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杯ノ千二十七

 一度は撫で下ろした腕を持ち上げ…結局、静馬(しずま)の上体を担ぎ直す、月紫(つくし)。彼の口から漏れ聞こえた笑気は、彼女自身が押し出したもの。不本意でも受けるしかあるまい。

 スルスルッと、二の腕の方から肩へ、静馬の重心が移動する。珍しく甘ったれた感触を、見るともなく、背中で感じて…。月紫は肩を怒らせ、逃げ腰を…もとい、逃げ胸倉を二の腕の方に送り返した。

 「それで、その遊具が苦手だから、どうしたって言うの。」

 腕を曲げ、肘を尖らせられない分、一層目付くは鋭く。いっその事、彼の鳩尾(みぞおち)でも小突いてやれば良いものを…この辺の融通の利かなさが、『苦手意識』の原因であろう。月紫の、そして、静馬の…。

 空っぽの肺で彼女の教育ママっ振りに笑みを浮かべる。静馬はそれから、胸元の細腕と少し距離を置いて、息を吸い込む。

 「遊具ね。まっ、遊び道具には違いない。…けど、人間の子供には、遊びじゃなくなる時があるんだよな、これが…。」

 静馬は、自ら『鉄棒』に取り組んでいる。そう思っていたはずが…思わぬ消極的さに、月紫は後ろを振り返った。

 肩越しに見つめた彼の表情は、思い出し笑い。甘酸っぱく、苦く、味わい深くて…。とても、眉間に皺を寄せたままの眼差しで、受け止め切れるものじゃない。

 少しずつ見開いていく紫色の瞳。その(まば)ゆさを瞼の裏で見つめて、静馬が呟く。

 「流石に、あんたの見識も、ここまでは届かなかったか。けど、学校へ通った経験のある奴にとっては、常識なんだよな。子供時代の、面倒極まりない。詰まらない常識だ。」

 肺に残した空気の所為か、笑い声はくぐもっていた。…『ここまで』と言った彼の声が、月紫には遠かった…。

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