杯ノ百五十八
湖底を覗く事が出来ない。水面下を一寸先すら見通す事も出来ないとしたら…それは恐ろしい事に違いないだろう。
何せ、湖の中にはどんな危険な生き物が潜んでいるか、解かったものではないのだからな。
湖に手を入れた瞬間に、凶暴な肉食魚のノコギリの様な歯が、指にガブリッと噛みついてくるかも知れない。それとも、獰猛なワニが腕に食らい付いてきて、そのまま湖の中へと引き摺り込まれる可能性も否定は出来ない。あるいは、皆さんが湖の前に屈んだ瞬間、中生代に絶滅したはずの海竜が突如として湖面より出現。そして逃げる間もなく大きな口で、パクリッ、一呑みにされる様な展開だって…吸血鬼が居るんですからね、絶対に無いとは限らないではありませんか。
そう、ご覧頂いた通り、人間とは神経質なまでに『未知』の領域に潜む危険を想像し、誇張し、恐れを抱くものだ。
しかも、広大な湖水をすら満たす『未知』の恐怖が、この小さな杯の中に…縦の長さが160センチほどしか無い棺桶の中に沈んでいるのだ。確実に…鋭い『牙』を備えて…。
まんじりともせずに血溜まりを、そして、それらを縁取る檜の枠を見つめる、青年。
いつ赤い血が溢れ出すかも解からない危うい均衡が…もう何秒も、それどころか何分、何時間と続いているようにすら感じられる…。
(いっそのこと、この棺から血が流れ出してしまえば…それより、棺を引き倒せば…何のことは無い。あいつの死体だって一緒に転がり出して来るんじゃないだろうか…。)
と、青年の脳裏に横倒しに成った棺桶のイメージが…真っ赤に染まった石舞台の上を、白木の杭が転がる情景を想像した刹那…怖気が冷たい指先を這い上る。
杯ノ百五十八を読んで下さり、ありがとうございました(^v^)
例年の正月は、もっとだらけた感じになるのですが…『貴女を…』の執筆の為に、そこそこ、規則正しい生活を遵守しているのが良いのでしょうな…この分だとスムーズに明日からの日常に戻れそうだ。
…憂鬱さとか、モチベーションの類は…まっ、ぼちぼち、平時の呼吸に慣れつつどうにかしていきましょう。
それではまた、執筆の能率が下がらないかと心配しながらも、更新は直向きに続ける、次回の梟小路の綴る『貴女を啜る日々』でお会いいたしましょう。