その3
“それ”は言葉を発した。
なんなんだお前は、そう言おうとした矢先に言葉を紡がれる。
「ケガさせるつもりも、ご迷惑かけるつもりもありやせん!
どうぞ、そのおっかねえ剣をしまってくだせえ!」
ロウの前で頭を地面に擦りつけていたのは、
見たこともないような怪物だった。
大人の胴体くらいの、頭だか体だかわからないようなもの(便宜上、頭とする)に、
大きな目がひとつ。
足は子供ほどの長さで、二本。
そして、腕……というよりも翼。それだけが、異常なまでに大きい。
それに、羽毛のようなものが生えている。
その翼を合わせ、頭を地面に擦りつけ、自分に謝っている。
いったい、どこから声を発しているものであろうか……。
これは一体なんなのだ。どういうことなのだ。
ロウの頭は混乱しかけたが、なんとか言葉を発する。
「お前はなんなんだ。ここはどこなんだ。私をどうしようというのだ」
「へぇ、あっしはしがないアーリマンでゴンザといいやす。
ここはあっしみてえな異形のものが暮らす集落でござんす。
あなたさまをどうこうする気はございやせん。ただ、つい……」
「つい、なんだ」
「つい、びっくりしちまったもので……。
このところ、人間がこの山を調べていることは知っていたんですが、
まさか、ここまで降りてくるとは思いませんで……。
へぇ、だからって人間と戦おうなんて気はございやせん。ですが……」
「ですが、なんだ。それならなぜ私を連れてきた。殺すためか」
「いえいえそんなこと滅相もございやせん。
ですが、出来れば、あっしらを放っておいてはもらえないかと……」
「それならすぐにそう言えばよかっただろう。なぜここまで連れてくる必要があった?」
「見てくだせえ、この花畑を。これはあっしらが精根込めて育てたものでやんす。
異形のあっしらだって、美しいものを美しいと思えるくらいに知性はあるんです。
それを知ってもらえれば、無下な真似はなさらねえんじゃねえかと思いまして」
確かに、素晴らしい花畑であった。
どうやったのであろうか、季節のものではない花や、見たこともないような花まで咲いている。
それは、ロウが今まで旅の途中に見てきたどの風景よりも美しかった。
その風景と香気は、混乱しかけていたロウの頭を冷やすのにこれ以上無いほど効果的だった。
ロウは目の前の異形が、敵ではないと思い始めていた。
と、同時に、相手を殺すことばかり考えていた自分が少し恥ずかしくなった。
だが、それも一瞬のことであった。
「うむ、確かにこの花畑は素晴らしい。お前……いや、お主に知性があるというのも解った。
しかし、私はお主らをどうこうしに来たのではないのだ。私の目的はただ一つ。
十八年前に連れ去られた、王女様の奪還だけだ。それ以外、無い!!」
ゴンザと名乗った異形は、それを聞くと一瞬目を伏せた。
しかし、すぐに表情を戻す。
「王女様……ですか。さらわれたって話は聞いたことがありやす。
ですが、あっしらとは何の関係も無いこっです」
「私は見たのだ。一年前、砂漠からこの山岳地帯へと飛んでいった影を。
あれは確かに、四翼の竜。お前が知らぬとも、誰か知っている者がいるかもしれない。
出来れば、他の者からも話を聞きたい。案内してくれないか」
「……わかりやした。では、花畑の奥へどうぞ。あっしの兄弟が水をくれていますから」
ゴンザは花を踏みつけないよう、中央の通路を選んで進んだ。
ロウはその後をついて歩き始めた。
花畑には、王国で見られる花がほとんど揃っていた。
高価なものも、安価なものも、全てが美しさを競うように咲き誇っていた。
(見事なものだ)
そう思いながら辺りを見渡していたロウの表情が、豪華な花畑には珍しく、ひっそりと咲いている花を見た瞬間、変わる。




