杯ノ千三十七
そう縒れた様に呟くと、握り拳一つ分肩を竦める。
彼の軽口はよく知っているはずなのに…。何故だか唇を結ぶ、月紫。押し黙り、口の中にどんな一言が含まれているかも噤んで、静馬が続ける言葉を待つ。これは困った事になったな…。
真正面からでは伝えられない『気持ち』を、彼女の右腕にぶら下げた。瞼が開いていては届けられない眼差しで、彼女を見た。…しかしながら…今に至るまでの、冗談の数々が災いしたのだろう。静馬のなけなしの素直さは、彼女に通じなかったらしい。
出来る事なら月紫には、もう少し、彼の態度を大目に見てもらいたかったものだ。
気苦労の多い子供時代を過ごした為、駄々をこねて、肘を引くのにも遠慮が滲む。それでも、鉄棒の思い出に託けて、への字を書いた細腕におっかなびっくり甘ったれた…。
だが、やはり、吸血鬼の怪力がいけないのかも知れない。多少、臍を曲げていても、背筋はしゃんとしたまま。そして、静馬の言葉の端から、思い付く限りの『意味』を背負い、背負い込んで、
「静馬は、そんなにも…私を目覚めさせたこと…後悔しているのね…。」
しょげているばかりではない。口振りのそこかしこに、微かな『憤り』が感じられる。それがまた、彼を戸惑わせる。
「はぁっ、何でそうなるんだよ。」
「…だって、私に…『近くにいて欲しかった』なんて言うのは…静馬の思い出に私が、割り込めるはずないって思っているからでしょう。昨日までも、明日からも…。それだから、夢を見せる様な事を言ってくれるのよ。」
月紫は唇を噛み締め、押し黙った。…どうやら彼女、『静馬に同情された』と思った様だ。




