杯ノ十四
青年は、頭を、全身の筋肉を冷ます様に、大げさに深呼吸。古い壁紙に近かった所為か、胸に詰まる様なシンナーの嫌味な香りで少しは落ち着けたようだ。…客間を抜けた、その先を思い出そうと黙考を継続する…だが…。
(客間を抜ける。…その後がどうにも思い出せない…いや、肝心なことはちゃんと覚えているんだ。親父はあの女との逢瀬へと続くルートを、折りに触れて、そして、いつでも楽しそうに俺に語って聞かせた。)
青年は懐中電灯の灯火を消すと、もう一度、肩を逸らして深呼吸をした。
わずかな明かりすらない漆黒の中にどっぷりと浸かって…自らが息を吸う音が、足場さえも掻き消してしまいそうな感覚。そして、より鮮明になったきついシンナーの臭いが、酩酊した様に在りし日の記憶を呼び覚ましていく…。
(親父は下戸の癖によく安酒を持ち出しては、俺に楽しそうにこの洋館での冒険を語って聞かせた。そして…その後はいつも、寂しそうな顔して安物のワインを啜っていたっけな…。)
汗で背中に張り付いたシャツが、体内の血脈を吸い上げるかのように冷たい。青年は、リュックサックに詰まった闇の重みを肩に感じながら、少しずつ記憶を巻き戻す。
(肝心なのは洞窟だ。親父の話はいつも洞窟に辿りついた所で終わっていた。客間を抜けて…その後はどうだったか…しかし、最後は必ず洞窟に入ったところで終わる。…洞窟か…。)
青年は鼻を摘まれても解らない様な暗闇の中を、行ったり来たりしながら彷徨い歩き始めた。
(これだけだった広い館だ、ここの他にも客間くらいあるだろう。だが…親父の言っていた客間は間違いなくここだ。…あの女は客間に引きこんだ客人の血を吸う。)
この小説を書き始めて、早、二週間。…ようやく、吸血を題材にしていることを大っぴらに出来そうな、それっぽい文章が…。
まっ、つっても、この作品を書くのはかなり楽しいですから、書き手としては退屈もせず、良い具合でやらせて頂いてます(^v^)
それならば…っと、読んで下さる皆さまの退屈を頂戴している、その分に見合う作品を書かねばと心に誓う今日この頃でございます。
杯ノ十四を読んで下さり、ありがとうございました。