その5
(妙だな)
階段を登るロウは考えていた。
あのアーリマンを倒してからというものの、
他の異形はまったく姿を見せない。
(これほど広いのであれば、もう少し異形がいてもよさそうなものだが)
その時である。
遠くで、歓声が起こった。
拍手も聞こえてくる。
(気づかれたわけでもなさそうだが、一体なんなのだろうか?)
階段を登りきり、慎重に歩を進める。
すると、石造りの扉が目に入った。
音を立てないよう静かに扉を開ける。
扉の先は、まるで講堂のような場所であった。
数十人……いや、数十匹とするべきだろうか。
異形の者たちが、石で出来た椅子の上に座っている。
注意深く見てみると、ロウはあることに気付いた。
座っている異形たちは、全員が“異形すぎる”ことに。
足の無いもの。目の無いもの。
それどころか、生き物としての形すら無いもの。
どう考えても動くのに不都合のありそうな者ばかりであった。
それに、傷だらけである。
明らかに後天的に付いた傷だ。
杖をついている者も多い。
(一体……ここは……何だ?)
そう考えていると、また歓声が起こった。
目をやると、ステージのような所に何者かが登っている。
現王や現王妃のような眩しい金髪の巻き毛。
垢じみているが高貴さを漂わせる顔。
ロウは一瞬で察した。
(お……王女様……か?)
王女と思われる人物は、本を取り出し、読み始めた。
土地を切り開くために、命をかけて働いた労働者の話を。
それを、異形の者たちは一言も発することなく聞いていた。
話が終わると、また歓声が上がった。
涙を流しているものもいる。
そこで、また声が上がった。
「はい、今日はここまで。次回は明後日だ。体を厭うように」
(男だ)
「それでは、今日はおやすみ下さいませ、姫」
「ありがとう、ソアック」
ソアックと呼ばれた男は、王女と思われる人物の手を引き、奥の扉へと消えていった。
ロウは判断に困っていた。
(一体、あの男は何者なのだ。ここは何なのだ。異形の集落と言っていたが、
それにしては妙すぎる。一度戻って援軍をたのむべきなのだろうか)
しかし、彼の十八年間耐えてきた感情は、待つことを許さなかった。
(何を躊躇うことがある。あの花畑に咲いていた花。あれこそが、ここに王女様がさらわれてきたという証ではないか。
それに、あの巻き毛、あの美しい顔立ち。どれも王様、王妃様から受け継いだものに違いない。
もし俺がやられたとしても、村人たちが王様に伝えてくれるだろう。そうすれば、ここを見つけるのは容易い。
そうだ。俺がやるべき事は、一刻も早く王女様を救い出すことだ)
ロウは、座っていた異形たちが出ていくのを、物陰に隠れてやり過ごす。
異形たちを見ていて、ロウはあることに気付いた。
どの異形も、晴れやかな笑顔を浮かべていることに。
しかし、ロウはそれを気に留めることは無かった。
彼の感情は、
「王女様を救い出す!!」
この一点に集約されていた。
全ての異形が出ていくのを確認したロウは、先程ソアックと呼ばれた男と、王女様らしき人物が消えていった扉へ向かった。
扉に耳をつけると、話し声が聞こえる。
「姫、来週まで、ダルミンとクーバロスが持ちそうにありません。今週中には、全て読み終えませんと」
「そう……。二人とも、もうダメなのね……。わかったわ。明後日には終わらせましょう」
「助かります。二人とも、よく働いてくれました。せめて最後まで話を聞かせてやりとうございます」
「ソアック、私も同じ気持ちよ……。私に出来るのはこれくらいだけど、少しでもなぐさめになるのなら」
「これくらい、などと。姫のおかげで、皆、幸せに逝くことが出来るのです」
「まあ……そんな……」
その瞬間である。
ロウは、扉を蹴飛ばし、剣を構え、言った。
「王女様! 王女様ですね! 私、ロウと申しますデバル王国の兵士であります!
十八年間、探し続けておりました! さあ、城へ帰りましょう!」
そこまで言って、ロウはふと気付く。
姫、と呼ばれた女が自分を見つめる瞳。
そこには、恐怖という感情しか浮かんでいないことを。
「誰……あなた……怖いわ、助けて、ソアック」
「お任せ下さい。このような賊、私にかかれば」
マントをはためかし、気障な仕草で言う。
「姫に賊の汚い血がついては困る。場所を変えるぞ」
そう言うと、先程立っていたステージへと歩き出す。
ロウは賊と呼ばれた怒りと、王女の言った台詞と、両方に打ち震えていた。
『助けて、ソアック』




