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杯ノ千四十

 パチリッと態とらしく水音を切って、瞬き。月紫は目線を自分の太腿の上に、力なく横たわる自分の右手に落とす。

 熟して枝から落ちた果実の様に、くたびれ果て、閉じる事も、開く事もしない。腐り土に還った後には、種子を残す事も叶わない。一見繊細で、美しい指が徒花であると…誰よりも、彼女がよく知っていた。

 だから、声を詰まらせながらも、思わず、

「さぁ、どうかしら…。私も、静馬(しずま)と一緒で…瞼が塞がっているから…解らないわ。」

 薄らぼやけた眼差しで、微かに痙攣して見える人差し指へ触れる。その指先は確かに、千切れんばかりの彼女の思いを汲んで、『気持ち』を手繰(たぐ)り、手折(たお)れていく。

 月紫の切ない胸の内を、『解らない訳がない』と振り払うのは簡単だ。散った花弁と同じで、『自分の思いが役目を終えただけ』だと…彼女も納得して、閉じ切らない右手を枯らすのであろう。だが…。

 「あんたも泣いているのか。」

 閉じた目で、彼女の右手を見ない振りで尋ねかける、静馬。そんな優しくも、残酷な態度に、月紫は苦笑を浮かべる。

 「そうよ。」

「…の割には、満更でもなさそうだが…。」

 「失った分だけ『向こう』へ持って行かずに済む。そう思えば、涙を流すのも悪くないわ。」

「なるほど、あんたなかなか、冴えているな。」

 さも面白そうな彼の声が、一層、彼女の苦笑を深めた。…熱い涙も、雪の様に冷たい瞼を溶かす事は出来なかった様だ。

 少しだけ力の入っていた右肘、右肩を落とし…。月紫は本当に瞼を閉じかける。しかしながら、今更になって溌剌と聞こえる静馬の声が、待ったを掛けた。

 「…なら、あんたに打ち込んだ恨み辛みも…俺が飲んだ分だけ置いていけるよな。」

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