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杯ノ千三十六

 眉間に皺を寄せ、じーっと彼の顔色を窺う、月紫。

 不機嫌と言う訳じゃない。静馬が瞼の裏に見つめる表情は、笑いっているか。それを窺おうとしているのだろう。…また、いやに声を低くして…。

 そうした問責を彼は、頭を左右へ振って、耳の内側で転がしながら…これでも熟考したのだろう。これまた、いやにすんなりと、『思い出し笑い』。

 「喜ばないどころか、もしも割り込まれたとすれば…あんたにとっては、(わずら)わしいばっかりだろうな。俺の、鉄棒の出来なさ加減を見せつけられた日には…。」

 余程、笑うしかない程、彼の逆上がりの空回り振りは凄いのか。あるいは、熱心に自分を見守る紫色の瞳から、逃れるためにか。飄々(ひょうひょう)と、はぐらかす事もしない。

 月紫は、やや聞えよがしに溜息。右肘でそっと、静馬の胸板を小突く。

 「私がその場に居たなら…静馬の目がこの腕を鉄棒と見違える様になるまで、練習させる…急き立てる…そうしたいって『気持ち』はあったと思うわ。静馬が恥をかくだなんて、私、考えただけで…我慢できないもの。けれど…。」

と、今度は、静馬の背後にいる誰かまで届くよう、強く…トンッ。胸板を肘で小突いた。

 「取ったりしないわよ。静馬と勇雄(いさお)が、二人…親子で、鉄棒と取っ組み合う時間を…貴方たちの大切な思い出に、割り込んだりはしないわ。…まっ、遠く、離れた場所から見守って…逆上がりが出来たら、思いっ切り静馬を甘やかす係なら…遠慮なく、割り込んだでしょうけど。」

 ちょっと、得意げな含み笑い。彼女のそんな声に、『気持ち』の籠った肘に、静馬は胸を張り返して、

「確かに、そういう時には…あんたが近くに居て欲しかった…かもな。」

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