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杯ノ十三

 この通路に入り込んだ時よりも足取りは重く、足音は低い。…しかし、何故だろうか…何となく前に進むという動作が、しっくりきている様に感じられた。

 青年は、一歩ずつ、身体ごと前に出ながら、口の中で反啜する様に何やら呟いている。

 (親父が初めてここを訪れた時には、玄関の鍵は開いていた。今日、玄関が閉ざされていたのは…親父が、ここを最後に訪れた時に鍵を閉めて行ったからだ…多分、俺が馬鹿な気を起さない様にってな…。)

と、そんな事を考えている内に早くも、青年はどん詰まりにぶつかってしまったようだ。目の前では深緑色の壁紙の上で、複雑な模様をした金細工が数十年かぶりの光を受けて、影を躍らせていた。

 青年は闇を塗られ色濃く成った金の趣向を眺めながら、笑いを漏らす。

 「そこまでして最愛の女とやらを守りたいかよ、親父。…っが、悪ぃな。あんたが必死になればなる程、俄然興味が湧いて来たよ。俺だって男だからな、あんたが生涯忘れられなかった女がどんな(つら)してるのか、どうしても見たくなった。」

 青年は勝ち誇った様な含み笑いを、ゆったりと口の中で引き延ばした。それから…不意に、瞼を、笑みを眠そうに下げると、

「それとも何か…まさか、俺がここを訪れる事を解った上で、俺があの女の餌食に成らない様に…。」

 そう、寝ぼけた様に、口の中で噛み切れなかった物を吐き出すように呟いて…青年はハッとした様に、忌々しさに顔をしかめた。…頭の天辺からつま先にまで達する感情を潰す様に、腹立ち紛れにギュっと、靴の中で足の指を握り締めて…。

 青年は奥歯を噛み締めながらも父親との記憶を先に進める。

 (玄関を入り、正面の大きな階段を上って、客間を抜ける。)

 今パートも、一読、ありがとうございました(^v^)

 皆さま、杯ノ十二はお楽しみ頂けたでしょうか。…まっ、吸血鬼も未登場でこんなことをお訪ねするのもなんですけどねぇ…。

 それにしても、意外と、『即興で書く』を全うするのは難しい。文章を書いているときの外は、努めてこの作品の事は考えない様にしているんですけど…いざ執筆を始めると、どうしても、先々の展開を考慮した文章に成りがちですね。

 反面、そのお陰で毎日の投稿が可能になっている節も有りぃのと…本当に、伏線好きってやつぁ始末に悪いぜ。

 ではでは、明日の分の文章に思いを巡らせるのはこのくらいにいたいまして、明日は、明日に思い描いた梟小路の小説でお会いしましょう。

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