第4話 初心者向け異界:辛口 その1 攻略開始
「……ここに入るんだよね……」
「……すごく、入りたくないです……」
鳥居を抜け、異界の入り口だと思われる場所まで移動したところで、目の前の状況に早くも心が折れそうになる正樹と佑梨。
異界は毒々しい紫を主体に、ショッキングピンクやかなり気色悪い緑が入り混じった色合いの、見ようによっては内臓がうごめいているようにも見えるグロテスクな森であった。
「……覚悟を決めて入るにしても、何かこの異界のことが分かる情報が欲しいなあ……」
「……ですよね~……。何でもいいから情報を……、って、こんなところに掲示板なんかありましたっけ?」
「えっ? ……本当だ。さっき入ってきたときには、というか鳥居くぐって出てきたときにもなかったよね?」
「なかったと思います」
公民館や集会所などの前によくあるタイプの掲示板を見ながら、茫然とした様子で見落としていなかったかを確認しあう正樹と佑梨。
鳥居を出たすぐ横、普通なら見落としようもない場所に、その掲示板はいつの間にか当たり前のように存在していた。
「……まあ、異界だっていうぐらいだから、さっき通った時と違う空間なのかもしれないし……」
「……そうですね。それに、異界だっていうぐらいですから、異界の様子を見たから現れたのだとしても不思議じゃないですし……」
掲示板に気が付かなかったことについて、そんな風に結論を出す二人。
無論、自分たちが迂闊にも見落とした可能性は一切否定しないが、いくら異様な状況に飲まれて注意力散漫だったとしても、二人そろって全く存在に気が付かないというのもなんとなく不自然だ。
なので、とりあえず後から出てきたということにしておくことにする。
「どっちにしても、掲示内容は見ておいたほうがいいですよね」
「だね。何かヒントとかあるかもしれないし、何もなかったとしても別に状況が悪くなるわけでもないし」
異界の攻略開始を少しでも先送りしようと、そんな言い訳のようなことを言い合って意思を統一する佑梨と正樹。
とはいえ、異変を見逃さずに行動するというのは、それ自体がゲームにしろエンタメ作品にしろ、それ自体が一大ジャンルとなる要素だ。
こんなあからさまに何かありそうな要素をスルーするのは、自殺行為なのも間違いない。
「……異界のルール説明だって……」
「……ここまであからさまなのも、どうなんでしょうね……」
「それ以上に、ものすごく傷んだ夏祭りのポスターが横に並んで貼ってあるの、すごくシュールじゃない?」
「わざとらしいのが、余計にシュールですよね……」
掲示板に貼られた各種案内の内容を見て、疲れたように苦笑する正樹と佑梨。
いろいろあからさますぎて、どうにも反応に困ってしまうのだ。
「なになに……? ここの異界の名称は初心者向け異界:辛口、らしい。なんか、名称の時点で嫌な予感しかしない……」
「喜多村さんの主人公補正セットのことを考えると、絶対にひどい目にはあいますよね……」
「この名称でひどい目に合わないとか、ありえないって、多分……」
しょっぱなからげんなりする内容を見る羽目になり、スンッとした表情になる正樹たち。
張り紙に書かれていたのは、次のような内容であった。
・今回の異界は初心者向け異界:辛口。初めて異界を攻略する一般人でも、一応クリアできる難易度になっている。
・この異界では、原則として死亡することはない。死亡した際は、速やかに神代神社異界分社の境内で復活する。
・この異界におけるデスペナルティは死ぬことそのものによる苦痛や恐怖なので、得たものを没収されたりはしない。また、破損した服や装備なども元に戻る。
・この異界では、他人の物を力づくで奪おうとしたり、他人を害しようとしてはいけない。このルールを破った際、死に戻り権限を失いペナルティモンスターから襲われる。
・上記のルールは、軽いケンカによるちょっとした負傷程度なら適用されない。
・この異界の宝箱や採取物、モンスターは全滅する、もしくは拠点で一晩過ごすことで復活する。
・この異界の攻略条件は、ボスを倒して最後の宝箱を開けることである。
・この異界を攻略した際、記憶とアメイジングソケット関連以外の変化は全てリセットされる。
・この異界は、一度攻略した後も何度でも攻略できる。また、攻略後は自由に外の世界と行き来できる。
「……とりあえず、心が折れない限りはいずれクリアできるっていうのは分った」
「ただ、一応クリアできるっていう言葉が不安というか……」
「クリアできるから問題ないだろ? みたいな仕様なんだろうなあ……」
「ですよね……」
掲示板に貼ってあった異界のルール関係を読んで、げんなりした表情で予想を口にする正樹と佑梨。
ちょくちょくにじみ出る不穏な内容から、今後の地獄を正確に予想してしまったのだ。
「でもまあ、喜多村さんを追い回してた人が、ものすごく怖い何かに追い回されるようになった理由は分りましたね」
「奪おうとしちゃいけないっていうルールに違反したって判定されたんだろうね」
「でも、死に戻り権限がなくなった状態であんなのに追い回されて、あの人無事なんでしょうか?」
「さあ? ただ、無事だとしても、基本的に僕たちと大した縁はないと思う」
「えっ? それはどうしてですか?」
「単純に、さっき見たパーティ関係の項目に、僕と相沢さんと神代さんの名前しかないから」
「あ~……。でも、神代さんがそんな感じのことを言ってはいましたが、それだけで断言するのは早いのでは?」
「まあ、そうなんだけど、なんとなくそんな気がするんだ」
佑梨の指摘に対し、そんな風にあいまいな答えを返す正樹。
その言葉に、正樹が先ほど習得した直感アビリティの存在を思い出してなんとなく納得する佑梨。
二人とも気が付いていなかったが、パーティ関係の項目にあった『現在いる異界内での人間関係』には、正樹と佑梨、命の三人の名前しか表示されていなかった。
敵対関係に名前があるとかではなく、三人以外の名前は一切存在しないのだ。
つまりは、そういうことである。
なお、表示されている人間関係は全員、互いに友好寄りの中立。
全員今日が初対面で、顔を合わせてからそんなに時間が経っていないのだから、そんなものだろう。
「では、うだうだ話してないで、異界に突入しましょう」
「だよね」
男の話をしたところで、一足先に腹をくくったらしい佑梨がそう言って正樹を促す。
佑梨に促され、覚悟を決めて異界へと足を進める正樹。
こうして、なんとも頼りない形ではあるが、少年少女の初めての異界攻略がようやく始まるのであった。
「多分、ここから異界の本番だよね?」
「明確に空気というか雰囲気が変わりましたし、そう考えて大丈夫だと思います」
気色悪い木々に挟まれた並木道を数メートル歩き、広場になっている空間に足を踏み入れたところで、状況の変化を敏感に感じ取る正樹と佑梨。
最初の広場は、見た感じ植生が非常に不気味であること以外、これと言っておかしなところはなかった。
「……とりあえず、何かが襲ってきそうな気配とか、変な罠とかはなさそう」
「……いくつか、採取できる植物はありますね。多分、素手でむしって大丈夫です」
早速スキルを使って情報を得る正樹と佑梨。
一応初心者向けと銘打っているだけあってか、入ってすぐに襲われたりえげつない罠があったりということはなかったようだ。
「採取できるのって、どれ?」
「これとこれですね」
「……大丈夫だって知ってても、触りたくないなあ……」
「……わたしもです……」
不気味にうごめく内臓っぽい新鮮なピンク色をした草を前に、顔を引きつらせながらそういう正樹と佑梨。
この草が何に使えるか分からないのがまた、むしるのをためらわせる。
「……覚悟を決めてむしるか……」
「あっ、喜多村さんは、今回は手を出さないでください」
「えっ? なんで?」
「もしかしたら、ジョブとスキルを習得するのに、何回もこれをむしらないといけないかもって……」
「あ~……」
佑梨の言い分に、そうかもしれないと納得する正樹。
命の説明を踏まえると、アメイジングソケットで追加したものは、一部例外を除き熟練度を稼いで習得状態にしないとまともに機能しないらしい。
その熟練度を稼ぐ方法がジョブやスキルに関係する行動を行うということであれば、採取作業はアイテムがらみのジョブとスキルを引いた佑梨に全面的に任せたほうがいいだろう。
「じゃあ、念のために危険がないかどうかだけ、確認するよ」
「お願いします」
何もしないのも居心地が悪いので、今できることを一応やっておくことにする正樹。
先ほどこの広場に罠もモンスターも存在しないことは確認したが、未習得状態のジョブのスキルなので、いまいち信用しきれないのだ。
「……罠ってほどじゃないけど、引っ張り方が悪いと手を切るみたいだ」
「それは、普通の草引きでも同じでは?」
「普通の草より確率が高い感じ。あと、これも罠ってほどじゃないけど、むしり方が悪いと出てきた汁がちょっとした酸になって、手肌が割と派手に荒れるっぽい。これも、普通のかぶれやすい草よりきつい感じがする」
「……アイテムとか植物の知識がないのに、そういうのが分かるんですか?」
「多分、キャンパーだからだと思う。だって、種類とか効能とか、一切分からないし」
「ああ、キャンプだとそういう知識もある程度必要そうですね、確かに」
植物知識スキルを持つ佑梨が分からない手荒れなどのことを、なぜか見抜いて見せる正樹。
その理由の推測に、一応納得する佑梨。
「で、今思ったんだけど、キャンパーだとキャンプ地の草を払ったりするから、草むしりも熟練度稼ぎになるんじゃ……」
「……そうかもしれませんけど、今回はわたしがやります」
気遣いも含んだ正樹の申し出に、きっぱりとそう言い切る佑梨。
意地になっている部分もなくはないが、正樹に比べるとスキルを使う機会が少ないのでは、というのがどうしても気になるのだ。
恐らく微々たるものではあろうが、それでもとりあえず使えばクラスやジョブの熟練度が伸びそうな気配探知や罠探知と違い、応急手当ては必要もないのに使っても熟練度が伸びない印象が強い。
そのあたりの積み重ねで正樹ばかり育ってしまうと、完全に足手まといになりかねない。
そうでなくても高校生と小学生では対等の関係になりづらいのに、そこでも格差ができるのはたまらない。
ここは、少々印象を悪くしても作業を独占すべき状況だろう。
「それにしても、この草って、何に使えるんだろうね?」
「まだ、そこまでは分りませんね。ただ、ちゃんと熟練度は稼げてるみたいで、ちょっとずつ分かることは増えてきました」
正樹の疑問にそう応じながら、頭の中に浮かぶ知識に従って、生温かいぶよぶよした感触の草を丁寧に引き抜こうとする佑梨。
もう少しで引っこ抜けそう、というタイミングで手の甲に痛みを感じる。
「痛っ!」
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫です。ちょっとひっかいた程度ですから」
そう言いながら、手の甲を見る佑梨。
薄皮一枚切った程度の傷で、超再生の影響か見ている前でどんどん傷がふさがっていく。
このまま放っておいてもあっさり完治しそうだが、応急手当てのチャンスだと考え、頭に浮かんだとおりに傷口に手を添えてスキル名を口にする。
「応急手当て」
佑梨がスキル名を口にすると同時に、傷口が薄く光って消える。
「……本当に治りましたね」
「……まあ、治ってくれないと困るんだけど……」
「ただ、今の時点ではこのぐらいの傷しか治らない感じです」
「まあ、未習得状態だしね。効果があるだけましだと思うしかないかな」
応急手当ての効果に対し、そんな話をする佑梨と正樹。
ちゃんとアメイジングソケットに挿したメモリーが機能することが分かったので、今の時点で効果が薄いことに対しては文句を言っても仕方がないだろう。
「わたしの場合、むしろ超再生の効果が問題かもしれません。未習得状態でも、今ぐらいの傷だったらぼーっと眺めてるだけで完治しそうでした」
「それ、すごく強いね」
「なんというか、最終的に死ななければ傷跡一つ残さず完治するようになりそうな気がしてます」
「強い……」
佑梨の自己申告に、思わずそう呟く正樹。
だが、その正樹のつぶやきに、佑梨が渋い顔をして首を横に振る。
「多分、そんないいものじゃないと思います。それだけ強力な回復力を得られるということは、それが必要になるかもしれないってことですし……」
「あっ……」
「しかもわたしたちの場合、初手から難易度高めと思われる異界に迷い込んでいるわけですし、強い能力をもらえば、それだけひどい目にあいやすくなると思ったほうが……」
「否定できない……」
佑梨の不安に、同意することしかできない正樹。
佑梨は気を使って言及しなかったが、この状況は正樹の主人公補正セットが仕事をした結果である可能性が高い。
しかも、難易度が上がる原因が正樹にあるのに、死ににくくなる超再生は佑梨に行っている。
これは見ようによっては、正樹のせいで佑梨が死にそうな目にあいやすくなったということにもなる。
ヒーラーが簡単に死なないのはメリットしかないとはいえ、恐らく巻き込まれた側である佑梨にしわ寄せが行きそうなのは、年上の男としても元凶の可能性がある身としても申し訳なさと己の不甲斐なさを感じざるを得ない。
「……先のことを怖がっていても仕方ありませんので、まずはここで採取を頑張りつつ、せめてジョブを習得状態にしてしまいましょう」
「……そうだね」
佑梨の言葉に同意し、気分を切り替える正樹。
嘆いていてもしょうがないので、とにかく少しでも自分を成長させるべく行動に移す。
「今更なんだけど、さっきの草を探知したときに、罠探知のもっと効果的なやり方に気が付いたんだ」
「効果的……? あっ、もしかして、意図的な罠じゃなくて、滑りやすいとか手を切りやすいとか、そういった見ようによっては罠と変わらないものを探知するんですか?」
「そういうこと。気配のほうも、何かいるかどうかだけでなく、何か危ない感じがないかを調べられるかも」
そう言いながら、気配探知と罠探知を試してみる正樹。
その気づきが効いたか、それとも成長の才能が未習得状態なりに仕事をしたか、先ほどとは比較にならないほどたくさんの情報を得ることに成功する。
「……さすがに気配探知で危険予測の真似事は無理だったみたいだけど、さっきよりいろんな気配が分かるようになったよ。あと、ここで採取できる植物は、全部抜ける瞬間に最後の抵抗をするみたいで、相沢さんがケガしたのもそのせいみたい」
「そうなんですか?」
「そうらしい。厳密には罠じゃないから、罠解除で対処できる類じゃないっぽい」
「あっ、ナスのとげとかと同じで、上手に採取して予防するしかないんですね」
「多分」
探知関係で得た情報をもとに、そんな話をする正樹と佑梨。
話をしながら、佑梨が先ほど完全に抜き終わらなかった草を引っこ抜く。
引っこ抜くと同時に、ポンという音とともにアメイジングメモリーに変化する。
「採取って、こんな感じになるんですね」
「もうちょっと、どうにかならなかったのかとは思うけどね……」
草が変化したメモリーを手に、そんな感想を口にする二人。
そういうものだとはいえ、あまりにも情緒とか風情とかそういったものがなさすぎる。
「それで、この草は結局に何に使えるか、よく分からないままなんだよね?」
「はい。ちょっとずつ正体は分かるようになってきましたけど……、あっ」
「何か分かったの?」
「はい。どうやら、傷薬の材料になるみたいです。このままでも、応急手当ての時に使って効果を上げることもできるようです」
「だとしたら、相沢さんのジョブと相性がいい感じ?」
「ですね。それにしても、いきなり分かることが増えたのは、どういうことなんでしょうね?」
「分からないけど、もしかしたらスキルかジョブかが習得状態になったのかも」
「あっ、そうかもしれません。喜多村さんも、気配とか分かりやすくなったって言ってましたよね?」
「うん。僕のほうも、ジョブが習得状態になったのかも」
互いに意見の一致を見て、ステータス画面とアメイジングソケットの設定画面を表示する正樹と佑梨。
二人の予想通り、アメイジングソケットに挿入されていたクラスとジョブ以外のメモリーが全て消えており、初期配布でもらったものは全て習得状態となっていた。
「全部にレベルが表示されてるから、ここからが本番なんだろうね」
「そうですね。……あら? ヘルプに!マークがついてます」
「あっ、本当だ。こういうのって、大体新しい情報が増えてるんだよね」
「ですね~」
そう言いながら、増えたヘルプを確認すると、熟練度と習得状態、およびそこからの成長についての項目に情報が追加されていた。
「……なるほど、習得状態になるまでは、比較的簡単なんですね」
「さらに、初心者向け異界と銘打たれている異界では、習得状態になるまでにかなり大きなボーナスが付くと。だから、こんなにすぐに習得できたわけか」
「みたいですね。初心者向け異界のボーナスは上限があるみたいですから、できれば習得するものは厳選したいですよね」
「できるかなあ……」
とても真っ当な佑梨の考えに、懐疑的な反応を示す正樹。
現状アメイジングメモリーの内容は、基本的に挿してみないと分からない。
そして、挿してみたものの微妙となれば、フリーソケットに戻す必要がある。
厳選しようとするとそれなりにたくさんのフリーソケットを占有するわけで、可能かどうかというと非常に厳しいのではないかと思わざるを得ない。
もっと言うと、初心者向け異界と銘打たれている異界で、そんなにたくさんのメモリーが手に入るとも、そんなに強力なメモリーが手に入るとも思えない。
なので、よっぽど微妙なものでもなければ、さっさと習得して空きソケットを増やしたほうがいいのではないかという気がしている。
「なんにしても、まずはここで採取できる草を全部採取してから、別の場所に移動かな?」
「そうですね。見た感じ、多分フロア単位で何かがある構造になってると思いますから、次のフロアで宝箱とかあるといいですよね」
「だね」
そんなことを言いながら、作業を進めていく二人。
辛口と言いつつもなんだかんだ初心者向けらしい甘さがあるおかげで、正樹と佑梨の初めての異界攻略は、なんだかんだで上々の滑り出しを見せるのであった。
初手から辛口とか引く時点で、主人公補正セットがたいそう頑張って仕事しているのは間違いありません。




