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杯ノ千四十一

 血の張り付いた様な感触に(さまた)げられ、上と下が噛み合わない瞼。細い視界をどれだけ眺めていても、眉間に皺の寄るばかり。

 あともう一()いで、彼女の目の前は塞がっていたはずだ。

 それなのに…静馬(しずま)の思わせぶりな言い草が、鋭く尖った月紫(つくし)の目線を、足元の乾いた現実に突き刺した。…本当に、もう少しで、『気持ち』の綻びを正せるところだったのに…。

 「どうしてそうなるの…。」

と、溜息を一つ。諦めかけた眼差しに返し留めをするかの如く、また、(まばた)き。それから、月紫が目を見開く。

 「だいたい、私の右手への興味はもう良いの。」

 震え続ける自分の指に『気持ち』が揺れたか、話を戻すようけしかける。彼女のそんな呟きに、彼女の右手が差し出したチャンスに、静馬は…、

「もしも手透きなら、ちょっと、手を貸してもらいたかった。…けど、二人分の…目玉が四つとも役に立たないんじゃ仕方ない。なに、あんたの腕の先にあると決まっているんだ。その内、暇に成れば、気紛れで顔を出してくれるだろ。」

 容易には、彼女の思い通りにならない。過去に月紫の右手が何をしていたかを、見る必要はないと…そういう訳らしい。

 「…静馬だって…勇雄(いさお)との思い出を辿り、ここへ来た癖に…。」

「えっ、何っ。あんたみたいな地獄耳と違うんだ。…んな、小声は聞こえないぞ。」

 「別に、耳を澄ましてまで聞いてもらう程の事じゃないわ。ただ…。」

「『ただ』…。」

 問い返す彼の、疑問符の付いたと言うか、やや嘲笑う様な声。月紫は噛み合わなかった瞼の代わり、歯軋りするくらいに、牙を噛み合わる。

 「私の右手だからって必ず、私の腕の先にあるとは限らない。」

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