4.『女神様と黒衣の三騎士』
わたくしは国家行事レベルの結婚式に続けて、大神官様を称える舞踏会にも参加したことで、また熱を出して寝込んでしまった。ヴァーシヴル公爵家に用意された嫡男夫人用の豪華な寝室で、何日も横になっていることになったのよ。
熱が高かった時には、もちろん考え事なんてできなかったわ。けれど、少し良くなってきたら、寝台で横になっているのも退屈になってくる。
わたくしは様々な情報を整理して、この国が一つにまとまるような新たなる女神シャンタル様と三騎士の物語を脳内で構築することに成功したのよ。
脳内ではね……。
これを紙に書き起こすことが大変なのよね……。異界から来たサラリーマンが『アウトプット』と呼んだ作業よ。
わたくしは侍女に命じて、本屋で物語の書き方の本を全種類買ってこさせた。わたくしはそれらの本を読んで、起承転結が大事であるとか、会話を書くだけでは情報不足になるとか、物語を書くためのいろいろなルールを覚えていった。
そして、拙いながらも物語を書き始めたの。
タイトルは『女神様と黒衣の三騎士』よ。
王女だったシャンタル様が暮らしていたダリオン王国は、王国の西に住みついたキングゴブリンと配下のゴブリンたちによって脅かされていたの。
キングゴブリンはシャンタル様の継母の策略によって、ダリオン王国にはシャンタル様という美しい王女殿下がいると知ってしまう。そして、ダリオン王国から出ていく代わりにシャンタル様を嫁にしたいと要求するの。
ダリオン王国の者たちは悩んだ末に、キングゴブリンの要求に従い、シャンタル様を生贄としてキングゴブリンの嫁とすることにした。
シャンタル様には忠実なる三人の騎士がいて、彼らが命を賭けてキングゴブリンだけを誘き出して討伐し、シャンタル様を救うの。
彼らはこれまでの物語だと、勇猛のヴァーシヴル、英知のヴラドライ、博愛のヴァーズという名前になるのだけれど、そうしちゃうとまた御三家が分裂すると思うのよね。
だから、わたくしは『エドガー』と『ガストン』と『バティスト』にしたのよ。神話によると、この名前の三人が幼馴染だったと言われているんですもの。
シャンタル様は、後に『女神様のケルベロス』と呼ばれることになる、この黒衣の三騎士と旅をして、ドラゴンに飲まれた聖櫃を取り返したりと大活躍をするの。みんなの大好きなシーンは入れないとね。
その旅の途中、まず誇り高き騎士であるエドガーが、シャンタル様を庇って背中に大きな傷を負うの。騎士にとって背中の傷は、『敵に背を向けて逃げ出した証』と見なされる。それでも、騎士としての誇りを捨ててでも、エドガーはその身を挺してシャンタル様を守ることを選んだのよ。
シャンタル様はエドガーの背中に大きな傷が残ってしまったことにとてもショックを受けるの。
だけど、エドガーはシャンタル様に向かってひざまずいて言うのよ。
「誰に卑怯者と言われようとも構いません。シャンタル様のお命を守れたことこそが、これからの私の誇りとなるのですから」
エドガーはシャンタル様のお手をとり、指先に忠誠の口づけをするのよ。
次はガストンよ。
ガストンは少しひねくれ者で、「どうせ騎士である俺たちなど、王族にとっては使い捨ての駒だ」が口癖なの。
ある日、シャンタル様たちは、キングゴブリンの残党のゴブリンたちに襲われるの。
この時、エドガーは、まだ背中の傷が癒えていなくて戦えない。さらに、バティストはエドガーのために、遠方へ薬を買いに行っているの。
エドガーは無理をして戦おうとする。
シャンタル様も自ら剣を取り、戦う意欲を見せる。
けれど、ガストンはそんな二人を嘲笑うの。
「こんなところでゴブリン相手に、この俺の命を使い捨てにされるなんてご免です」
なんて、ガストンは憎まれ口を叩いて、シャンタル様とエドガーが隠れている洞窟を一人で出ていくのよ。
ガストンはこのような時に備えて、ひねくれ者を演じていたの。
そして、ガストンはたった一人でゴブリンの群れと戦って、血塗れの瀕死状態になりながら、ゴブリンを殲滅するの。
「たとえこの命が尽きようとも、シャンタル王女殿下には指一本触れさせぬ!」
と叫びながら、倒れても倒れても、己の身体を長剣で支えて、何度だって立ち上がり続けるのよ。
最後はバティストね。
バティストはダリオン王国の追っ手から一人でシャンタル様を庇いつつ逃げるの。そして、シャンタル様を岩場の陰に隠して、敵を引きつけるのよ。
「王女シャンタル殿下の三騎士、ここにあり!」
と叫びながら、敵から奪った白馬に乗って、敵をシャンタル様から遠くへ遠くへと引き離していくの。
バティストは鎧の背中に矢を受けつつ、草原の彼方に沈みゆく夕日に向かって逃げていく。
けれど、ついにバティストの馬が矢を受けて、バティストは地面に投げ出されるの。なんとか立ち上がったバティストに迫る、ダリオン王国の騎士団。
その時、シャンタル様が現れるの。シャンタル様は、エドガーとガストンに助けられていたのよ。そして、夕日を背にして、エドガーとガストン、配下にした者たちを引き連れ、大地を覆い尽くす大軍勢でバティストを助けに来たの。
このような幾多の苦難を乗り越え、シャンタル様は継母を打ち倒し、ついにダリオン王国の女王となるの。そして、『ケルベロス』という二つ名を持つ黒衣の三騎士を、三人とも自らの王配にしたのよ。
結局のところ、シャンタル様は髪が淡い桜色、つまりピンク髪で、逆ハーレムを形成したわけなのだけど……。我らが女神様は、当然ながら、男の腕に胸を押しつけて誘惑してみたり、ライバル関係にある女性を陥れたり、他人の婚約者や配偶者を寝取ったりなんてしないわ。
わたくしが考えるに、『逆ハー』様に呪われて「あたしがヒロインなのよー!」と叫びながら逆ハーレムを形成する場合って、やり方が汚いのよ。そこが問題なんだと思うの。祠を壊して呪われた結果だから仕方ないのかもしれないけれど……。
だから、『ピンク髪の女が呪われて悪行三昧をした結果』ではなく、『大活躍した英雄たちが全員報われた結果』にしたのよ。『ご都合主義なハッピーエンド』の一つの形としての逆ハーレムなら、なんとか人々に受け入れてもらえるのではないかと思ったの。
シャンタル様はただひたすらに民の幸せを考え、三騎士たちの身を案じながら、奪われた国を取り戻すために自ら戦い続ける。
三騎士たちはというと、時には競い合い、時には協力し合って、友情を深めていく。一人が困っている時には、必ず他の二人が駆けつけて助けるのよ。男の熱い友情ってやつね。
シャンタル様は、そんな三騎士から一人を選ぶなんて、どうしてもできなかった。それで悩みに悩んだ末に、三人とも王配にしたのよ。
わたくしとしては、『ピンク髪の女』の逆ハーレムとは、まったく別物の逆ハーレムになったと思うのだけど……。
物語を書くって、すごく大変だったわ。わたくしの寝台のまわりには、書き損じた紙が大量に散らばることになった。書き直しをくり返して、やっぱりさっき書いた方が良かったと思って、床に投げ捨てた紙を漁ったり……。五枚も書いたのに、やっぱりなんだか気に入らなくて、五枚全部を床に投げ捨てたこともあったわ。
さらに、書き進めていくうちに、わたくしの物語を書く腕が上がって、最初の方が下手すぎて気に入らなくなって、かなりの部分を書き直したりもしたわ。
わたくしはこうして苦労に苦労を重ね、三か月かけて、やっとのことで『女神様と黒衣の三騎士』を書き上げたの。
わたくしはこの原稿を製本職人の元に預け、十日かけて黒革の表紙に銀の箔押しでタイトルを入れた本にしてもらったわ。
この国では、誰でも自由に女神シャンタル様の物語を創作することができるの。だけど、それらの物語は、すべて神官様たちのご許可を得ないと流布することができないのよ。
わたくしはこの本を持って、結婚式をした大聖堂に行ったの。どうせご許可をいただくなら、ただの神官様より大神官様が良いと思ったの。
わたくしが物語を書いたのはこれが初めてで、ご許可についてまで調べていなかったのよね。
ご許可をいただくなら、買収しやすい神官様を探すことが大事で、多くの物語作家たちは、金貨や銀貨をたくさん渡してご許可をいただくらしいの。だけど、あの時のわたくしは、そんなことまったく知らなかったのよ。
わたくしはヴァーシヴル公爵家の次期公爵夫人だから、大神官様はすぐに会ってくださったわ。わたくしは大神官様の前でひざまずいて、自らが書いた本を受け取っていただいたの。それがご許可を得る時のお作法なのよ。
「この物語が女神様のお心に沿うかどうか、私が自ら確認いたしましょう。女神様のお心に沿わぬと判断した場合には、たとえヴァーシヴル公爵家の次期公爵夫人のお書きになった物語とといえども、流布することはできません。よろしいですね?」
大神官様は重々しい口調でおっしゃったわ。灰色の短髪に黒い瞳で、ちょっと素敵な中年の男性よ。
おそらく、次期公爵夫人だからって金貨の一枚も寄越さないのか、くらい思っていたのではないかしら。
「初めてお書きになったのですか。さてさて、どんなものでしょうかね?」
なんて、大神官様はいかにも意地悪そうな口調で言っていたわ。
わたくしはご許可がいただけるか心配になった。もしもご許可がいただけなかったら、どこがいけないのか聞いて、何度だって書き直す決心をしたわ。
書いている時には、あんなに面白いと思って自信たっぷりだったのに、いざ大神官様に読んでもらうとなると、初心者のわたくしの自信なんて、どこかに飛んで行ってしまったわ。
わたくしはヴァーシヴル公爵家のお城に帰ったものの、まったく落ち着かなかった。部屋に積んである物語の書き方の本を何冊かパラパラと読んでみて、少なくとも文章のお作法は大丈夫だろうと思ったりしていたわ。
そんな本の一冊に、『自分以外の人に読んでもらって、助言を得ることで物語作りは上達する』と書かれているのを見つけたの。最初に読んだ時には、わたくしにはまだ読んでもらう物語なんてなかったから、まったく気に留めなかった文よ。
「これよ! これだわ!」
わたくしは原稿用紙を持って、奥方様の部屋に行ったの。そして、領主のお仕事をしている奥方様の前でひざまずいた。
「奥方様にお願いがございます」
「なんなの!? なにがあったの!?」
奥方様はひどく驚いておられたわ。
「女神シャンタル様の物語を書いたのです。初めて書いたので、これで良いのかまったくわかりません。ですから、奥方様に読んでいただいて、助言をしていただきたいのです」
「なんということなの!? あなたはこの非常時に、物語を書いたりして、ずっと遊んでいたのですか!?」
わたくしは必死の思いで言ったんだけど、奥方様にしたら、女神様の物語作りなんてお遊びよ。わたくしが領主夫人としての仕事もしないで、体調の悪さを言い訳にして寝室にこもって、物語を書いて遊んでいたとしか思えなかったとしても仕方ないわ。
「遊びではありません! ジャコブ様はフィデリス砦で籠城戦をしておられます! いつ陥落させられるかわからないのです! 遊んでなんていられません!」
わたくしは自分の書いた物語のワンシーンように、大軍勢を率いてジャコブ様を助けに行きたかった。
けれど、わたくしの虚弱な身体では、女神シャンタル様のように大軍の先頭に立って戦うことなんてできない。
その代わりに、なんとかしてフィデリス砦に大軍勢を差し向けたかったのよ。
ジャコブ様は大聖堂でわたくしを抱えて、女神シャンタル様の描かれたステンドグラスから光が差し込む下を走り、婚姻誓約書にサインをしていってくれた。
厳つくも端正なお顔。
わたくしを抱える力強い腕。
誓いの口づけは、思い出すと胸がどきどきして苦しくなる。
ジャコブ様は副官の方をお助けになったことで、軍法会議でかなり責められたと聞いている。ジャコブ様を責めたのは、きっと他の二つの公爵家と、その公爵家の元寄子たちよ。
命令違反はたしかにいけないことだわ。だけど、それで戦に負けたわけではないじゃない。副官の命が助かっただけよ。そんな程度のことは、戦地で王太子殿下に叱られたら、それで終わりになるようなことのはずよ。わたくしの読んだ記録では、そうだったもの。
「ヴァーシヴル公爵家と元寄子たちだけでは、エッセレ王国の軍勢を押し戻せるかわかりません。わたくしはこの国を挙げて、ジャコブ様を助けに行ってほしいのです」
わたくしは話しているうちに、涙が出てきてしまった。
一日で製本職人のところに行ってから、大聖堂で大神官様と会ったりして、きっと疲れてしまったのね……。
また熱が出たら困るわ。物語を書き直さないといけないかもしれないのに……。
「奥方様、大事なことなのです。わたくしはどうしてもジャコブ様を助けたいのです……」
「サンドリーヌ、あなた……。なにか考えがあるのでしょう。わかったわ。この物語を読めばいいのね」
奥方様はわたくしの差し出した原稿を受け取ってくださった。そして、わたくしを抱きしめて、すぐに物語を読み、気になるところを教えると約束してくださった。
その夜から、わたくしは、やっぱりまた発熱してしまったのだった。




