第6話 初心者向け異界:辛口 その3 宝物庫
「……宝箱がいっぱいあります」
「……いっぱいあるね」
入り口から数えて三つ目のフロア。
そこには合計十二個の宝箱と、何かが書かれている立て札があった。
「さっきから思ってたんですけど、異界だと完全に中に入るまで、広場の様子が分からないんでしょうか?」
「かもしれない。ただ、異界ごとにその辺のルールが違うとかはありそうだし、単になにがしかのジョブかアビリティがあれば通路から中の様子が分かるようになるっていうパターンもありうる」
佑梨の疑問に、そんな考察を口にする正樹。
まだ一つ目の、それも初心者向けと言い切っている異界なので情報は足りないが、恐らく正樹の考察はさほど外れてはいないだろう。
そもそも、フロアに入らないと中の様子が分からないのは、ローグライクゲームやランダムダンジョンもののお約束でもある。
「とりあえず、入ってすぐは危険がなさそうだし、あの立て札を確認しよう」
全力で観察し、罠も動くものの気配も感じ取れなかったところで、正樹がまずは怪しげな立て札の確認を提案する。
特に反対する理由もないので、黙ってうなずく佑梨。
正樹の探知通り、特に危険もなくスムーズに立て札の前に移動でき、とりあえず二人して安堵のため息をつく。
「……これ、多分この部屋のルールだよね?」
「……中身が正しければ、それ以外の何物でもないと思います」
「だよね」
立て札に書かれた内容をざっと読んで、お互いの認識を確認する正樹と佑梨。
立て札に書かれていたルールは
・このフロアは宝物庫である。
・宝物庫にある宝箱は、一日経過する、もしくは全滅するごとに中身が復活する。
・一回の復活判定で復活する宝箱は最大六個、最低でも一個は復活する。
・宝物庫にある宝箱は、中身が固定のものとランダムなものがある。
・中身が固定のものは、一度中身をとると消滅し、ランダムな宝箱の空箱として復活する。
・中身がランダムな宝箱から出るアイテムは、同じエリアにあるほかのフロアに出現する宝箱と同じ候補から選出される。
・見た目が豪華な宝箱ほど、レアリティが高いものが出る確率が上がる。ただし、一番貧相な箱からでも最高レアリティのものが出る可能性はある。
・箱のレアリティは、中身が復活するたびに変わる。
・異界なので、中身は基本的にアメイジングメモリーである。
という内容であった。
「宝箱も復活するんですね」
「多分、復活するのは一個だけなんだろうな……」
「その分、中身がいいとかありそうではありますけど……」
「中身よかったら、それはそれで怖いんだよな……」
宝物庫のルールを見て、真っ先にネガティブなことを考える正樹。
その正樹の考えを否定しきれず、乾いた笑いを浮かべるしかない佑梨。
正樹の主人公補正がどのレベルで仕事するかは今のところ分からないが、宝箱の中身が良くてもショボくてもひどい目に合いそうな予感しかしない。
「まあ、とりあえず開けましょう」
「だね。まずは、明らかに毛色が違う、豪華なわけじゃないのにやたら目立つあの木箱からかな?」
「ですね」
開けないことには、状況は変わらない。そう腹をくくって宝箱を開けて回ることにする二人。
まずはやたら派手に色を塗られた、一つだけ妙に自己主張が激しい宝箱に手を付ける。
「……罠はないな。じゃあ、開けるからちょっと離れてて」
「はい」
罠もカギもないのを確認し、佑梨が離れるのを待って宝箱を開ける正樹。
宝箱は何の問題もなくスムーズに開き、中にはアメイジングメモリーが二つ入っていた。
「さっきと同じで、メモリーが二つ。とりあえずセットしてみる」
「お願いします」
宝箱の中身を報告し、中身を取り出す正樹。
中身を取り出したところでボフンという音とともに宝箱が煙に包まれ、開封済みの赤いちょっと豪華な装飾が入った金属製の箱に変化した。
「ああ、やっぱりこれが中身が固定の宝箱ってことか」
「こんな風になるんですね」
箱の変化を見て、どことなくほっとした様子を見せる正樹と佑梨。
中身が固定なら、正樹の主人公補正は大した影響はないはずだ。
「じゃあ、喜多村さん」
「あっ、うん」
佑梨に促され、手に入れたメモリーを自身のフリーソケットに挿し込もうとする正樹。
一つ目を挿し込み、二つ目を挿そうとしたところで異変に気が付く。
「あれ? あれ?」
「どうしました?」
「一つしか挿し込めないんだ」
「えっ?」
どうやってもソケットに挿入できず、困惑する正樹と佑梨。
しばらく格闘して、どうにもなりそうにないとあきらめる。
「……これ、多分なんだけど一人一つなんじゃないかな?」
「そうかも?」
「だから、一個は相沢さんが使って」
「わかりました」
どうやってもどちらか一つしかフリーソケットに入らないのを見て、そう結論を出す正樹と佑梨。
埒が明かないので、二人で分配することにする。
「あっ、ちゃんと挿せました」
「やっぱり、一人一個か」
「これ、中身が固定の箱から出たものだからなのか、宝箱の種類に関係なくそういうのがあるのかっていうの、結構重要な問題のような気がします」
「あ、そうだよね」
「もっと言うと、本当に均等に分けるだけなのか、というのも問題だと思います。場合によっては、何らかのペナルティに引っかかるかもしれませんし」
「ここでいうところの、奪ってはいけないっていうやつだよね」
「はい」
佑梨の指摘に、真顔でうなずく正樹。
中身が固定の宝箱から得たアイテムが、必ず均等に分けねばならない仕様なら何の問題もない。
そうでない場合、佑梨が指摘したペナルティの問題が付きまとう上、いちいち確認が必要になるので面倒なことこの上ない。
「とりあえず、今回の宝箱は単に均等に分ければ問題ないっぽいから、今は深く考えないでおこう」
「そうですね」
「今回のはエクストラソケットに挿せばいいっぽいから、挿してみよう」
「はい」
今のところ問題なさそうだと割り切り、手に入れたメモリーをエクストラソケットに挿しこんでみる二人。
挿した瞬間にメモリーが消え、即座に非常に分かりやすい変化が訪れる。
「……ものすごく、ソケットの数が増えたね」
「……はい。多分、この異界を攻略する間ぐらいは困らないぐらいに」
「そういや、僕はクラスソケットだけ増えなかったけど、相沢さんはどう?」
「わたしも、クラスソケットは増えてませんね」
「確か、相沢さんも僕と同じで、クラスソケットは五つあったよね?」
「はい。クラスが五種類ということですので、クラスソケットは五つが上限なのかもしれません」
「あっ、そうかも。ちなみに、僕はジョブが四つ、それ以外が三つ増えたんだけど、相沢さんは?」
「わたしはフリーが四つ、それ以外が三つですね。この感じだと、クラスソケットの分が、一番足りないところに回ってるんじゃないでしょうか?」
「そんな感じだよね。後、多分だけど、クラスソケットはもともと上限が少ない分、他と違って一回で一個しか増えないんじゃないかな」
「そんな気がしますね」
お互いに隠し事なしで状況を報告しあう二人。
分からないことだらけの現状、たがいに隠し事などする余裕は一切ない。
そもそも一蓮托生の協力者相手に出し抜くための隠し事など、単なる自殺行為以外の何物でもない。
「じゃあ、他の宝箱も全部開けるよ」
「お願いします」
固定箱の中身について処理し終えたので、残りの箱に取り掛かる正樹と、できることがなくて傍観する佑梨。
宝物庫フロアは採取ポイントもないので、応急処置のために待機する以外に出来ることがないのだ。
この宝物庫はボーナスフロアの類らしく、罠が仕掛けられている宝箱は一つもなかった。
「全部で十六個、メモリーが入ってて、うち二つはさっきと同じで相沢さんしか使えない感じ。残りのうち一つは現状、僕だとフリーソケットにしかセットできないスキルだった」
「じゃあ、その三つはいただきます」
「あ、それと、クラスメモリーが二つあるんだけど、これも一つは相沢さんに渡したほうがいい気がするんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。中身は分らないけど、僕が二つともっていうのは今だと無駄が多いんじゃないかと、直感がささやいてるんだ」
「直感ですか。そういえば、喜多村さんがもらったアビリティに、直感ってありましたよね」
「うん。だから、アビリティが仕事してるんだったら、それに従ったほうがいいかなって」
「そうですね。では、その四つはいただきます」
「後はこう、内容が分からないアイテムと、毒にも薬にもならない気がするスキルとかアビリティって雰囲気。ジョブはなかった」
「スキルとアビリティはともかく、アイテムの内容が分からないのは困りますよね……」
「相沢さんのジョブでも、詳細は分からないんだっけ?」
「ジョブレベルが上がれば、名前ぐらいは分るようです。ただ、今の段階では自分で採取したもの以外は無理ですね」
「……しょうがないこととはいえ、すごく面倒だよね。本気で、鑑定が欲しい……」
「……ですね~……」
正体不明なメモリーたちを前に、心底困った表情でぼやく正樹と佑梨。
とりあえずセットすればわかるスキルやアビリティと違い、アイテムは現状、採取アイテム以外は使ってみないと詳細が分からない。
「アイテムに関しては、とりあえず今は僕が持っておくね」
「はい、お願いします」
メモリーを四つ渡しながらの正樹の言葉に、佑梨がうなずく。
アイテムユーザーというジョブなのに、佑梨のフリーソケットは正樹に比べると半分ぐらいしかない。
もっとも、これに関しては佑梨が初期段階としては普通の数であり、正樹が異様に多いのだが。
「喜多村さんが使えないメモリーって、どちらもエクストラメモリーなんですね」
「あ、そうなんだ。だったら、今回も同じものかも」
「そうかもしれませんね」
メモリーの内容をチェックし、対応するソケットに挿しこみながらそんな話をする二人。
その時、メモリーを挿されたエクストラソケットが、劇的な変化を起こす。
「メモリーを挿したエクストラソケットが、新しいカテゴリーに化けた……」
「喜多村さんもですか……」
「相沢さんも?」
「はい。なんか、専用装備1と固有施設1になりました」
「あっ、おんなじだ」
「やっぱり、一人一つだったみたいですね」
エクストラソケットの変化に、自分たちの推測が当たったと笑う正樹と佑梨。
エクストラソケットはシステムの拡張がメインという話だったが、こういう形もあるのはなかなか面白いかもしれない。
「でも、ソケットがいろいろ増えただけで、まだ機能はしてないんだよね」
「わたしのほうもそうですね。多分、要求されたアイテムを増えた空きソケットに挿していって、全部揃ったら使えるようになるんでしょう」
「だろうね。というか、それ以外に考えづらい」
結構たくさん増えたソケットを前に、どういうシステムなのかの考察を進めていく二人。
新しく追加されたシステムはヘルプもまともに対応してくれないらしく、増えたソケットに何を挿すのか、挿した結果どうなるのかなどは教えてくれない。
恐らく全部埋め終わればヘルプも更新されるのだろうが、絶妙に役に立たない話ではある。
「喜多村さんの手元にあるアイテムは、使えそうな感じはしないんですか?」
「全然しない。正直、今持ってても役に立たない感じしかしないよ。実際、どれも増えたソケットには挿せなかったし」
「そうですか。一応念のため、わたしのほうでも試してみていいですか」
「うん、お願い」
正樹からメモリーを受け取り、自分のソケットに挿せるかを確認する佑梨。
予想通りではあるが、佑梨のソケットにも挿せるものはなかった。
「どれも挿せません」
「やっぱり。じゃあ、持って帰って命さんに見てもらおうか」
「そうですね。それはそうと、わたしがもらったスキルメモリーはキュアポイズンで、クラスメモリーは生産だったんですが、喜多村さんは?」
「クラスは同じく生産。スキルは罠探知と釣り、アビリティは羽虫除け(微弱)だった」
「……なんか、ジョブの基本能力と被ってたり、異界攻略にはあんまり意味がなかったりしそうなものばかりなような……」
「うん。一応罠探知はジョブを外しても同じだけの能力で罠を探せるようになるから、無意味ではないかな」
「確かに、先々では重要そうです」
「そうそう。今はあまりありがたみはないけどね。むしろ、無意味さで言うと羽虫除けのほうがすごい」
「えっ? そっちのほうがよさそうに見えますけど……?」
「ここに羽虫っぽいのが出てこないってのは置いとくとして、今の時点では十匹羽虫が飛んでたとして、一匹顔にたかるのを防げるかどうかって効果しかない」
「え~……」
正樹の説明に、表情をとりつくろえずそれは弱すぎではないかという顔をしてしまう佑梨。
いくら覚えたてでランクが微弱とはいえ、効果がささやかすぎる。
「しかもね、説明を見たところ、上のランクに限界突破できないと、最大まで育っても安定して追い払えるのは十匹以上の群れでいたときに限り一匹だけ。良くて三匹までらしいんだ……」
「本当にありがたみが……」
「でしょ? 釣りに関しては、現状何とも言えないからコメントは避ける」
「ですね」
あまりにしょっぱい内容に、何となく泣きたくなってくる佑梨。
そうでなくても割と余裕が少ない正樹のソケットを、微妙なもので埋めてしまったのではという疑惑がすごい。
せめてもの救いは、ジョブと違ってスキルとアビリティは、習得状態になればソケットが空くということだろうか。
「そういえば、キュアポイズンはセットするのに何か条件があったのかな?」
「回復クラスと回復クラスに属するジョブを一つ、習得状態にしておくこと、だそうです。クラスもジョブも、必ずしもセットしてなくても大丈夫らしいです」
「なるほど。だから、僕がセットできなかったんだ」
「みたいです。罠探知も、恐らく同じなのでは?」
「いや、見たところ、そういう条件はない。多分だけど、キュアポイズンと違って、このランクは効果が弱めだからだと思う」
「だとしたら、そっちもわたしが覚えたほうが良かったかも……?」
「判断に困るところかなあ。ジョブを外してもいいってこと以外にも、ちょっとだけ効果が底上げされてる感じがするし」
「むう……」
正樹の言葉に、悩ましそうにうなる佑梨。
正樹がセットした三つはいずれも毒にも薬にもならぬ感じではあるが、それでも罠探知に多少とはいえ効果があるとなると、まったくの無駄とも言い難い。
そんなことを考えていたためか、やや散漫な意識のまま、無意識に正樹より先に宝物庫フロアを出てしまう佑梨。
そのタイミングで、正樹が顔色を変える。
「相沢さん、何かおかしい!」
「えっ?」
正樹が顔をこわばらせてそう警告を発した、そのタイミングで
「あれ?」
佑梨の足元から地面が消え、いや……
「あああああああああああああああああああああああああぎいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!?」
佑梨の足そのものが消え、激痛とともに前に転がる。
その直後に柔らかい何かに受け止められ、それと同時に全身に激痛が走る。
「相沢、がっ!?」
思わず手を伸ばそうとした正樹の体を何かが貫き、全身を締め上げる。
「がああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
全身を砕かれ、引き裂かれる痛みの中、意識が途絶える前に正樹が見たものは、無残にも全身を溶かされ、ゾンビのような姿になった佑梨が、玉虫色のスライムにじわじわと取り込まれていく様子であった。
死に戻れるんだから、死に戻ってもらわないと。
で、このレベルで抵抗の余地なく死ぬ相手が出たってことで、今後どんどん死ぬことが確定したわけですが。
それでも、異界の入り口突破するだけで何十回も死ぬような鬼畜仕様ではないだけ有情だと思ってもらわねば。
なお、次の話でちょっと出ますが、二人を殺したモンスターは、だいぶイレギュラーな奴です。
さて、最初の異界をクリアするまでに、何回殺すことになるのやら。




