杯ノ十
青年は、汗と砂粒で粘つく目を見開き、サッと、音のした右手の方へ懐中電灯の光線を差し向けた。
そこは玄関から入って、正面の突き当たりへ、そうして有栖川子爵の肖像画からすぐ左に進んだ場所。ちょうど中二階の通路の左奥…そこには、少しだけ奥へと開いた木製のドアがあった…。
青年がそのドアの前へと歩み寄ると、再び、大階段の方から風が上って来る。その風を吸い込みながら、少しだけ隙間が出来たドアは開きそうに、そしてまた風が止むと、その隙間さえも閉じてしまいそうに成っている。
これは確かに偶然だろう。しかし、全ては青年がその歯車を噛み合せたことに端を発していることもまた、事実。
ドアに風の吹き抜けられるだけの隙間が開いていたことも然り。床に堆積していた埃が、風が通り抜ける度に押しやられ、引き延ばされながらも、ぎりぎりの所でドアが閉じてしまわないだけの摩擦力を生み出していたことも、また、然り。
著者は青年に謝らなければいけない。彼が己の命をかなぐり捨てる積りでこの洋館を訪れた、その覚悟を軽視したことを…。そして、今と成っては誤解するほど愚かなことも無かった…そんな風にすら思える位に当然のことだが…彼は言い訳を探す為に、奥へと進む風の辿った道を探し求めたのではなかったのだ。
青年は自らの直観を…この館に眠る『彼女』に招き寄せられているという感覚を信じ、それに我が身を委ねる決意をした。
だからこそ青年は、臆することなく、この一縷の風を掴み取ったのだ…。
青年はドアへと向かって更に一歩踏み出す。絨毯の敷き詰められた順路から外れた右足が、堅いフローリングの床を踏みつける。泥のこそげ落ちた靴底のゴムは鈍い音を噛み締めた。
皆様、本日も、七百字ぴたりな梟小路の『貴女を啜る日々』をお読み下さり、ありがとうございました(^v^)
…にしても、我ながら一話に付き七百字以内としたのは妙手でした…。もしこれが千字以内とかだったら…多分、一日置きの投稿だったでしょうね。
それでは、明日も七百字で頑張らせて頂きますので、どうぞ、読んでやって下さいな。…まっ、何のかんのと言って、少しずつは別作品も書いていたりもするんですけどね…それと、この後書きも…。