杯ノ百四十五
それは、青年が童女の笑顔を見た…その瞬間の出来事…。
しかしながら、青年が杭を手離したのは、童女が苦悶の表情を浮かべて居なかったからでは無い。ましてや、彼女が何の屈託も無く微笑み続けていたからでも無い。
どうしても、彼自身の意思ですら杭を手離そうとしなかった右手。その手が、遂に白木の杭を捨てたその理由とは…消えていたからなのだ…。
青年を彼の父親とダブらせて見ていた眼差しが、そして、何よりも生気と言うものが…童女の面に張り付いている笑顔から、消え去っていたのだ。
おそらくは、青年の頭が理解する前に、彼の肉体が…右手が察知したのだろう。
目の前の笑顔は死の淵に沈んだのだと…童女の、吸血鬼の生命が、この瞬間に潰えたのだと…。
何とおぞましい表情だろう。…死んでいながら、それでもなお誰かに向けられる笑顔…。
ごわごわした新雪の様に白い。そんな、青年の右手の上っ面だけが震えていた。
青年は童女の笑顔から視線を逸らす様に、掌を見つめる。彼の思っていた通り、杭との摩擦でか、薄皮が捲れていた。…と、その掌の上へ…つぅっと…人差し指の腹に一筋の赤い筋を記して…鮮血の雫が伝い落ちる。未だ、指からの出血は治まっては居なかったのだ。
この出血の原因を、童女の唾液だと断定している青年であったが…慌てて、左手を…だが、左腕自体が言う事を聞かないのを思い出すと、仕方なく、人差し指の付け根を歯で銜えて止血をする。
その時、青年ははたと気付いた。
(間違いなく喉笛を潰して、貫いた。その割に…出血が少ない…。)
青年は、右手に戻った頸椎を砕く感触に、止血する顎の力を強めた。
杯ノ百四十五を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
前回、それに今回も…少々、グロい感じの描写が続きました。
うーむ、やっぱり、『残酷描写あり』の小説とするべきか、再考が必要かも知れませんねぇ…。
よし、決めました。
後、10回。梟小路の中で10話分『グロい感じの描写』を重ねたと判断したその回から、『残酷描写あり』の警告文を『貴女を…』のあらすじに記載する事としましょう。そうしよう(^v^)
それでは、また、しばらくは『残酷描写のレッテル』を免れた、次回の梟小路の綴る『貴女を啜る日々』でお会いいたしましょう。