杯ノ千四十四
静馬の目元に触れれば、直接、指で温もりを掬い取る事も出来る。だが…。
「そんなに…痒くて、我慢ならないのなら…自分の手で、指で、瞼でも、何でも、擦ったらいいのじゃない。」
安く見られては、沽券に係わるからな。唯でさえ、棺桶に大人しく収まっていた件で、都合の良い女と思われている節があるのだ。年若い彼にこれ以上、『重しにすらならない』などと侮られる訳にはいかない。
腰を下ろした静馬の太腿に、グッと尻を押し付ける、月紫。肩を、背筋をくねくねっと揺す振り…さて、彼女の体重でどの程度の効果があったことやら…。まぁ、折角の申し出を撥ね付けた後悔と、虚脱感で、多少は、重みにも色が付いているかも知れない。
身の置き所がなく、あっちにふらふらっ、こっちにふらふらっしている艶やかな金髪、白い首筋。静馬はそれを、薄く開けた瞼の隙間から見つめて…小さく笑気を零す。
「そうしたいのは山々なんだが…。生憎とまだ、あんたに言われた通り。俺の手は器用に力加減が出来る程、言う事を聞いてくれそうにないんだよな。流石に、自分の指で目玉を抉り出す…なんて醜態は、勘弁願いたい。」
乾いた笑い声の間を、チクリッ、チクリッ。継ぎ目に刺さる様な苦しげな吐息。これを聞く限り、『耐えられないくらいに目玉が痒い』と言うのは、嘘でもなさそうだ。
月紫はさっさと居住まいを正して、心配そうに耳を澄ます。その沈黙を、勿体ぶっていると勘違いしたのか。
「知らなかったとは言え、あんたの両手指を実験台にしたのは悪かったよ。」
「…そんな事、気にしないで良いのよ。けれど…静馬は何故、『繕わない』の。」




