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神速将軍は結婚式の最中に戦地へと旅立ちました~呪われて三人に増えて帰ってこられても、誰を選ぶか以前に理解が追いつきません!~  作者: 赤林檎


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7.フィデリス砦の英雄

 ジャコブ様たちは戦地から戻ると、そのまま凱旋パレードをすることになったらしかった。


 戦地で着ていた軍服のままで、騎士の儀礼服などに着替えたりはなさらないようだった。


 どうも黒衣の三騎士たちのズタボロな姿が、忠義心にあふれていて美しかったかららしいのよね……。


 凱旋パレードをする場合、軍隊の王都入りと同時に行う場合だと、王都の手前の村や町で着替えるものらしいわ。


 軍隊が王都入りした後、別な日に凱旋パレードだけする場合もあるみたいね。


 今回はズタボロ重視の凱旋パレードになったらしいんだけど、ズタボロ重視って……。


 わたくしの書いた『女神様と黒衣の三騎士』は、この国の美の基準まで変えてしまったというの……?

 いろいろと、そうはならないでしょ……。


 凱旋パレードは王都の西門から入って大通りをまっすぐに進み、まず王宮まで行くことになっていた。王宮前で国王陛下と王妃殿下にご挨拶した後、お二人と一緒にわたくしや大神官たちの待つ大聖堂までやって来る。


 わたくしは、本当は一刻も早くジャコブ様のお元気な姿を見たかったから、西門で出迎えたかったんだけど……。図らずも大聖女という高い地位を得てしまっていたから、そうもいかなかったのよね……。


 大聖堂は王都の東門の近くに、木々を背にして建っている。石造りの小さな城のような外観で、尖塔の上に大きな鐘が吊り下げられていた。この鐘は、王家の行事や公爵家の嫡男の結婚式くらいでしか鳴らされない。それが、今日は凱旋を祝うため、王都中に大きな音を鳴り響かせていた。


 凱旋パレードは大通りから逸れて、大聖堂通りと呼ばれる道に入り、わたくしたちの前に現れることになっていた。


 まるで闇をまとっているかのような黒衣の集団。国王陛下と王妃殿下まで馬に乗っていた。そんな彼らを先導しているのは、赤と黄と青の服を着た三人の男性だった。その三人だけが、服の色が違ったの。


 わたくしは最初、普通に御三家のご嫡男たち三人だと思ったわ。だけど、彼らの姿がはっきり見えるようになってくると、御三家のご嫡男たちではないことがわかったの。彼らは三人ともそっくりで、三つ子のように見えたのよ。


 さらに近づいてくると、彼らはなんだかジャコブ様に似ているように思えた。


 わたくしは次期公爵夫人として、ジャコブ様が戦争に行っている間も教育を受けていた。その教育の一つに貴族名鑑の暗記がある。わたくしはこの国の貴族たちを全員覚えていた。


 ヴァーシヴル公爵家に縁のある者たちに、三つ子なんていない。


 隠し子? ヴァーシヴル公爵の隠し子だろうか?


 それにしても、あの三人、ジャコブ様に似ているわ……、なんて考えていると、その三人や他の方たちが馬から降り、国王陛下と王妃殿下や他の者たちと一緒に、わたくしたち聖職者の前まで歩いてきた。


 三つ子のように思えた男性三人は、王太子殿下や二人の公爵家ご嫡男より少しだけ背が高い。ジャコブ様に似ているけれど、ジャコブ様のように厳つすぎたりしない。ジャコブ様が、鍛えすぎた筋肉を戦地で落として帰ってきたみたいだった。


 三人はわたくしの前で同時にひざまずいた。ここまでは良かったのよ。わたくしは大聖女様。人にひざまずかれるのには、すっかり慣れていたんですもの。


「ジャコブ・ヴァーシヴル、女神シャンタル様の御許に帰って参りました」


 三人が声をそろえて女神様にご挨拶した。


 わたくしは大神官様を見た。大神官様も、わたくしを見ていた。


 ジャコブと名乗った三人の後ろに立っている国王陛下と王妃殿下や、王太子殿下、御三家の公爵、他の公爵家のご嫡男二人が、心配そうに三人を見守っている。


 どういうことなの……?


「大聖女様、お許しください! 我が国の落ち度でございます!」


 長剣を背負ったズタボロの黒衣の騎士が、三人の横に並んでひざまずいた。銀色の長い髪を銀色の輪で一つにまとめて、片側に垂らしている。どう見ても、『女神様と黒衣の三騎士』のガストンのコスプレ姿だった。


 わたくしは、彼がガストンが好きすぎると噂になっているエッセレ王国の元国王だろうと推測した。


「我が国の宰相と貴族たちが、『フィデリス砦の英雄』を呪ったのです」


 元国王の説明によると、エッセレ王国の宰相や貴族たちは、わたくしが貼り出した絵と文章に恐れ戦き、狂信者の筆頭であろう『フィデリス砦の英雄』ジャコブ・ヴァーシヴルを呪い殺すことを決意したらしい。


 エッセレ王国は、かつてサンロレー魔法王国という名で多くの魔道具を作り出したという伝説があり、あの有名な異界のサラリーマンなる男を勇者召喚した国としても知られているの。


 宰相たちは古文書を漁り、人を呪い殺す方法を探した。そして、エッセレ王国の王城の地下に勝手に魔法陣を描いた。さらに、我が国のマリーヌ村というところにある祠を盗んで、魔法陣の中央に置いて贄とした。


 もうね、マリーヌ村という名前が……。『逆ハー』様に呪われた『ピンク髪のヒロイン』である平民のマリーの出生地である村が、略されてマリーの村となり、時を経てマリーヌ村という呼称に変わったとしか思えないわよね。


 そんな場所にある祠を魔法陣の贄にしたの!? 『逆ハー』様のことはよく知らないけれど、祠ごとなら呪われることもなく持ち運びが可能だったりするの!? 祠というもののサイズ感がわからないけれど、『逆ハー』様というのは、そんなに小さな館にお住まいなの!?


 とにかくエッセレ王国の王城の地下室では、呪いの魔法陣の中央に『逆ハー』様の祠が置かれて、『黒ミサ』なるものが行われたらしかった。


 宰相たちは、かつて魔法大国として名を馳せた国の誇りにかけて、国を守るために命を投げ出したそうよ。つまり、ジャコブ様に呪いをかけた者たちは、全員が死んでしまったの……。


 その結果、ジャコブ様は呪われた。女神様のご加護により死にはしなかったものの、三人に分裂してしまったそうなのよ……。


 ドルミーレ王国の平民の間では、子供の頃に悪いことをすると、『逆ハー』様が来ると叱られることがあった。『逆ハー』様のお話は、とても有名なのよ。


『逆ハー』様に呪われた『ピンク髪の女』は、自らを『乙女ゲーム』なるものの主人公だと考えるようになるの。それで、平民の身でありながら、貴族の養子になったり、貴族の隠し子であることや、平民出身の聖女であることが判明したりして、王立学院に入学するの。


『ピンク髪の女』は王立学院で、王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、大神官の息子、大商人の息子などのハイスペックな男性たちを『攻略対象』などと呼び始めて、彼らを次々と魅了し、逆ハーレムを形成しようとする。


 この物語の結末は、『ピンク髪』の女が逆ハーレムを形成できることもあれば、できずに罰せられる、男性の一人と結ばれる、などいろいろなの。これらの結末はマルチエンディングと呼ばれていて、逆ハーレムルートや、バッドエンド、特定個人ルートであるとか、様々な名前で呼ばれているわ。


 この物語の登場人物たちから考えるに、男性が『逆ハー』様に呪われた場合には、『攻略対象』なるものに変化してしまうのではないかしら?


 この三人のジャコブ様は、いずれ一人は宰相、一人は騎士団長、一人は大神官か大商人になるというわけよ……。


『ピンク髪の女』……。わたくしは自分の肩に垂らしている髪を見た。


 ローズブロンド……。金髪に深紅の薔薇を足した色……。かつてこのような色をピンク髪と呼んでいたこともあったかもね……。うん、きっとあったわ……。


 この国には、『ピンク髪の女』が王太子の誘惑に成功した時のお話も伝わっているの。古の時代の伝説で、その頃には魔法のような加護というもので、火を出したり水を操ったりできたそうよ。


 そのお話では、数年だけ王太子だった方が、『ピンク髪』の男爵令嬢に惑わされて婚約破棄をしたそうよ。その王太子だった方は、婚約者だった公爵令嬢を陥れた罪により、辺境に送られて前線で亡くなった。


『ピンク髪』の男爵令嬢もまた、辺境の前線で亡くなったの。希少な治癒の加護持ちだったから、衛生兵にされたのよ。戦場では、娼婦のような真似をしていたとも伝えられているわ。


 この国では、この出来事により、百年以上にわたって『ピンク髪』の者たちへの差別が行われるという、忌まわしいことが起きてしまったの。


 この差別をなくした方は、同じく『ピンク髪』のイレーヌ様という方で、夫であるジョレス様と共に洪水に苦しむ民のために尽力した女性として、偉人伝にも名を連ねておられるわ。


 このようなお話が伝わっていることから、この国では髪色を表現する時に、ピンクを使うことが避けられているのよ。


 その結果、わたくしのこの赤みのあるブロンドは、ローズブロンドと呼ばれていて……。


 ――ちょっと待って! わたくしがヒロインなの!? 嘘でしょう!? えっ、そういうこと!?


 今の、口に出していなかったわよね!? 『わたくしがヒロイン!?』とか言い出したら、サラリーマン語録にある『死亡フラグ』ってヤツよ!


「大聖女様、白目を剥いておられますが、大丈夫でしょうか……?」


 大神官が心配しているけれど、ごめんなさい、まったく大丈夫じゃないわ!


「私は敗戦国の王として、『フィデリス砦の英雄』の呪いを解く方法を臣下に調べさせました。その結果、呪いを解くには、呪術師自身に呪い解かせるか、呪いをかけた呪術師と同等か、それ以上の力を持つ呪術師に解呪してもらうかであることが判明しました」


 まず、呪術師なんてものがいないと思う。今回だって、一国の宰相と貴族たちで呪ったわけでしょう……? 呪術師がいたら、そいつにやらせるよね!? 呪うことが本職の人なんだろうから。


「呪術師などいるのですか?」


 大神官が質問してくれた。


「探しましたが、見つかっておらず……。申し訳ない限りです……」


 まあ……、いないよね。だいたい、呪術って……。人を呪ったりとか、本当にできるものなの!?


 ジャコブ様が亡くなってしまい、ヴァーシヴル公爵の隠し子だった三つ子をジャコブ様として公爵家に迎え入れるために、このような横車を押す事態になっている、と言われた方が、まだ信じられるわ。そういうことだったら、王家や貴族がやることもあるだろうな、と思うもの。


「サンドリーヌ嬢、私はこのように呪われた忌まわしき身となってしまった。幸いにも婚姻誓約書にサインして三年が経過している。私たちの白い結婚は解消しよう」


 わたくしたちが大聖堂で婚姻誓約書にサインしてから、たしかに三年以上が経過していた。


 わたくしたちは結婚式もまともに挙げていない。


 ジャコブ様は戦地、わたくしは王都にいて、夫婦らしいことなんてなに一つしてこなかった。


 それでも、わたくしたちは、ジャコブ様がフィデリス砦を出られてからは、たくさんの手紙を書きあっていたわ。


 夫婦の絆があると思っていたのよ。


 だから、戦地から戻ってきたジャコブ様から、こんなことを言われるなんて考えたこともなかった。


 ……ああ、たくさんの手紙だったわ。返事を書くのが大変なくらいに……。そう、よね……。戦地にいる将軍が、一人であんなにたくさんの手紙を書くのはおかしかったわね……。


 でも、三人ならね……。一人一通書いたら、わたくしには三通届くものね……。


「解消した上で、改めて結婚を申し込む。サンドリーヌ嬢、どうか私の妻になってほしい」


 それは……、三人のジャコブ様の妻になれと? わたくし一人に、夫のジャコブ様が三人いることになると?


 ――逆ハーレムエンド。


 わたくしの脳裏を、そんな単語がよぎっていった。


「戦地にいても、サンドリーヌ嬢を想わない日はなかった。私を選んでほしい」


「私は英雄となって戻ってきた。大聖女様であるサンドリーヌ嬢に相応しいのは私だ。我が妻となってくれ」


 同一人物じゃない!? 三人に分裂しているだけで、同一人物だよね!? いや、『だけ』ってことはないけど、同じ人だよね!?


「三年も寂しい思いをさせてしまった。誕生日すら祝えなかった。これはお詫びの品だ」


 それは戦争中だったので、仕方がなかったと思うけど……。


 ジャコブ様たちは、従者からそれぞれベルベットの貼られた箱を渡されて、わたくしの前で開いて見せてくれた。


 一人目のジャコブ様は、アメジストとダイヤのちりばめられた白金に輝くティアラ。


 二人目のジャコブ様は、ティアラとお揃いのネックレスとイヤリング。


 三人目のジャコブ様は、同じくお揃いのブレスレットと指輪。


 どれもが豪華で、とても美しい……。こんなすごい大きさの宝石も、繊細な細工も、これまで見たことがなかった。この国に三つしかない公爵家の次期公爵夫人として、いろいろなアクセサリーを見てきたけれど、これらはそのどれよりも素晴らしいものだと一目でわかるわ。


「我が王家に伝わる秘蔵のアクセサリーをお譲りしました」


 エッセレ王国の元国王が教えてくれた。王家の秘宝だったアクセサリー一式……! わたくしの瞳の色の宝石を、敗戦国から分捕ってきてくれたと……!?


 神官たちが気を利かせて、勝手にジャコブ様からプレゼントを受け取ってくれている。まあ……、白い結婚が解消されたら、わたくしは子爵……ではなく、侯爵令嬢に戻るので、公爵令息のプレゼントを拒否なんてできないけれど……。


 わたくしは黒い集団に目を向けて、父と兄を探した。二人は王太子殿下と王太子妃殿下のそばに立っている。二人はフィデリス砦を囲んでいたエッセレ王国の軍隊を打ち破る時に、かなりの活躍をしたと伝え聞いていた。


 気づいたら、わたくしの家族は、当代の英雄ばかりになってしまっていた……。父も、兄も、夫(となる男性?)も、英雄だわ……。どうなっているの……?


「大聖女様、よろしいですな! 白い結婚は解消です! そして、『フィデリス砦の英雄』と大聖女様の結婚式を、この大聖堂で盛大に行いましょう!」


 大神官にとっては、何回もない晴れ舞台をやり直す機会が与えられることになったのよ。


 大神官は大喜びで、ひざまずいたままの三人のジャコブ様と握手をし始めて、ジャコブ様たちは戸惑った顔をしていた。聖職者は人々にひざまずかれることが多いし、そんな人々の手を握って励ましたりすることもある。だから、これは大神官にとっては普通の行動よ。


 大神官は神官たちに、わたくしとジャコブ様の白い結婚の解消を許す書類を作成する指示を出した。


「私としても、ヴァーシヴル公爵家嫡男の結婚式が、あのように中途半端であってはいけないと思っていたよ」


 国王陛下が言い、王妃殿下も「そうですわ!」と同意した。


 大神官が許し、国王陛下と王妃殿下が認めた以上、わたくしとジャコブ様との白い結婚は解消することがほぼ決まった。


 わたくしが大聖女として、ジャコブ様との『白い結婚』の解消に反対していたら、結婚したままでいられたかもしれないけれど……。わたくし自身が、三人になってしまったジャコブ様と、どう結婚生活をしていったらいいかわからなかったのよね……。夫を三人も持つことになるなんて、考えたこともなかったもの……。


 こうして、わたくしはジャコブ様との白い結婚を解消することになったのだった。

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