怖い上司のことをネトゲの後輩にべた褒めしてたら、本人だったんでコクられた
「ただいま戻りました」
俺は晴れやかな気分でオフィスのドアを開ける。
なにがそんなに楽しいのかって?
そりゃ、あれだ。俺の大好きなネトゲのコラボカフェに明日は行くんだからな。
今回も散財してしまうかもしれないが……楽しみが過ぎる。
さっさと仕事を終わらせて、とっとと帰ろう。
「ばかもの!」
ウキウキしながらオフィスに入るなり響く鬼の女傑の怒鳴り声。
見れば、後輩の新人社員が課長に怒られていた。
「このざまは何だ? 各所への報告、相談、連絡は社会人の基本スキルだぞ」
「……すいません」
後輩は可哀想なほどに萎縮している。
俺は近くの同僚に声を掛けた。
「どうしたんだ?」
「ああ、あいつが勝手にプロジェクトを進めちまってな。クライアントが大激怒さ。課長が頭を下げてなんとかなったみたいだけどさ」
「なるほどねぇ」
たしかにそれは怒られる。
怒られるんだけど、まあ、あれじゃあ成長する前に潰れかねない。
ゲームだってミスしてやられて強くなるもんだからな。
ここは一つ、俺が助けてやるか。
本当はめちゃくちゃ怖いんだけどね。
まあ、こういうときに助け舟を出すのも先輩の役目だろうから、仕方ない。
「課長、そのへんにしておいた方がいいんじゃないですか? ほら、後輩くんも仕事して仕事」
俺は課長と後輩の間に割って入る。
後輩くんはお辞儀をすると、そそくさと自分のデスクへと戻っていった。
「貴様……どういうつもりだ?」
氷魔法のように冷たい目線が俺を射抜く。
うーん、マジで怖い。
まるでラスボスみたいな威圧感だ。
正直こっちの実力は、ゲーム中盤の主人公程度だって言うのにたまらない。
「いや、あいつが軽率なのはわかりますよ? でも、あいつだって自分で考えて行動したわけじゃないですか。そこは褒めてやってくださいよ」
俺の言葉に課長の眉間のシワがめちゃくちゃ深くなる。
デスクを叩く指の音も明らかに激しくなっていた。
「勝手な判断は組織の毒だ。彼の『自立心』とやらがどれだけのリスクを生むか、想像もできないのか? 最低限のやることはしっかりしてもらわないとみんなが迷惑するんだぞ。わかっているのか?」
課長はここぞとばかりに俺にお小言を言ってくる。
まあ、確かに一理はある。
ゲームでも勝手に動き回って相手に迷惑をかけるとか、困らせるのは良くないもんな。
でも、それにしたっていい方はあると思うよ?
課長が部下のためって厳しくしてるのはわかるけどもさぁ。
「だいたい、貴様のその態度はなんだ? 普段は面倒ごとから逃げるくせに、他人のためにはお人好しになる。それを仕事に活かそうとは思わないのか?」
今度は俺がターゲットになる。
正直、失敗したとは思う。
思うけど、しかたない。
可愛い後輩のためだ。我慢するしかないもんな。
それからしばらく、課長のお小言をたっぷり聞かされた後にようやく解放された。
***
【ういーす】
俺は大好きなMMOにログインすると、チャットを打ち込み挨拶をする。
【よっす】
【あ、インしたお】
【お疲れ~】
ギルドメンバーの何人かが返事を返してくれる。
昼間の件で荒んだオレの心を癒やしてくれるのは、やっぱりここしかないよなぁ。
あったけぇ……あったけぇよぉ。
精神力ももりもり回復する。
(まあ、それは置いといて、今日は何をしようか?)
頭の中を切り替えて計画を立てる。
このゲームは採取あり、生産あり、戦闘あり……なんでもできるのが魅力でもある。
だからこそ、その日にやることに迷う。
まあ、明日はコラボカフェに行くんだ。
日課のクエストを軽く回して終わりでもいいかもしれない。
【先生。こんばんは】
そんなことを考えていると、個別チャットで挨拶が飛んでくる。
目の前には三毛猫アバターの男性プレイヤーが立っていた。
【よう、新米。今日もクエストに一緒に行くか?】
【はい、お願いします!】
ぴょこんと飛び跳ねるエモートをすると、胸につけたアクセサリーがキラリと光る。
【それ、取れてよかったな】
【はい、このコラボグッズを取るためにゲームを始めましたから……それに、先生と出会えた記念品でもありますし】
新米の嬉そうな様子がチャットからでも伝わってくる。
その様子に俺まで嬉しくなってきた。
【ああ、あんときは苦労したよなぁ。お前もどうやって遊んだらいいかも全然わかってなかったし】
当時の記憶が蘇る。
右も左もわからずにオロオロしてた新米に声を掛けたのは数ヶ月前。
コラボ目的で入ってきたご新規さんだったけど、ログアウトしそうなところで慌てて声を掛けて引き止めた。
その後は、なんやかんやあって一緒に頑張ってコラボグッズを入手することができた。
コラボ後も遊びたいって言うんで、俺のギルドに入ってもらって今に至る。
【もう、やめてくださいよ。あの時からずいぶんと強くなったんですよ】
力こぶのエモートで新米はアピールしてくる。
忙しいらしくレベルは低いが、着実に強くなっていっているのは間違いなし。
ご新規さんに楽しく続けてもらえてるってのは、ゲーマー冥利に尽きるってもんだ。
最初は『遊びなんだから自由にやってなにが悪いんですか?』とか言ってみんなに迷惑をかけてたけど、最近は頑張ってるもんなぁ。
いやいや、本当にこいつも成長したもんだ。
今ではどこに出しても恥ずかしくない、自慢の愛弟子って言っても過言じゃない。
【じゃあ、そろそろクエストに行くか? それとも少し話でもしてくか?】
【そうですね……少し早めにログインもできたんで、先生とお話がしたいです】
【じゃあ、そこのカウンターで少し話してから行くとするか】
二人でギルド内のカウンターに移動し、席に座る。
目の前にはビールの入ったジョッキとおつまみが現れた。
実際に食べられるわけじゃない。
だけど、こういうのも雰囲気があって、このゲーム好きなとこなんだよなぁ。
【そうだ、新米。ちょっと愚痴を聞いてくれよ】
【なんですか?】
【いやな、俺の上司のことなんだけどさぁ。めちゃくちゃ怖かったぜ】
【……そんなに怖いんですか?】
画面の中の新米が、心なしかおどおどしているように見えた。
実際にはただの定型エモートのはずだ。
だけど、俺には彼が俺の身を案じてくれているように感じられて、少しだけ肩の力が抜ける。
【ああ、美人なんだけど、めちゃくちゃ怖いぞ】
【へぇ……美人なんですか? 具体的にはどんな感じなんですか?】
新米は興味深そうに聞いてくる。
まあ、こいつも男だ。美人には興味があるんだろう。
【そうだなぁ……顔は、めちゃくちゃいいな。うん、あのキリッとした横顔と、ホントたまにしか見せない笑顔のギャップとかすげぇ破壊力だぞ】
うん、たしかに、顔はいい。
その辺の芸能人なんか目じゃないくらいに美人だ。
めちゃくちゃ怖いけど。
【それに、仕事はめちゃくちゃできる人だ。いわゆるバリキャリってやつだな。責任感もあって、部下のこともしっかりと守ってくれる。あれでもう少し優しかったら理想の上司なんだけどな】
今日みたいに部下の失敗はきちんとフォローしてくれる。
言ってることも正論だ。彼女の下で働いてればキャリアアップも間違いなし。
めちゃくちゃ怖いけど。
【あとは、モデルみたいにビシッと決まっててな。ほら、あれだ。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」ってやつ?】
うん、一挙手一投足まで気を抜かないプロフェッショナルを感じさせる姿は、正直、憧れる。
めちゃくちゃ怖いんだけどな。
【へぇ……そうなんですか。そんなに、かっこいいと……そうですか……】
チャットの文字がこころなしか嬉しそうに見える。
なんで、こいつが嬉しそうなんだ?
……まあ、いいか。
【でも、もうちょっとやさしさがあるといいんだよなぁ。新人君たちが怖がっちゃって仕方ない】
やれやれと言うエモートを出す。
【でも、その新人さんも『良かれと思って』勝手に進めちゃったんですよね? 先生がそれを庇って、その上司さんに頭を下げてくれたなら、きっと感謝してますよ】
新米のフォローが心にしみる。
【それにそういうフォローをしてくれる先生にだって、その上司さんもきっと感謝してますよ】
こんなに慰めてくれるなんて、いいやつだな。マジで。
固定のエモートの耳をぴょこぴょこ動かす仕草まで、可愛く見える。
こいつが女だったらやばかったな。
【いやいや、ないない。あの鬼の女傑が俺に感謝なんてありえないだろ。……あれ?】
その会話の途中で違和感に気づく。
【俺、怒られた内容までお前に言ったっけ?】
なにげなく新米に投げかけるが、チャットの返信が止まる。
なんかおかしくないか? なんであいつが昼間のことを知ってんだ?
もしかして……会社の同僚か!
なんてわけはないよな。
まあ、あいつも最初の頃は似たようなもんだった。
クエストでも少しでも早くクリアしようとギミックを無視して進めようとしたりしてたわ。
それで、他のメンバーに迷惑をかけてたもんな。
そん時に頭を下げたのも俺だったわけだし、そういう風に自分のことに当てはめたのかもしれない。
【あ、すいません。宅配便が来ちゃって離席してました。それから、誘ってもらって悪いんですけど、明日はちょっと用事があるので失礼します。】
会話を強引に打ち切りログアウトしようとする。
【ああ、おつかれ。俺も明日は休みだから羽根を伸ばすわ。夜にはログインできるだろうからまたよろしくな】
【はい、お疲れ様でした】
目の前のアバターが消える。どうやら本当にログアウトしたらしい。……なんか不自然だな?
もしかしたら愚痴なんかを聞かせたのが悪かったのか?
だとしたら、後で謝らないとな。
明日の夜にでもまた会ってよく話をするか。
そんなことを思いながら俺は日課のクエスト周回の準備をはじめる。
とりあえず、日課を終らせたら早く寝るとしよう。
なんと言っても明日はこのゲームのリアルイベント、コラボカフェに行く日なんだしな。
***
「やっぱ、この雰囲気が最高なんだよなぁ」
騒がしいコラボカフェの店内。俺は思わずニヤニヤしながら呟く。
うん、今回のコラボカフェも素晴らしい。
内装もゲームを完全再現……とまではいかないが、雰囲気は再現されていた。
ざわざわとした客の賑わいや、コラボメニューの香りまで、あの世界をリアルに感じさせてくれる。
やっぱ、最高だ。来てよかった。
「さてさて、何を注文しようかなぁ」
メニューに目を落とす。
ゲームに合わせた様々な料理にドリンク……目移りする。
「すいません。相席でもよろしいでしょうか?」
急に店員さんが声を掛けてくる。
「相席ですか……」
うーん……どうする?
一人で楽しみたいって気分はある。
気分はあるけど、このゲームが好きなやつを邪険に扱うのもどうかと思う。
「どうぞ。いいっすよ」
相手が誰であれ、ゲームを好きな相手とリアルで話すのは嬉しい。
俺は店員さんに相席を了承する。まあ、俺も男だ。
美人さんと同席して、ちょっといい関係になるのを期待してみたり?
いやいや、そんな都合のいいことは……
「失礼し……」
「え……?」
目の前に座った女性と目があって頭が真っ白になる。
え? なんで? なんでこんなとこに??
「か、課長……」
「き、貴様は……」
相手も驚いたようでフリーズしている。
いや、マジでどういう状況!?
だめだ、思考がまとまらない。
「あの、大丈夫ですか? 少しお待ちいただければお席は用意できますが」
だけど、店員さんの心配そうな声に、なんとか意識を現実に引き戻す。
頭はやっぱり混乱しているけど、店員さんに迷惑をかけるわけにもいかない。
「あ、ああ、俺は大丈夫です」
なんとか声を絞り出すように返事を返す。
ここでイヤとは……言えないよなぁ。
「ああ、私もここでいい」
課長も俺の目の前に座る。
その顔は、いつものキリッとした表情に見えた。
だけど、明らかに無理をしているのが何となくわかる。
うーん……課長も人間らしいとこがあるんだな。
なんか、そう思うと気分が落ち着いてくる。
っていうか、ここに来たってことは課長もこのゲームが好きなんだよな?
だったら、俺達は仲間だ。
職場みたいに気負う必要もない。
「課長もこのゲームが好きなんですね」
「ん? ああ、そうだな。忙しくて毎日というわけには行かないが、楽しんでいるぞ」
小さく笑う課長……いつもは見られないその姿にちょっとドキドキする。
服装もすごく素敵だ。
ファッションセンスも語彙も少ない俺じゃあありきたりな言葉しか出てこない。
大人の女性って感じのその服は美しさとかっこよさを兼ね備えているのだけはわかる。
俺にもっと語彙力があれば……国語の勉強をしっかりとしておけばよかった、マジで。
「そういえば、ギルドとかは入ってるんですか? よかったら、今度、クエストとか一緒にどうです。キャラ名を教えてくれたら誘いますよ」
ちょっと社交辞令っぽいが、まあ、話題としてはこんなもんだろう。
だけど、課長は難しそうな顔をする。
うーん……なんか地雷でも踏んだか?
「すまないが仕事とプライベートは分ける主義だ。教える気はない」
拒絶される。
うーん、まあ、仕方ない。
プレイスタイルは人それぞれだもんな。
「じゃあ、なんか注文しましょうか?」
「そうだな」
俺たちはお互いにメニューに目を落とす。
うん、やっぱりどれもこれも美味しそうだ。
でも、ここはやっぱりこれがいいだろう。
「課長、決まりましたか?」
「ああ、決めたぞ」
「じゃあ……」
呼び鈴に手を伸ばす。するとその手に柔らかい感触が触れる。
課長の指と俺の指先がかすかに触れた。
その指先から、熱いほどに彼女の体温が伝わってくる。
「あ、その……」
手を引っ込めようとしたが、麻痺でも食らったように手が動かない。
魅了の魔法でも食らったかのように、その指先から目が離せなくなった。
それでもゆっくりと目線を上げると、課長の目線と衝突する。
(綺麗だ……)
いつも見て憧れている課長の顔……少し頬を赤くしている。
今まで見たこともないその表情に石化でも食らったかのように動けなくなる。
「な、なんだ。どうかしたのか?」
課長はぎこちなく笑う。
その姿を見て昨日のチャットを思い出す。
【そうだなぁ……顔は、めちゃくちゃいいな。うん、あのキリッとした横顔と、ホントたまにしか見せない笑顔のギャップとかすげぇ破壊力だぞ】
うん、本当に凄まじい破壊力だ。
マジでラスボスどころか裏ボスだって一撃必殺に違いない。
「……いい加減にしろ。ばかもの」
課長の手が離れてベルを押す。
その音に俺は正気を取り戻す。
「あ、あはは……いや、すいません」
目の前の冷水をぐいっと飲み干す。
視界に映る課長の姿にドキドキが止まらない。
なんで、こんな感じになってるんだ?
相手はあの鬼の女傑だぞ?
ありえない。
だけど、そこでまた昨日のチャットが脳裏をよぎる。
【それに、仕事はめちゃくちゃできる人だ。いわゆるバリキャリってやつだな。責任感もあって、部下のこともしっかりと守ってくれる。あれでもう少し優しかったら理想の上司なんだけどな】
ああ、そうだ。俺は彼女に何度も助けられた。
上司だからと思って自分の感情に蓋をしていたけど、ここで改めて思い知らされる。
彼女は理想の上司なんかじゃない……俺の理想の女性なんだ。
***
「……今日は楽しかったな」
「そう……ですね」
夕日の見える公園に俺と課長は来ている。
コラボカフェを出た後に、課長に誘われ街を歩いた。
だけど、記憶はほとんどない。
自分の気持ちを整理できずにずっと上の空だ。
「さて、少し座るか」
課長がベンチに座る。
俺も少し間を空けてベンチに座る。
やばい、これだけでドキドキする。
俺ってこんなキャラだったっけ?
まいったな……。
「そういえば、これをどう思う?」
課長はポケットから缶バッチを取り出す。それはゲーム内コラボアイテムをもとにした、グッズだ。
不意にそれが好きな新米の三毛猫アバターを思い出す。
情けないけど、ここにあいつがいてくれたら心強いんだが。
「課長もそれが好きなんですね」
「ああ、ゲーム内でも苦労して手に入れたからな」
「そうですか……」
ゲームの話を振られているのに、会話が続かない。
本当にまいった。とりあえず、もう、話を切り上げて帰ろう。
一晩寝たら落ち着くだろうしな。
「ふむ……こうやってリアルな世界で、二人で並んで座るのは初めてだな」
「なんですかそれ」
「……あの時、初めてあの世界に踏み込んだあの瞬間。右も左もわからずにいた私を助けてくれた人がいたんだ」
風が二人の間を流れる。
正直、わかっていた。
だけど、気づかないふりをしていた。
「昨日、慌ててログアウトしたのは……申し訳ないという気持ちだったんだ」
課長は夕日を見つめたまま、自嘲気味に笑う。
西日に照らされた彼女の横顔。
いつもオフィスでのあのキリッとした表情とは違い、どこか儚げに見えた。
「正直、一晩中眠れなかった。ゲームでも助けてくれて、現実世界でも私を助けてくれる貴様を騙すのはもう限界だ。だから――」
課長がまっすぐと俺を見つめてくる。
心がざわめく。
「ゲームの中だけじゃない。現実世界でもこんな風に一緒にいたいと思うのは変だと思うか?……なあ、『先生』」
その言葉に脳内の新米がフラッシュバックし、課長と重なった。
確信に変わる。
だけど……。
「おい、なにか言ったらどうだ?」
「し……」
「し?」
「失礼します!」
俺はその場から思わず逃げ出してしまう。
ここ一番でこういう逃げ癖が出るのは駄目だっていうのはわかる。
わかるけど、恥ずかしすぎるし無理だ!
あいつには課長のことをめちゃくちゃ愚痴って、めちゃくちゃ褒めてた。
それを全部本人に聞かれてたなんて、ありえない!
「おい! 待て!」
課長の声を置き去りにして、俺は走る。
これから俺はどうすればいいんだよぉぉぉぉぉ!!!
***
【言いたいことはわかるな?】
【はい】
ゲーム内のプライベートルーム。
目の前には仁王立ちエモートの新米――課長と正座エモートの俺。
このゲームを遊ばないって選択肢は俺にはない。
だから、他のメンバーには見えなくなるプライベートモードを使うことにした。
だけど、ログインしたその瞬間に見事に捕まってしまう。
そしてこの状況だ。
【逃げ出すとはなんだ。逃げ出すとは、貴様は自分のやったことがわかっているのか?】
【いや、でも、あの状況で普通にするのは無理ですって】
【本当に情けないやつだな。貴様は】
チャットの文字だけでも呆れられているのがよく分かる。
まあ、そりゃそうだ。
俺だって自分が情けなすぎる。
【ここぞってときにいつも逃げ出すその癖は直せ。だから結果が出ないんだぞ】
【はい、おっしゃるとおりごもっともです】
重ね重ね言い返す言葉もございません。
このままログアウトして消えてしまいたい。
【はぁ、仕方ない。こうなったら荒療治だな……結婚するぞ】
【はい……はいぃ?】
ん? え? 今なんて???
【結婚!?】
【そうだ、ゲーム内で結婚システムがあるだろ。それでまずはその逃げ癖を直してやる。私から逃げられないように、ここで捕まえておいてやるから覚悟しろ】
【いや、それそれそれは話が違うでしょ!?】
【黙れ!】
チャット越しでもめちゃくちゃ怒っているのがわかる。
でも、流石にそれは無茶苦茶だ。
【いや、結婚てお互いの同意が必要でしょ!?】
【貴様は私が嫌いなのか?】
【いや、好きですけど……】
【なら、さっさと行くぞ】
課長は笑顔のエモートを見せる。そのアバターに本物の課長の笑顔が重なった。
あ、これはもう駄目だ。
ここまで来たら、もう腹をくくるしかないよな?
***
次の日のオフィス。
俺は机に向かって全力で仕事に取り組む。
「おい、ちょっとこっちに来い」
課長が俺を呼んでいる。
昨日の今日で気恥ずかしいが、彼女は全く気にもしていないように見えた。
「なんですか?」
「この資料に目を通しておけ」
「はい……えっ?」
資料をパラパラとめくると、本当の結婚式場の資料が現れる。
そしてそこに書かれているのは
『こっちの世界でもよろしく。先生』
の文字。
課長を見れば、周囲にバレないように小さく笑いながらウインクをしてくる。
(まいった……これじゃあ、午後の仕事が手につかないよなぁ)
俺は席に戻ると仕事に取り掛かる。
まだまだ色々と慣れないけれど、大切な未来の『奥さん』のために頑張るとしよう。
勘違い短編ラブコメシリーズです。こちらもよろしければどうぞ。
・幼馴染に「運命の相手を見つけた!(※勘違いです)」と宣言したら慰められた
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