杯ノ百十
耳の穴にアイスピックを刺し入れられた様な、鋭利な衝撃音。
無音の状態がその次に訪れた出来事であった為に、青年は自分の鼓膜が敗れた事を懸念した。
しかし…そうだからと言って、確認のしようも無い訳で…。青年はただただ、胸板を内側から小突く感触と、パニックを起こし掛けている鼻から上の違和感を宥める様に、手で左耳を摩っている。
童女を熱心に見詰めていた彼の目線も…彼女が異常事態の震源と解かり切っている以上…するりと、捕えたはずの魚が手から逃れる様に、湧水を湛える水堀の方へ…そこで、自分の『異常事態』というものへ認識の甘さを、見せつけられるとも知らずに…。
右耳を塞ぐ肩越しに、青年は見てしまった。
それは水面に立つ、無数の波紋。音も無く水の表面が揺れ動き、さざ波同士が混じり合い、打ち消し合う。
弱まった蝋燭の光の中で、水は仄暗く、どろりと重く…それでいて、巨大な天体望遠鏡に用いられる液体鏡の水銀の様に、滑らかに、眩く、光を投影している。
それは、この館で垣間見た光景の中でも、指折りの幻想的な『場面』。平坦で、そして、奥行に富んでいた。
しかしながら、この情景をその様な優雅なものとして捉える事が許されるのは…我々、傍観者のみ。
残念な…否、残酷な事ではあるが、青年の眼に突き付けられたのは、銀鏡に映る幻影ではなく、目に映る現実そのものであった…。
青年は、ハッとして、『異常事態』の真意を、水堀から汲み取る。
(水面で弾けているのは…あれは、さっきの地震で崩れ落ちた、岩壁の欠片か…。それがこいつの発する超音波の振動で粉砕され、その衝撃で波紋が起きている訳か。)
杯ノ百十を読んでやって下さり、ありがとうございました(^v^)
小耳に挟んだのですが、どうやら、『小説家になろう』さんでは『架空戦記』のジャンルが流行っているとか…良い時代に成りました…。
梟小路が学生の時などは、友人に『何か、面白い小説を紹介して』と請われ、これはと思う『架空戦記』小説を紹介しても…、
「そのジャンルは肌に合わない。」
だの、
「架空の戦記を読む位なら、歴史書読むよ。」
とか言われたものです。
しかし今日に、読み書きの両面から脚光を浴びていると言う事は、潜在的には『架空戦記』を愛好する層が居り、我々素人物書きの段階で楽しみ方が広がるまでに、ジャンルとして醸成されていたと言う事なのでしょうな。本当、一愛好家としては、感慨深く、喜ばしいこってすよ。
梟小路も『貴女を啜る日々』を…『架空戦記』ほどのスケールは難しいかも知れませんが…せめて、洞窟の内部から脱却させられる様に頑張らねば(^v^)
それでは、また、スケールの大きな描写の出来る日を目指して、次回の梟小路の綴る文章でお会いいたしましょう。