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神速将軍は結婚式の最中に戦地へと旅立ちました~呪われて三人に増えて帰ってこられても、誰を選ぶか以前に理解が追いつきません!~  作者: 赤林檎


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6.我らは死など恐れぬ

 わたくしの大聖女任命式から二十日ほど後、王太子殿下率いるドルミーレ王国の大軍勢が、フィデリス砦へと旅立っていった。


 王太子殿下以下、全員が黒い騎士服や軍服を身につけていた。


 御三家の公爵たち三人は、また黒衣に国旗を羽織っていた。出征パレードを見物しに来た者たちは、そんな公爵たちを見て、ものすごく喜んでいたわ。


「エドガー様!」


「ガストン様!」


「バティスト様!」


 公爵たちを見た民衆が、あちらこちらで『黒衣の三騎士』の名前を叫ぶ。


 そうしたら、公爵たちは、またすごく気分良さそうに手をふって応えていた。


 なんで既婚者で中年の公爵たちが……!? おかしいわよね!? わたくしは『若くて美しい三人の騎士』って書いたわよ!? 公爵たちはまったく若くないけど!?


 しかも、しかもよ! わたくしは白馬に乗って、この出征パレードの先頭に立たされたのよ。


 女神シャンタル様の代理人である大聖女だから、女神シャンタル様をイメージした『楚々とした水色のドレス』を着せられてね……。


 わたくしは王都の西門の手前で止まって、出征していく兵士たちに祝福を与えながら見送った。ただ行列を見ていただけだったんだけど……。祝福なんて、どうしたらいいかわらからないもの。それでも兵士たちがとても喜んでくれていたから、たぶんあれで良かったんだと思うわ。


 これまでの出征パレードでは、王国旗や王家の紋章旗よりも、御三家の赤と黄と青の旗の数が多かった。いいえ、その三色の旗以外を見た記憶がないくらいよ。


 だけど、今回の出征パレードで掲げられていたのは、女神シャンタル様の髪の色である淡い桜色の生地に、王冠を戴く黒いケルベロスの頭が描かれた国旗だけだった。


 わたくしは全員が出征していくまで、丸一日そこにいることになった。


 今回は、これまでは戦地に行くのを渋っていた者たちまで、出征するらしかったわ。しかも、出征する貴族たちは、自分の家の私兵や、私設騎士団の騎士たちを大勢連れて行くらしかった。私兵や私設騎士団の騎士たちが行きたがったらしいのよね。


 これまでは、貴族たちは国王陛下に命じられると、護衛騎士の他に私設騎士団の騎士を数十人だけ、渋々連れて来るだけだったらしいのに。……不敬極まりないわよね。


 貴族たちの領地にいるはずの私兵や私設騎士団の騎士にまで、わたくしの書いた物語が普及するなんてある!? どう考えたって無理じゃない!? 本を作るのに、どれだけ時間がかかると思っているのよ!? わたくしが製本職人に頼んだ時だって、完成まで十日もかかったわよ!


 そんな風に考えていたら、わたくしの近くに一人の吟遊詩人が竪琴を片手にやって来て、『女神様と黒衣の三騎士』を歌にしたものを語り聞かせてくれたの。


 吟遊詩人も歌うことでお金を稼いで生活しているものね……。人気のある物語を歌って、たくさん稼ぎたいわよね。相当数の吟遊詩人たちが、各地で『女神様と黒衣の三騎士』の物語を歌いまくって、荒稼ぎしたんだと思うわ……。


 吟遊詩人は次から次へと、盛り上がるシーンばかりを歌っていったわ。それを民衆が集まって聞きながら、わたくしをうっとりと見上げていたの。


 わたくしはローズブロンドの髪にアメジストの瞳で、『淡い桜色の髪に、菫色の瞳を持つ』と言われている女神シャンタル様より、ずっと濃いめの色合いのはずなんだけど……。彼らが熱狂的な目で見つめていたのは、『楚々とした水色のドレス』だったのだろうと思うことにした。


 吟遊詩人の歌を聞いた平民の男たちが、吟遊詩人に銀貨や銅貨を渡した後、「俺たちも女神シャンタル様のために戦うぞ!」などと言い出した。


 彼らは出征パレードの警備を担当していた騎士たちに、「志願兵になりたい!」という意味のことを叫びながら詰め寄った。


 わたくしには、この国の人々が段々と狂信者に見えてきたわ……。


「王都の守りも固めなければなりません! ドルミーレ王国のすべてが、女神シャンタル様のためにあるのですよ!」


 わたくしが叫ぶと、出征パレードの警備を担当していた騎士たちが、涙を流しながら「お任せください!」と叫び返してきた。どうやら彼らは出征しないみたいね。王都を守る者がいないと困るもの……。良かったわ。


「あたしらにも戦い方を教えておくれよ! 男どもは、ほとんどフィデリス砦に行っちまうだろう? あたしらが王都を守る手伝いをしてやりたいんだよ!」


 平民の奥さんや娘さんたちが、出征パレードの警備を担当している騎士たちに頼み始めた。


「そういうことならば、誰か、この方たちを鍛えてさしあげなさい!」


 わたくしがあたりを見まわすと、白馬に乗った一人の令嬢が進み出てきた。


「大聖女様、わたくしにお任せくださいませ。わたくしは女の身ながら、幼い頃より騎士団と共に剣や弓矢の稽古をして参りましたので」


 応えてくれたのは、金色の髪を縦ロールにした、吊り目で気の強そうな令嬢だった。『逆ハー』様の呪いの物語に出てくる、悪役令嬢みたいな雰囲気の令嬢よ。


 この方は令嬢ではなくて、ヴラドライ公爵家に降嫁された王妹殿下だったの。後になって奥方様が教えてくれたわ。


 この方もわたくしの傍に来て、馬を降りてご挨拶してくれたわ。大聖女って、どれだけ偉いんだろうと思うわよね……。


 こうしてすごい盛り上がりの中、すっかり日が暮れる頃になって、やっと出征パレードが終わったの。


 わたくしはこの夜から、また発熱して寝込んでしまったわ。



 わたくしが寝込んでいる間に、丘の上に立つヴァーシヴル公爵家の白一色の壮麗なる城が、商人ギルドの商人たちと冒険者ギルドの冒険者たちに包囲されるということもあったわ。


 奥方様は、商人ギルドと冒険者ギルドによる、異界のサラリーマン語録によるところの『御所巻き』という要求や異議申し立てなのかと思ったみたいだった。だけど、この国は今、女神シャンタル様への信仰心が最高潮に達している。大聖女様の住まいを軍勢でもって取り囲むなんてことはなかった。


 彼らは大聖女様に武器やら兵糧やらへの祝福をしてほしかっただけだったの。商人ギルドが供出した品々を、冒険者ギルドの冒険者たちがフィデリス砦に届けるという段取りになっていて、全員で大聖女様の住まいに来ちゃったのよ。


「大聖女様のご加護があれば、なにも恐ろしくなどございません! 我らは命を賭して敵陣を突破し、砦の内側にこれらの品々をお届けいたします!」


 冒険者ギルドのマスターが、屈強な冒険者たちを引き連れて、わたくしに向かってひざまずいた。冒険者は騎士や兵士ではないけれど、世界を旅している者たちだから、武芸には長けているらしいのよ。


「我らも女神シャンタル様をお守りする騎士として、なにか女神シャンタル様のお役に立ちたいのです!」


 冒険者が国のために戦ってくれるなんて話は、聞いたことがなかったけれど……。まあ、冒険者たちも、女神様が大好きなこの国の民だったということよね。


 このあたりまでは理解できたけれど、農民たちが種籾まで供出してくれようとした時には、さすがに頭がおかしいんじゃないかと思ったわ……。種籾がなかったら、来年の穀物はどうやって育てるつもりなのよ……。女神様のために全員で飢え死にする覚悟だったの……!? 女神様信仰もいいけれど、限度を知ってほしいわ……。


 王都に残った貴族の令嬢たちも、かなり変わったわ。裁縫の得意な者たちは、平民の志願兵たちのために軍服を縫うようになった。絵心のある者たちは、『女神様と黒衣の三騎士』のいろいろな場面の絵を描き、大聖堂や王宮に奉納し始めた。染色を習って王国旗を作り、志願兵たちに与える者もいた。武芸に秀でていながら、跡取り娘であるために出征できなかった令嬢などは、武器や防具を作る平民の工房に弟子入りしたりもしていたわ。


 お茶会や舞踏会なんて、まったく開催されなくなった。その代わりに、『女神様と黒衣の三騎士』の朗読会や、絵画展が開かれるようになったの。これらには隣国の大使なども招待されて、大使の中には女神シャンタル様と三騎士への信仰に目覚める者もいたわ。ドルミーレ王国はこうして近隣諸国に、女神様信仰の激しい宗教国家として知られるようになっていったの。


 わたくしは体調が良い時に、大聖女として、令嬢たちの縫った軍服や、染めた王国旗、鍛え上げた武器や防具に祝福を与えてまわったわ。なにか効果があるとは思えなかったけれど、それで士気が高まるなら良いと思ったの。兵士の士気の高さは、勝敗に影響するらしいもの。


 王国各地に住んでいる医師や薬師たちが、わたくしがよく体調を崩すと聞いて、対処法を書いた手紙や薬を送って来てくれるようになった。それのどれが効いたかわからないけれど、わたくしは徐々に寝込むことが減っていった。


 そうして、ジャコブ様が出征されてから、八か月ほどが経過した頃、ついに我がドルミーレ王国がフィデリス砦にて勝利したという報せが戦地から届いたのよ。



 フィデリス砦で勝利したのだから、出征した者たちは帰って来るだろうと思ったわ。


 だけど、そうはならなかった……。


 戦いには士気が大事で、戦地にいるドルミーレ王国の者たちの士気は最高潮だったのよ。


「我らの女神シャンタル様への信仰心、エッセレ王国の者どもに見せつけてくれるわ!」


 などと叫びながら、彼らはそのままエッセレ王国の王都へと進軍して行ってしまったの。


 ジャコブ様もフィデリス砦を出て、総大将である王太子殿下に付き従って行ってしまわれたわ。


 この士気が高まっている間に、エッセレ王国を完膚なきまでに叩きのめしておきたいと思ったのでしょうね。


 もはやドルミーレ王国は国を挙げて、エッセレ王国を叩きのめそうとしているような状態だった。


 エッセレ王国にしてみたら、『ここまでされるほど非道なことはしていていない……』とでも思ったのではないかしら?


 わたくしはジャコブ様に早く戻って来てほしかった。だから、エッセレ王国の士気を下げる策を考えてみたわ。


 わたくしは冒険者たちに頼んで、エッセレ王国の王都のあちらこちらに、エッセレ王国がドルミーレ王国と戦うのが嫌になりそうなことを書いた紙を貼ってもらうことにしたの。


『ドルミーレ王国の兵士は、女神シャンタル様のご加護により守られている。我らは死など恐れぬ。死してなお甦り、女神シャンタル様のために戦う。たとえ最後の一人となろうとも、女神シャンタル様の敵を討ち滅ぼすまで止まりはしない』


 わたくしは絵の得意な令嬢たちを集めて、この文章のイメージにあう絵を描いてみてもらった。そして、令嬢たちと共に三種類を選んで、それらを模写してもらい、文章と共に貼り出してもらうことにした。


 一枚は、天にいる大きな女神様が両腕を広げている下で、たくさんの国民たちが涙を流しながらひざまずいている姿。


 二枚目は、天にいる大きな女神様をバックに、ドルミーレ王国の兵士たちが死んだ目をして並んでいる姿。


 三枚目は、天から幾筋もの稲光が描かれている下、ボロボロの軍服を着た死体みたいな青白い顔色の男たちが、頭や目や口から血を流しつつ、安らかな笑顔でこちらに向かって歩いてくる様子が描かれていた。ところどころ骸骨も混じっていたわ。


 三枚目を描いてくれた令嬢のセンス……。普通にかわいい金髪碧眼のご令嬢だったのに、どういうことなの……。


 エッセレ王国の王都に住む王族や貴族は、この文章と絵を見て震えあがったらしいわ。国家総ぐるみで女神様信仰に入れ込んでいる相手なんて、初めてだったでしょうからね。まったく理解できない敵が攻めてくるのよ。それは怖いわよね。


 これだけで終わったら、エッセレ王国は理解できない敵を恐れて、それこそ最後の一人が死ぬまで延々と戦い続けてしまうかもしれないわよね。


 わたくしは商人ギルドの商人たちに頼んで、エッセレ王国でも『女神様と黒衣の三騎士』の本を売ってもらうつもりでいたの。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず――。ドルミーレ王国の狂気の根源、ここにあり!』というポスターと一緒にね。


 わたくしの予想通り『女神様と黒衣の三騎士』の本は爆発的に売れて、エッセレ王国にも女神シャンタル様と黒衣の三騎士の狂信者たちが現れるようになったの。そのうちの一人が、なんとエッセレ王国の国王で、彼は終戦と同時にガストンに改名し、神官としてフィデリス砦の聖堂に勤めるようになったのよ。女神シャンタル様のために戦った騎士たちを弔うためにね。エッセレ王国の王妃もフィデリス砦に移り、裏聖典と呼ばれるようになっていた騎士同士のラブストーリーの愛好家として、仲間内で広く知られるようになったようよ。


 いやいや、国王と王妃がそうはならないでしょ……、と思ったけれど、そうなったのよ……。


 こうして三年ほどで、ドルミーレ王国はエッセレ王国を併合したの。


 エッセレ王国の統治は、ヴラドライ公爵家に降嫁された王妹殿下がエッセレ女大公となって一時的に任されることになった。王妹殿下は、武芸を教えた女性たちを引き連れて戦地に行き、最前線で戦ってこられたのよ。


 王妹殿下が出征された後、王都の守りに就いたのは、神官たちだった。神官たちも王妹殿下に武芸を習って、自らを『女神の騎士』と称するようになっていたの。彼らは王都の見まわりをしたりしつつ、たまに「我らは死なぬ! 女神シャンタル様のご加護があるのだからな!」などと叫んでいた。どう見ても本気の狂信者になってしまっていたわ……。


 こんないろいろなことがあって、ついにドルミーレ王国の軍隊はエッセレ王国から帰ってくることになった。


 やっとジャコブ様が帰って来てくれることになったのよ。


「サンドリーヌ嬢、私はこのように呪われた忌まわしき身となってしまった。幸いにも婚姻誓約書にサインして三年が経過している。私たちの白い結婚は解消しよう」


 わたくしたちが大聖堂で婚姻誓約書にサインしてから、たしかに三年以上が経過していたわ。


 わたくしたちは結婚式もまともに挙げていない。


 ジャコブ様は戦地、わたくしは王都にいて、夫婦らしいことなんてなに一つしてこなかった。


 それでも、わたくしたちは、ジャコブ様がフィデリス砦を出られてからは、たくさんの手紙を書きあっていたわ。


 夫婦の絆があると思っていたのよ。


 だから、戦地から戻ってきたジャコブ様から、こんなことを言われるなんて考えたこともなかった。

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