杯ノ千三十三
言葉だけは上から、しかしながら、口振りは浮ついて勢いを持たない。ポツポツッと、彼をけしかけるどころか、夕立の如く立ち消えてしまった。
静馬にもそんな仄明かりが、瞼の裏から垣間見えたのだろう。薄く唇を綻ばせて、
「まるで、担任教師だった奴みたいな事を言うな。ちょっとだけ、ガキの頃を思い出したよ。」
あるいは、居残りさせられて見た西日の面影だったのかも知れない。いつまで経っても、一生懸命に取り組まない、静馬。鉄棒を前にして、さぞ業を煮やしたはず…。
「あの先生には…悪い事をしたな…。あれだけ長々と付き合わせておいて、結局、逆上がりは出来なかった。文句の一つも言いたくなるのは、当然だ。」
「それで…その先生は、泣いている静馬に、『情けない』と言ったのね…。」
「んっ、あぁっ、確か…。『どうしてこんな事が出来ないの』と、『貴方以外は皆、出来るのに』…それで、終いに…。」
「…『情けない』って…私の静馬に言ったのね。」
「まぁ、そこまでに飛躍するのには、時間も掛かっているけどな。」
「口調からすると…その先生は、女性かしら。」
と、ここで彼も、ようやく、月紫の様子がおかしいのに気付く。
答え淀む静馬に続けて、
「先生のお名前は。」
…いや、『おかしい』と言うか…思いっ切り、『静馬の元担任教師』を特定しに掛かっている。
彼女の平静を装う声付きを、少しだけ悪戯っぽく笑って…。しかし、自分の一言が原因で、人様に危害が及ぶのは避けなければならない。静馬は残念そうに苦笑を漏らした。
「俺の元担任の名前を知って、どうする積りだ。授業態度でも聞くのか。」
「事と次第によっては、そうなるかも…。」




