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神速将軍は結婚式の最中に戦地へと旅立ちました~呪われて三人に増えて帰ってこられても、誰を選ぶか以前に理解が追いつきません!~  作者: 赤林檎


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8.三人になってしまったジャコブ様

 凱旋パレードが終わると、わたくしは実家であるリズヴォー子爵……、ではなくて、今は侯爵ね……。どうも慣れないわ。リズヴォー侯爵家に戻ることになったの。


 わたくしは父と兄と共に、リズヴォー侯爵家の王都のタウンハウスと呼ばれる城に戻った。


 執事によると、大聖女様の実家への捧げ物として、国王陛下が王家が王都に所有する城の一つを贈ってくれたらしいの。旧トリアン城という名前があって、当時の国王陛下を単騎で助けた最強の騎士と妻が、結婚したばかりの頃に住んでいたことで知られている、小ぶりな愛らしいお城よ。このお城は、大聖女様に捧げられた城というだけあって、素敵な花園があったり、女性の喜びそうな装飾や家具などが多いの。


 元は男爵家だった子爵家の館とは、規模が違いすぎだわ……。実家が城になっているってどういうことなの……。


 もちろんヴァーシヴル公爵家の白一色の壮麗な城と比べると、小さなお城ではあるけれど……。比較対象が、尖塔がいくつも並んでいて、かつて悪役令嬢が幽閉されたという伝説すら持つ旧ハビリセン城だもの……。


 ヴァーシヴル公爵家の城は王都郊外の丘の上にあって、元は王家の離宮だった建物。タウンハウス用に建てられたこの城とは違って当然ね。あれでもお城の規模としては中規模らしいから信じられないわ。大貴族の領地に建っているお城なんて、あんなものではないらしくて……。わたくしには想像もつかないわ。


 とにかく、わたくしの実家の建物は城となり……。


 三人のジャコブ様が、わたくしに会うために来てくださったの。


 わたくしは花園にあるガゼボで、三人のジャコブ様とお茶会をすることになった。ガゼボというのは、庭園にある柱と屋根だけのおしゃれな建物よ。ヴァーシヴル公爵家の城の庭園にもあったわ。わたくしの以前の実家にはなかったけどね……。


 このお城のガゼボは、円形ガゼボという丸い建物よ。柱も丸くて、上下には愛らしい花の模様が彫られているの。屋根もふんわり丸くてやさしい雰囲気よ。このガゼボは、きっと愛する女性を喜ばせるために建てられたのね。


 王家が用意してくれた侍女が、わたくしたちに手際よくお茶を淹れてくれる。侍従や護衛騎士も、少し離れた場所で立っているわ。


 ここが我が家だとは、まったく思えない……。


 三人のジャコブ様は、今日もそれぞれ赤と黄と青の服を着ていた。


「私は戦地ではジャコブ・エドガーと呼ばれていた。戦地でも、王都でも、赤い服を着ているから、それで見分けてくれ」


 と、ジャコブ様の一人が教えてくれた。ジャコブ様の一人……。いや、あっているけれど……。あっているけれど……。違和感がすごいわ……。


「私は常に黄色い服を着て、ジャコブ・ガストンと呼ばれていた」


「私のことはジャコブ・バティストと呼んでくれ。青い服が目印だ」


 戦地ではジャコブ様たちの名前に『女神様と黒衣の三騎士』の三人の名前を追加して、呼ぶ時もわかるようにしていたらしいわ。


 なんでこんな複雑なことになっちゃっているの……。覚えられる気がしない……。


 ジャコブ様たちには申し訳ないけれど、まず名前が長すぎよ……!


 服の色と名前の組み合わせだって、そう簡単に一致しないわよ……!


「私たちの外見はどうだろうか? だいぶ変わってしまったが……」


 ジャコブ様は籠城戦により筋肉が落ち、筋肉の重みで伸び悩んでいた身長が伸びたらしかった。二十代半ばになっても身長が伸びたりすることがあるとは聞いたことがあったけれど、本当にあるものなのね……。


「以前は鍛えすぎていたのだろうな」


 なんて、ガストン様たちは笑っていた。


「顔も厳つすぎたな」


「ああ、少しやりすぎだった」


 たしかに厳つかった顔がすっきりとして、元から美男だったけれど、今ではなんだか神々しいほどだわ。


「サンドリーヌ嬢、どうだろうか? 以前の方が良かったなら、また鍛え上げるが……」


「えっ、わたくし!? わたくしは……、今のままで……」


 わたくしが顔を真っ赤にしてうつむくと、ジャコブ様の一人が、長い指でわたくしの頬をさらりとなでた。


「サンドリーヌ嬢、そんなにかわいい顔をされると、他の二人の目に触れない場所に、大切に閉じ込めておきたくなってしまうのだが……」


「え……っ!?」


 他の二人も同一人物だよね!? それに閉じ込めるって、どういうこと!?


「ジャコブ・エドガー、勝手にサンドリーヌ嬢に触れるな」


 ええと、黄色い服だから……、ジャコブ・ガストン様? おそらくジャコブ・ガストン様が、わざわざ席を立ってジャコブ・エドガー様の右手首をつかんだ。ジャコブ・エドガーと呼ばれていたんだから、ジャコブ・エドガー様よね!?


「そんなギラついた目をして、なにを言っている。お前だってサンドリーヌ嬢に触りたいくせに」


 ジャコブ・エドガー様も席を立ち、ジャコブ・ガストン様の黄色い騎士服の胸倉をつかんだ。


 えっ!? これはサラリーマン語録にあった『わたくしのために争わないで』というもの!?


 まったく同じ顔、同じ体格の二人がにらみ合っている。


 ギスギスしすぎじゃない……!?


 黄色い服の方がジャコブ・ガストン様で、赤い服の方がジャコブ・エドガー様だったわよね!? 逆!? 見ているうちに、よくわからなくなってきたわ……!


「二人とも、やめろ。サンドリーヌ嬢を困らせるな」


「優等生面をして意見するなよ、ジャコブ・バティスト。点数稼ぎか?」


 ジャコブ・エドガー様か、ジャコブ・ガストン様が、嘲るように笑った。どちらなの……!?


 同一人物が三人で言い争っている……。まあ、三つ子だと思えば……。三つ子……。わたくし、三つ子にだって会ったことがないわ……!


「失礼ながら、皆様は本当に三人ともジャコブ様なのですか? なにかご事情があって、三つ子の方が三人でジャコブ様のふりをしているといったことは……?」


 まあ、ないだろうな、とは思う。ヴァーシヴル公爵の隠し子が三つ子だったとしても、ジャコブ様の代わりを務める方は、一人いればいいもの。普通なら、残りの二人は待機させるわよ。


「いや、そうではない」


「信じられないのも無理はないが……」


「戸惑わせてしまって、すまない」


 ジャコブ様たちが答えてくれた。


「いえ……。一番大変なのは、ジャコブ様たちでしょうから……」


 この方は、この国を守るために、自分の結婚式すら投げ出して戦地に駆けていかれた。そして、英雄などと呼ばれるようになったために、このような恐ろしい呪いをその身に受けてしまった。


「なんとか呪いを解けると良いのだが……」


「サンドリーヌ嬢も、なかなか私たちの区別がつかないだろう」


「本当にすまない」


 国王陛下とエッセレ王国の元国王が協力して、呪術師を探してくれている。だけど、呪術だの魔法だの加護だのは、遥か昔に失われたものだ。わたくしが呪われた人を見たのなんて、この『三人になってしまったジャコブ様』が初めてよ。


 呪術師が見つかったとしても、呪術師だったら誰でもいいわけではない。その呪術師が、エッセレ王国の宰相と貴族たちの命を合わせたよりも強い力を持っていてくれないと、ジャコブ様の呪いは解けないわ。


 なんとかして、条件に合致する呪術師を探せるといいんだけど……。


「私たちのために、そんなに悩まないでくれ」


「三人であることで、逆に良かったこともあるのだ」


「あれは、私たちがフィデリス砦での戦いに勝ち、エッセレ王国との国境を越えて、オーリム峠に入った時だった……」


 ジャコブ様たちは、その峠でいきなり三人に分裂したらしかった。分裂……よね……? せっかく三人になったのだからと、三人であることを利用して、神出鬼没の『フィデリス砦の英雄』を演じることにしたらしかった。三人になったら、それすらも利用する、ジャコブ様のお心の強さがすごい……!


 ジャコブ様は、前方にいたと思ったら、後方から現れ、逃げ出した先に先回りしている――。そんな『神速将軍』として、この国を勝利に導いてくださったのだそうだ。


 まあ……、エッセレ王国軍は、『フィデリス砦の英雄』が三人に増えているとは思わないものね……。三人全員が本人なのだから、『顔を隠してジャコブ様のふりをする』といった小細工も、まったく必要ないし……。それは不思議だし、恐ろしかったでしょうね……。


「さすが英雄と呼ばれるお方です。この国をお守りいただき、ありがとうございます」


 わたくしは心からお礼を言った。


「私が守ったのは、この国ではない。あなただ」


 ジャコブ様の一人が、わたくしの横に来てひざまずいた。ええと……、この青い服の方は……、ジャコブ・バティスト様?


「あなたの存在があったからこそ、我らは、たとえ三人になろうとも戦い続けられた」


「あなたは私だけの女神だ。あなたに勝利を捧げるためだけに、私は戦い抜いたのだ」


 他の二人もわたくしの横にひざまずく。


 まったく落ち着いてお茶を飲めないんだけど……。貴族の男女のお茶会って、こういうものなの……? わたくしは恋人も婚約者もいたことがないし、男女でのお茶会の経験も皆無だから、よくわからない……。


「あ、あの……。わたくし……、どうしたら……?」


 わたくしは、『逆ハー』様に呪われた『ピンク髪の女』はすごいと思った。同時に四人も五人もの男性を侍らせて、楽しくすごせることがすごい。『ピンク髪の女』は、最終的には全員と結婚して逆ハーレムを形成することが目的であることが多いようだから、四人や五人の男性から、こうして同時に口説かれていたわけでしょう? どういう対応をしていたのだろうと思うわ……。


 今のわたくしの抱える問題は、まず三人になったジャコブ様の名前が長くて、色との組み合わせが覚えられないこと。


 ええと……、たしか……、そうね……。


 どうせ三人全員がジャコブ様なんですもの。ジャコブ様というのはもう省略していいわよね……? たぶん問題ないわ。赤エドガー様、黄ガストン様、青バティスト様と考えればいいのよ。なんなら、そう呼ぶわ。きっと三人の誰が誰だかわからないよりいいわよ。


 ジャコブ様たちは、元は同一人物で三人に分裂し、一人一人が別人みたいに考えたり動いたりしているのよ。そんな人を他に知らないから、正しい対処法なんてわからないわ。


 もう自分のやりやすいようにやるわ。そうするしかないわよね。


「あの……、まず呼び方なのですが、今後は赤エドガー様、黄ガストン様、青バティスト様と呼ばせていただきます。今のままではお三方が区別しにくくて……」


 わたくしは三人に許可を取ることにした。


 三人は顔を見合わせて、少し困ったような表情をしたけれど、この呼び方を受け入れてくれた。


 まあ……、ね……。素敵なネーミングかと問われたら、そうでもない……、かなぁ……、とは思うわよ。だけど、現状、三人をちゃんと区別するための良い案なんて、他にないんだから仕方ないわよ。


 ……これ、ジャコブ様が無事に帰ってきたとは言えなくない?


 戦争に行ったのだから、怪我をして帰ってきたり、なんなら戦死したという通知一通だけで遺体は戻ってこないこともある。怪我だって、顔や身体に大きな傷が残ってしまったり、腕や足を失うとか、目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったり、精神を病んでしまったりなど、酷いことになっていることもあると聞く。


 五体満足で、ただ三人に分裂しただけだなんて、良い部類ではあるのかもしれない。


 ただ三人に分裂……? ただ、ってことはないけどね……。少なくとも、わたくしは、だいぶ困っているわよ。


 理想としては、救国の英雄将軍になって五体満足で帰って来て、さらに、戦地ではわたくしだけを想っていて、溺愛してくれる、こんな感じよね。


 しかし……、現実は厳しいわ……。呪われて三人に分裂だものね……。


 わたくしは三人を見た。うん、三人ともジャコブ様だわ……。


「あの……、さっきからずっとひざまずいておられますが、わたくしはどうしたら……?」


 三人はまた顔を見合わせる。なんで困惑しているのかしら? 三人でひざまずいて、なにがしたかったの?


 ジャコブ様が一人だったら、求婚されていると思うような言葉だったけれど……。


 えっ、待って。わたくし、三人から求婚されていたの!? 元は同一人物で、一度は結婚式までした相手から!? さらに、『白い結婚』とか言われて、結婚が解消になっちゃった相手なんだけど!?


 えっ、本当に、そういうこと……!?


 わたくしは目を剥いて三人を見た。そう……、ね……。三人とも目元を赤く染めて、熱っぽい目でわたくしを見ているわ。


 わからなかった……! 色と名前の組み合わせのことばかり考えていて、それどころじゃなかったから……!


 これは、あれか……! 戦地から帰ってきた男に熱烈に言い寄られている状況……! 知っているわ……! 前から知っていた……!


 なんなら、そういう系統の内容だとタイトルでわかる本は、片っ端から買うくらい好きだわ!


 だけど、呪われて三人になって帰って来た話なんて、一つもなかったけどね!?


 これでは落ち着いて溺愛されられないじゃない……!


「もしかして……、求婚してたり……します……?」


 わたくしは遠慮がちに確認してみた。


 わたくしたちの再婚? 前の結婚は、『白い結婚』として解消になったから、初婚? とにかく、貴族の婚姻であり、家同士が合意していて、一度は成婚までいった仲。ただもう一度、結婚式を行って、お披露目の舞踏会もやって、初夜を迎えて……、というだけの話なのでは? ……えっ、違ったの?


「そうだ」


「求婚している」


「俺を選んでほしい」


 最後に発言した赤エドガー様を、他の二人が睨んだ。


 えっ、同一人物が三人で、わたくしの夫の座を奪い合っているの!? さっきもこんな感じじゃなかった!? ギスギスなの!? この三人、元は同一人物なのに仲が悪くない!?


「ええと……、わたくしは……、どうしたら……? 一度、国王陛下と王妃殿下のご意向も確認してみます」


 この方たちは、『フィデリス砦の英雄』ですもの。わたくしの一存で誰と結婚するのか決められるとは思えなかった。


 ジャコブ・ヴァーシヴル公爵令息の妻になるの、いくらなんでも大変すぎでしょ!?


「あなたの気持ちを知りたかったのだが……」


 赤エドガー様が落胆した声で言った。わたくしの気持ち!? そんなもの、今は『三人の区別がつかない』、それだけだわ。


「そう焦るな。再会したばかりだ。サンドリーヌ嬢も、ジャコブが三人では戸惑うばかりだろう」


 青バティスト様……、青は異界の『神器』では、『進むことができる』を意味しているらしいけれど、グイグイ突き進んで来なくて助かるわ……。青なのに……。


 ああ、もういっそ一人ずつと面会することにしたらいいのかも知れない……。三人が別行動をして敵を倒したりしていたらしいし、単独行動ができないわけではないはずですもの。


 まずは、王家がどうしてほしいのかを確認しないと……。


 それにヴァーシヴル公爵家の公爵ご夫妻のお考えも知っておかないと……。一人息子が三人になり、『白い結婚』が解消されたのよ。もしかしたら、娶りたいと考えているご令嬢がいるかもしれないわ。


 わたくしは、遠い目をして考える。エッセレ王国の王都のあちらこちらに紙を貼る作戦……。かなり良い策だと思ったのだけど……。あれが、こんな結果になるなんて……。

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