杯ノ千三十一
「言い出すのにまだ時間が掛かる様なら…折角だ。『二つの頼み』から、一つ使わせてもらおうかな。」
固く閉じられた瞼の向こうで…ぷひゅうっ。膨れっ面から空気が噴き出る音。『棘でも突いたか』と、からかう様に薄目を開けた彼の眼球へ、チクリッ。鋭い痛みと、尖がった月紫の眼差しが刺さった。
「静馬はさっき、『どうして貴方が吸血鬼に成ったと思ったのか』を、私に尋ねたでしょう。だから、次は…『一つ残った頼み』を使う…のよ。」
「あれっ、そっちも、数に入っていたか。」
「当然。第一、先に聞いてもらうはずだった『私の話』を後回しで、静馬の頼みを聞いて上げているのだから…。これ以上は折れないわよ。いいわね。」
毅然とした彼女の物言い。静馬は、重ったるくニヤつかせた口元に引かれ、頷く。…とその途端、ガクリッ。俯きがちな姿勢で、軽く塞がれた喉が引き金になったのだろうか。二人の身体を支えていた彼の右肘が崩れる。
「おっとっ…。」
「…あっ。静馬、ちょっと、大丈夫っ。」
押し付けた細腕の下まで落っこちる彼の顔。月紫は咄嗟に、その肩を右手で掴もうとしたものの…間に合わない。しかしながら…。
「あ、あぁっ…大丈夫、大丈夫…。」
大事には至らなかった様だ。身体ごと後ろへぶっ倒れる前に、どうやら、静馬の右腕が持ち直したか。肘と袖を大きく震わせつつ、閉じた目線を差しのべられた腕の高さまで起こす。
「まったく…。」
溜息まじりでそう、呆れた様に吐き捨てる、月紫。だが、小さく喉を鳴らした音に聞こえる『心臓が飛び出る心境』は隠せない。
何が楽しいのか、静馬は頻りに笑っている。




