杯ノ千二十九
幼い日の彼を見守る事が出来たなら、自分は出来る限りの手助けをした。…一つ一つの場面が、大きな瞳から離れなくなるくらい…お節介を焼いて、焼き付けたはず…。そんな口惜しさに唇を噛み締める度、瞼のファインダーに映し出される光景。
目を細める彼女など見もしないで、近づかせないで、小さな静馬は逆上がりの練習を続ける。しかし…何故だろう。
月紫の瞳にはどうしても、浮かんでこないのだ。逆上がりに成功する彼の姿…そうではない。
足を蹴り上げ、懸命に取り込む。そうした『気持ち』が、彼女には、小さな静馬の中に沈んで見えるのだ。
また、瞬きを繰り返す、月紫。紫色の瞳に反射した光が、こっそりと湧き水の音を切る。その隙間に、今の彼を覗き見るかの如く、小首を傾げ、笑みを浮かべた。
「…本当は、静馬…態と、真剣に練習をしなかったのでしょう。逆上がりの…。」
別に、確信があった訳ではない。でも、当てずっぽうに言ったのとも違う。問い掛けた彼女の声には…勿論、小さな静馬の他愛なさを笑う…可笑しそうな響き。それと、意地らしい子供心を包み込む様な、優しさが感じられる。
この月紫の思いが、写し取られたそのまま伝わったかは解らない。何しろ彼自身が、幼い日の自分を嘲ったばかりだから…。
それでも、ちょっと斜に構えて、枠から外れたものを覗こうとする彼女には…素直に応じるべきだと感じたのかも知れない。
「へぇっ…。悲壮感たっぷりに喋った積りだったんだが、よくぞ見破ったな。」
少しだけ口元を綻ばせた、静馬。頷いた様に見えた仕草が、『憂鬱を吹き飛ばしてくれ』と、彼女に請うている。




