9.我が妻になってくれ!
わたくしは王家とヴァーシヴル公爵家に向けて、三人になったジャコブとどうしていってほしいのか、お考えを問い合わせる手紙を書いた。
王家からも、ヴァーシヴル公爵家からも、検討中であるという返事が来た。
まあ……、そうよね……。
本人たち三人は、わたくしを娶りたいご様子であるわけだし……。
三人は、『フィデリス砦の英雄』ジャコブ・ヴァーシヴル公爵令息ですもの。
まず、王家としては、三人全員が、これからもこの国で王家に忠誠を誓い、英雄として活躍していってくれることを希望しているはずよね。
……待って。わたくしが誰か一人を選んで結婚した場合、他の二人が傷心旅行と称して他国に旅立っていってしまう可能性があるわ! そういう話なら、物語で読んだことがある。なんなら、かなりの頻度で旅立っているわよ!
二人が旅立つのは、王家としては絶対に避けたいでしょうね……。
裏聖典のように、残ったジャコブ様二人が、男性同士でありながら、お互いに惹かれあうことになるという可能性は……。どうなのだろう……? 同一人物同士って、お互いに惹かれあうの……? わからない……。
仮に残りの二人が惹かれあっても、二人揃って他国に出ていく可能性があるわよね。騎士二人ですもの、身軽に旅に出られてしまう可能性は、かなりの高さよ。
これは、ほぼ間違いなく、王家はわたくしがジャコブ様三人と逆ハーレムを形成してほしいと考えているわね……。
――だけど、このジャコブ様が三人いるという現状が続くとは限らない。
仮にヴァーシヴル公爵家が、わたくしの他にも、ジャコブ様の妻として有力な貴族の令嬢を二人娶ることにしたとする。その後、解呪ができる呪術師が見つかって、ジャコブ様が一人に戻ったら……? ジャコブ様には妻が三人いることになってしまうわ。
この国は一夫一婦制をとっている。一人は正妻になれるとしても、残りの二人はどうするの? わたくしも父と兄が英雄と呼ばれている侯爵家の令嬢だし、他の二人も有力な家の出のはずよ。余った二人の令嬢の家は、怒るわよね。下手すると『ヴァーシヴル公爵家に攻め込もう』までいく可能性があるわ。ほぼないとは思うけど……。
ジャコブ様たちは、わたくしを気に入っていて、わたくしを妻にしたいご様子。それに加えて、一人に戻った時に問題が起きるだろうことを考えると……。
ヴァーシヴル公爵家も、わたくしがジャコブ様三人と、逆ハーレムを形成するのが最善だと考えている可能性が高いわね……。
まあ……、元は同一人物だし……。
呪いだって、時間の経過と共に弱まって、数年で勝手に解けるということもあるかもしれないもの……。
だけど、解けないかもしれなくない!? ずっと逆ハーレム状態で、三人から愛されて困っちゃう状態が続くかもしれなくない!? そうなったら、どうするのよ!?
◇
わたくしが王家とヴァーシヴル公爵家のご意向についてや、ジャコブ様たちとの関係について悩んでいるうちに、ジャコブ様たちが凱旋してきてから一か月ほどが経っていた。
今回の戦争では、エッセレ王国を丸ごと併合できた。歴史的な大勝利よ。凱旋パレードとは別に、凱旋式も開催されることになったの。
凱旋式は、この国のコロシアムで行われることになった。この黄土色の石で作られた円形のコロシアムは、かつては奴隷に身を落とした者たちが、魔獣や人間同士で戦わされた場所よ。今では、騎士たちの剣術大会や、平民の武芸自慢大会などが開かれる場所になっている。
今日は貴族と平民を合わせて一万人弱が観客席に座っていた。観客席の一部を仕切った場所では、王宮楽団が楽器の音合わせをしたりしている。
わたくしは国王陛下と王妃殿下、大神官、エッセレ王国の元国王と共に、大聖女として貴賓席から観覧することになった。
「国王陛下、王妃殿下、大聖女様、大神官様、エッセレ王国の元国王陛下、ご来臨である――!」
国王陛下の侍従長が告げると、王宮楽団による国歌が始まった。わたくしは呼ばれた順番に従い、王族と最上位の聖職者と共に入場した。
『逆ハー』様の物語にも、元平民が聖女になるという話があるけれど、そういう聖女たちは、こんな風に式典に出たりしていなかったと思うのよね……。だいたいは勉強しなかったりして、めちゃくちゃなことをやっていたと思う……。まあ、それも『逆ハー』様に呪われているからなんだろうけど……。普通の神経では、聖女になったからって、好き勝手なんてできないわよね……。
貴賓席は、ベルベットと思われる赤の布と金色の房で飾られ、壁には王家の黒い紋章旗が飾られていた。
式典用の玉座が三つ、王宮から運び込まれている。国王陛下と王妃殿下のための玉座は黄金でできており、色とりどりの宝石が散りばめられていた。座面は赤いベルベットよ。その隣に置かれている、座面が青いベルベットの玉座は、白金でできていて、こちらも色とりどりの宝石が散りばめられている。……この玉座は、国王陛下が座る予定の黄金の玉座の右隣に置かれていて、わたくしが座ることになっていた。大聖女だから……。
わたくしが『女神様と黒衣の三騎士』を発表してから三年ほどが経過しているので、そろそろブームも下火になってきて、大聖女様もお役御免になる頃かと思ったんだけど……。戦地に行っていた若くて美しい男たちが帰ってきたので、『女神様と黒衣の三騎士』は王都大劇場で舞台化されることが決まったの……。サラリーマン語録にある『メディアミックス』というのは、たぶんこういうことを言うのよね……?
今、王都のあちらこちらには、『君こそ、黒衣の三騎士だ!』という文字と共に、舞台役者募集の紙が貼り出されているの。当然ながら、すごい話題になっているわ。貴族の令息や神官の中にも、こっそり応募する者が出ているという噂まである。
これに目をつけた商人ギルドが、年に一回、黒衣の三騎士をイメージしたパレードを行って、王都の目玉イベントの一つにしようとしているという噂もあった。こちらも『黒衣の三騎士』を募集するらしい。
どちらも女神様役は募集していない。面倒なことになるのが目に見えているからね。女神様役は『淡い桜色の髪に、菫色の瞳を持つ』に当てはまらないといけない。だけど、募集なんてしたら、色合いなんて無視して、たくさんの女性たちが応募してくるはずよ。
この『黒衣の三騎士』募集で盛り上がっている中で、騎士たちが大勢で武芸を披露したりする凱旋式が行われるのよ。
このコロシアムは今、完全に包囲されていた。コロシアムに入れない平民たちが、コロシアムを取り囲んでいるらしいの。
平民たちの多くはお祝いに駆けつけてくれただけで、コロシアムに入れなくても不満はない様子らしいわ。もしかしたら凱旋式にかこつけて、飲み食いして騒ぎたいだけなのかもしれないわね。
一部の女性たちは、どうしてもコロシアムに入って騎士たちを見たいと騒いでいたようだけど……。警備を担当している騎士たちを見て、なにか満足したらしいわ。彼らも騎士ですものね。
凱旋式が始まると、まずは大神官によって、ドルミーレ王国とエッセレ王国の戦死者たちに祈りを捧げることが宣言された。コロシアムにいる全員が、胸の前で手を合わせ、戦死者たちの冥福を祈った。
続いて、歩兵を率いていた部隊長たちが百人……? 二百人……? けっこうな数で並んで出てきて、国王陛下からお褒めの言葉を賜った。次に騎兵隊長たちも同じように出てきて、こちらも百人くらいはいたかしら。こちらも国王陛下からお褒めの言葉をいただいていた。国王陛下は彼らの馬も褒めておられたわ。ここまでは身分の低い者たちへの労いね。
本番はこの後で、まず『当代の英雄』と呼ばれている、わたくしの父と兄が出てきた。父は大剣、兄は槍が得意なの。二人とも黒い騎士服よ。二人は荒々しい模擬戦を披露し、父が兄を負かしたわ。
父と兄は互角の実力なので、普段は決着がつかないで延々と戦っているんだけど……。今日は二人で相談の上、様式美として父親の勝利ということにしたようね。
見学しているご令嬢やご婦人たちは、父と兄の名前を呼んで大盛り上がりだったわ。以前なら、淑女である彼女たちは、こんなはしたないことはしなかったでしょうね。けれど、戦時中に平民たちと一緒に働いたりしたことで、だいぶ変わったんだと思うわ。
父と兄が引っ込むと、ヴラドライ公爵家の嫡男とヴァーズ公爵家の嫡男も黒い騎士服で出てきて、レイピアという細い剣を使って、貴族らしい優美な戦いを披露してくれた。今のこの国はズタボロ重視だったりするので、このお二人の戦いは、観客たちにはちょっと物足りなさそうだったわ。
最後に『フィデリス砦の英雄』であるジャコブ様が三色の騎士服を着て三人で出てきた。すでにジャコブ様がエッセレ王国の呪いで三人に分裂してしまったことは、広く知られているようだった。
「きゃああ、『フィデリス砦の英雄』様よ!」
「赤ジャコブ様!」
「青ジャコブ様!」
「黄ジャコブ様!」
観客席から声が飛ぶ。
すごく……、『赤巻紙、青巻紙、黄巻紙』です……。
そう……、よね……。全員ジャコブ様なんだし、この色と名前での呼び方が一番シンプルでいいわよね……。自分で書いたからって、『女神様と黒衣の三騎士』に引っ張られすぎていたかもしれないわ……。
三人のジャコブ様は、一人はハルバードという戦斧、一人は長剣、一人は槍を背負っていた。
三人は背中を向け合い、観客たちに向かって武器を構える。
今度は、凄まじい歓声が上がった。
「うおおおおお、ガストンー!」
エッセレ王国の元国王が貴賓席から身を乗り出して、長剣を構えている黄ジャコブ様に呼びかける。
他の観客たちも、「エドガー様、素敵ー!」や「きゃああ、本物のバティスト様だわ!」などと叫んでいる。
黒衣じゃないことなんて、まったく気にならないみたいね……。
三人は場所を変えつつ、観客たちに武器を構えて見せてまわった。
模擬戦よりよっぽど盛り上がっているわ……。
これは『逆ハー』様の伝説に出てくる『課金の限定スチル』というものなのではないかと不安でしょうがない……。この『課金の限定スチル』というのは、『乙女ゲーム』内でお金を出して買う絵画のことらしいわ。どうしよう、わたくしがヒロインだったら……? そちらも不安でしょうがないわ……。
三人は観客たちを一通り喜ばせると、三人そろって貴賓席前までやってきて、三人で武器を構えて見せてくれた。
「生きていてよかった……ッ! ガストン……ッ!」
エッセレ王国の元国王は、黄ジャコブ様しか見ていないだろう。いいえ、号泣しているから、ちゃんと見えているのかも怪しいわ……。
「サンドリーヌ嬢、どうか我が妻になってくれ!」
青ジャコブ様がわたくしを呼び、力強くハルバードを掲げた。かっこいい……!
「いいや、私の妻になってほしい!」
黄ジャコブ様も、胸の前で長剣を横に構えてみせる。こちらも素敵すぎるわ……!
エッセレ王国の元国王が声もなく倒れそうになり、大神官が神官たちと一緒に抱きとめて、貴賓席から運び出していった。どれだけガストンが好きなのよ……!?
「サンドリーヌ嬢は、この私の妻だ! 誰にも渡さぬ!」
赤ジャコブ様が槍を振りまわして、他の二人を攻撃した。他の二人が飛び退って避ける。
「なにをするのかッ!」
「やめろ、ジャコブ・エドガー!」
模擬戦もやるのかと思ったけれど、そうでもないみたいね……。同一人物が三人で揉めているわ……。
観客たちは大興奮で、あちらこちらから女性の悲鳴のような声が聞こえる。
「『フィデリス砦の英雄』が、三人で大聖女様を奪いあっているわ……!」
「まるでリアル『女神様と黒衣の三騎士』よ……!」
観客席では女性たちの盛り上がる声がする。
「大聖女様ー!」
さらには、わたくしへの声援まで聞こえてきた。
その騒ぎは、国王陛下が片手を上げて合図をし、一度は引っ込んだ父と兄とヴラドライ公爵家の嫡男とヴァーズ公爵家の嫡男が出てきたことで静まった。
七人の男たちは、貴賓席に向かってひざまずく。
「我が国に勝利をもたらした者たちに祝福を!」
大神官は、いつの間にか戻って来ていたらしい。それどころではなかったから、まったく気づいていなかったわ……。
国王陛下が起立されて、今回の戦争で特に功績のあった七人に、お褒めの言葉と共に、報奨金や領地をお与えになっていく。
ジャコブ様たち三人には、エッセレ王国の領土が与えられることになった。エッセレ王国は、今は王妹殿下が女大公閣下として暫定統治していた。普通では下賜されるなんて考えられないことだけれど、ジャコブ様たちは三人いるから……。エッセレ王国を三分割して与えるのでないと、三人それぞれの戦功に対して、与える領地が足りないのだろう。
一人に戻れた場合には、広大な元エッセレ王国を一人で領有することになる。そうなった時には、どうするんだろう……? まあ、その時はその時よね。
こうして凱旋式は終わり、この翌日から、『大聖女様に求婚するフィデリス砦の英雄様』という絵が、王都のあちらこちらで売られることになった。
さらに、吟遊詩人たちが、この出来事を歌ってまわったせいで、わたくしが凱旋式で三人のジャコブ様から求婚されたことは、国中の人々が知ることになったのだった。




