杯ノ百五十三
青年は思考の糸を絞り上げ、纏める様に、胸一杯に洞窟内の空気を吸い込んだ。
(俺の鼻はとっくに馬鹿に成っているけど…あれだけ甘く、騒々しかった匂いが感じられない。こいつの身体が血溜まりの中に沈んだからだよな…とするとあの匂いは、こいつの血の匂いでは無く、臭腺から出ている体臭だった訳だ。…よし、少しは人間に近いところがあるのも解かって、まぁまぁの気休めにはなった。)
と、やっぱり彼は、並みの精神力の持ち主では無かった様だ。何せ一本化した意識を、異常からの『逃亡』にではなく、異常を『観察』することへと結び直したのだから…そう所謂一つのアレだ…『馬鹿は死ななきゃ治らない』…。
青年は改めて、血の池地獄と化した棺桶の中に浮かぶ、白木の杭と、童女の頭のわずかな部分を見つめる。
海面下に沈み行く巌窟の如く、徐々に、耳の奥へ赤い血潮が流れ込んでいく。その鮮やかに過ぎる情景を凝視していると…青年にも、童女の白い肌が赤い血に染まっているのか、それとも、血の赤へと童女の淡雪の様な白が溶け出しているのか…解からなくなっていく。
そんな彼の瞳に焼き付いた残滓すら飲み込むかの様に、血溜まりは刻々と、そして、トクトクと水位を高めて行った。
赤いスクリーンの内側では、なおも煌びやかな金色の髪が絡め取られ…一本一本、血の滴る金無垢のネックレスの様に重々しく、水面下へと沈んでいく。
形の良い顎も、ふっくらと青褪めた頬も、細い鼻筋も、伏せられたまつ毛も…順々に、血溜まりの中へと消える。そうして血溜まりは…枠の外側へと突き出た白木の杭だけを残し…遂に、棺桶の隅々までを…童女を飲み込んだ…。
杯ノ百五十三を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
昨晩の他作品の執筆からきれいさっぱりスランプが消し飛んだ事も手伝い、今回の『貴女を…』の執筆はかなりスムーズで御座いました。
…けれど…今までは、疲労や、眠気と、梟小路の書く文章の出来に関連性は薄いと思っていたのですけどねぇ…。今朝の筆の乗りの良さを思うと、スランプ解消とは関係無しに…やはり、寝不足は執筆によろしくは無いのだなと…そう、気付かされました。まっ、休みに入りましたし、しばらくは無用の悩みですけども(^v^)
それではまた、楽しい執筆活動には、より正しい生活リズムが肝要と痛感した、次回の梟小路の綴る文章でお会いいたしましょう。