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杯ノ千十四

 「うん…。」

 言葉の後に長く、長く伸びる吐息。月紫(つくし)はその感慨の尾を口元に引いたまま、また、苦笑を漏らす。

 「けれど、良いの。静馬を吸血鬼にしてしまった私には、勇雄と、聖子に合わせる顔がないから…。それに…貴方って少なからず、捻くれたところがあるじゃない。だから、私が先に死ねば、生きてみようという『気持ち』になるかも知れない。一日でも、二つかでも…吸血鬼としてでも…。」

 作り笑いをしてももう、苦笑は出てこない。押し抱いていた彼の左手を口元へ寄せ、それから、月紫が呟く。

 「二人には、静馬からお詫びしておいてちょうだい。」

 少しだけ甘える様に彼の手の甲へキスをする。その感触が彼女からの合図だと知っていた静馬は、

「馬鹿言うなよ。死ななくても良いのに死んだなんて事…そんなあんたの事を、何て詫びろって言うんだよ。…俺は…死ぬのは俺だけで良いんだ。あんたは…。」

 「ううん…。それでも、私は死んでしまいたい。勇雄や、聖子に、会えなくなるとしても…私が生きる事を、静馬は望んでくれているとしても…。私が先に死ねば…そうすれば、静馬の死に際を知らないで済む。大切な人を失ったと知りながら、瞼を閉じなくて済むもの。」

 紫色の瞳を閉じると、月紫は静馬の左手に噛み付いた。

 チクリッと痛みの走ったのは初めだけ。あとは麻酔を掛けられたかの如く何も感じない。いや、手首の辺りにあった気怠(けだる)さまで掻き消えて、むしろ、心地よいくらいか。

 静馬は一瞬肘を引こうとして…しかし、それ以上の抵抗はしなかった。…皮膚の下に感じる奇妙な二つの存在。温もりをいつまでも引き摺りながら…。

 「不思議だ、血を吸われているって言うのにな…。」

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