これで165話目ですか…。100話を越えてからは、やたらと速かった様に感じます。
この習慣を維持する事が出来たのは、思いがけず高い水準を保ったモチベーションの為ですけども…その理由はと言うと、『雀荘に行くくらいなら、もう少し健康的に、文章を書こう』や、『ネット麻雀するんだったら、小説を進めよう』だった訳ですからね。…完全に社会復帰を果たせるまでは、まだまだ頑張らないと駄目かな(^v^)
それではまた、いずれは『やる気がそこそこでも、文章が書ける』様な状態を目指して、次回の梟小路の綴る文章でお会いいたしましょう。