3.この国を守る『猛き番犬』
結婚式の後の舞踏会は、予定通りに王宮の大広間で開催されることになった。わたくしは取りやめても良いのではないかと思ったけれど、いろいろあってそうもいかないらしい。この国にたった三つしかない公爵家、しかも嫡男の結婚式ですものね。
王族や公爵家の結婚式は、大神官様にとって何回もない晴れ舞台らしいの。しかも嫡男の結婚式よ。それが滅茶苦茶になったことで、大神官様がかなり怒っているらしいのよね。
そこで王妃殿下が祝賀舞踏会のはずだった舞踏会を、大神官様を称える舞踏会に変更したのよ。
女神シャンタル様への信仰は、この国の根幹を成すもの。大神官様は、国王陛下や王妃殿下と同じくらい、この国にとって大切な方なのだ。
わたくしは舞踏会の主役ではなくなったので、結婚式の列席者の方々と一緒に会場入りをした。
普通であれば、男性が女性をエスコートしているはずよね。だけど、今夜は、男性たちの多くが出征の準備に入っているので、女性同士でおしゃべりしたりしながら会場入りしたわ。
わたくしは最初は奥方様と一緒だったのだけど、奥方様は会場に入ると、すぐに侯爵家の奥様たちと今後の相談を始められた。
わたくしにとっては、初めての上位貴族ばかりの舞踏会。
わたくしは一人で残されてしまったので、まずはどんな雰囲気なのかを知るために、適当に大広間を歩きまわった。
そして、寄親寄子制度が廃止になった本当の理由を知った。
勇猛のヴァーシヴル家は青。
英知のヴラドライ家は黄。
博愛のヴァーズ家は赤。
これが、それぞれの公爵家の紋章旗の色である。王家は黒よ。
綺麗に三つに分かれていたのよね、この三色に……。
大聖堂にいた時には、彼らが分散して座っていたから気づかなかったのだけれど……。それぞれの公爵家の寄子たちは、寄親の色の服を着ていたのよ。
下位貴族である子爵家と男爵家のための舞踏会では、婚約者や配偶者の瞳や髪の色を身につけたりするものだったけど……。上位貴族たちは寄親の色を身につけるのね……。
上位貴族の舞踏会って、こんな風だったんだ……。全然知らなかったわ。
わたくしは三色に分かれて寄り集まっている人々を見ていて、さらに気づいたわ!
わたくしのお父様が再婚した子爵令嬢は黄のドレスを着ていて、お兄様と結婚した伯爵令嬢は赤いドレスを着ていたの。
そして、わたくしが着ているのは、爽やかな水色のドレス。つまり、青色ってことよ。
愕然としたわ。青色陣営が公爵家嫡男まで出して、わたくしを獲得したのって……。
――他の陣営に負けたくない。つまり、そういうことよね!?
戦況とか関係なかったんだ!? ただ自分の陣営にも、『当代の英雄』リズヴォー子爵家の者を入れたかっただけだよね!? それ以外に考えられなくない!?
わたくしは一気にいろいろなことが嫌になった。なんなの!? やってられなくない!?
これを見たら、寄親寄子制度を布いたサラリーマンも、きっと泣くわよ。こんな風にしたくてこの制度を取り入れたわけじゃないと思うもの。
寄親寄子制度を取り入れた時には、お互いの陣営が競い合い、高め合うことによって、この国が強くなっていったのかもしれないけれど……。
伝承に残っている異界の今川家とやらは、こんな風だったのかしら……? きっと違うわよね。
この国の御三家の三色は、異界で人々の道行きを守っている『神器』なるものに嵌っているルビーレッド、ゴールデントパーズ、サファイアブルーを示しているという。赤は『進んではならぬ』、黄は『留まれ』、青は『進むことができる』を意味していると伝えられているわ。
まあ……、サファイアブルーを戴くヴァーシヴル公爵家のジャコブ様が、『進むことができる』を体現して戦地へと駆けていってしまうのもね……。それは仕方ないかなぁ……、と思うわよね。
わたくしは王族の方々を見た。黒色の小規模な集団よ。彼らは軽食コーナーに集まって、サラリーマンが普及させたサンドイッチなる四角いパンにハムやらチーズやらの食材が挟まった料理を持ち、大神官様と歓談していた。
大神官様は声高に女神シャンタル様を称賛し、神話についての独自解釈を語ったりしている。女神シャンタル様の忠実なる僕であり、後にケルベロスと称されるようになった、忠犬の如き三騎士についてのお話のようね。女神シャンタル様が、その三人のうちの誰を伴侶としたかについて、私見を述べておられるようだわ。
「我らのヴァーズ家は、すでに次代のご嫡男がお生まれになったんですのよ!」
甲高い女性の声が、いきなり大広間に響いた。
えっ、これはまさか……。マウント合戦が始まっちゃうの!?
「ああ、聞きましたわよ。寄子の家の娘に産ませたそうね。我らのヴラドライ公爵家の次期公爵夫人は、王妹殿下ですのよ。ヘクター様はアデリーナ殿下をそれは大事になさっていてね。ゆっくりと愛を育んでおられるのよ」
「ええ、ええ。そうでしょうね。国王陛下とは腹違いの王妹殿下ですわよね。側妃殿下がお産みになった、国王陛下とはかなり年の離れた庶子の王妹殿下ですわよね」
赤い集団から大きな笑い声が上がった。
なんということなの!? 仲が悪すぎでしょ!?
「この国が大変な時に、公爵家のご夫婦の問題で盛り上がれるなんて驚きですわね!」
「そうですわよね! ビックリですわ! 我らヴァーシヴル公爵家は、この国を守る『猛き番犬』ですもの。ジャコブ様は花嫁を残して戦地へと向かわれました。我らは『進んではならぬ』や『留まれ』のような消極的な者たちとは違うのです! 我らはこの国のために『進むことができる』のですからね!」
青色の集団の女性たちが「オホホホホホッ!」などと高笑いを始めた。おそらく彼女たちにしてみたら、上品な高笑いなのだろうけれど……。うーん、普通に下品よね……。
なんなの、この人たち。おかしいんじゃないの!? これは寄親寄子制度も廃止になるわよ!
王族の黒い集団は、三色に分裂している貴族たちを見ないようにしているようだった。これを放置なの!?
今はこの国の危機。戦況だって、わたくしの知る限り、良いとは言えない。ジャコブ様の副官が敵中に取り残されたり、砦が奇襲されて戦争が再開したりするなんて、とてもこの国が有利な状況だなんて思えないわよ。
今はこの国の者たちが、一致団結して戦にあたる時なんじゃないの!?
「花嫁のサンドリーヌ様がおかわいそうですわ! 慈愛のディディエ様ならば、そんな酷いことはなさいません!」
赤色の集団が、一斉にわたくしの方を向いた。わたくしをとても気の毒そうに見ている。
えっ、わたくし!? わたくしは自らジャコブ様を送り出したんだけど!? そんな同情される必要なんてないわよ!?
「寄子ですらない子爵家の令嬢を娶られたんですもの。あの小柄で小太りで、軍紀に従わないジャコブ様も、なんだかお気の毒ですわね。どうしても『当代の英雄』リズヴォー子爵家の血が欲しかったにしても、公爵家嫡男に娶らせるなんて、必死すぎてお顔が真っ青になっていたのかしら?」
黄の集団が、わたくしと青色の集団を見比べながら笑っている。
わたくしはたしかに子爵令嬢だったし、わたくしだって『ヴァーシヴル公爵家は必死だなぁ……』なんて思ったけどね……。
「驚いたでしょう?」
気づくと、わたくしの隣には王妃殿下が立っていた。王妃殿下の装いは、黒いドレスに紫色のレースやリボン。アクセサリーは紫色のアメジストだわ。この黒と紫は、女神シャンタル様の伴侶であり、地獄の番犬たるケルベロスの色だと伝えられている。
「王妃殿下、お声かけいただき感謝いたします」
わたくしは急いでカーテシーをした。王妃殿下はすぐに「楽にせよ」と言ってくださった。
「驚きました」
驚いたなんてもんじゃないわよ! これは、この国は戦に負けちゃうと思うわ! 最終的には、赤、黄、青の三国に分裂する未来しか見えないわよ!
三国に分裂したら、当然、戦力は低下する。三国すべてエッセレ王国に呑み込まれて、あっという間に跡形もなく消えると思うわ。
「この国は、このように三者がお互いをライバルとして認めあい、高めあってきたのだ」
「そのようでございますね」
認めあっていないと思います……。認めあっていたら、マウント合戦はしませんよね……。
「わたくしは王太子に三人の正妻を娶らせることで、この対立を終わらせたかったのだが……。国王陛下が反対して、王弟殿下の娘と婚姻させたのだ。わたくしも王太子が正妻を三人も持つなど、名案だとは思わなかったが……。他にどうしようもないであろう……?」
王妃殿下は大きなため息を吐き、首をふった。
王太子殿下は、王弟殿下の娘、つまり従妹を娶られた。お二人は幼い頃から好きあっていたと聞いている。
王太子殿下も好きあっている従妹がいて良かったわよね。ライバル心剥き出しの妻を三人も娶ることになるとか、地獄のような結婚生活になる未来しか見えないわよ。
寄親寄子制度を廃止した時に、もっとなにかをする必要があったんだろうけど……。それを言ってももう手遅れだ。
寄子の貴族たちを見ていると、自分たちの寄親を称賛し、他の寄親を貶すばかり。王家にも、戦争にも、ほとんど興味がなさそうだった。
「サンドリーヌ嬢、今は、そなたも彼らと離れた場所に立っているが……。いずれあの青い集団に呑み込まれ、こうして気軽に話しかけることもできなくなるのであろうな。『王妃殿下がヴァーシヴル公爵家に声をかけた』などと、声高に叫ばれてはかなわぬ」
王妃殿下は吐き捨てるように言うと、王族たちの集まりの中に戻って行かれた。
これは王家もこの事態に対して、もはや手の施しようがないと考えているということよね……。
わたくしは、だんだん腹が立ってきた。こんなことをしていたら、戦に負けてしまうわ!
ジャコブ様が国家行事レベルの結婚式の最中にフィデリス砦へと旅立たれたのも、わたくしが花婿に逃げられたような状態に耐えたのも、この国を守るためよ。
戦争に負けたら、民も、貴族も、王族も、死んだり、奴隷にされたりするのよ。そうならないとしても、これまで通りに暮らすなんてできないわ。
わたくしは、この寄親寄子制度に端を発した分裂状態に対して、これまでにどんな施策がされて、結果がどうだったのか調べることにした。そして、これまでに打ち出されたことのない施策でもって、エッセレ王国との戦の最中だけでも、彼らが赤でも黄でも青でもなく、王家の黒き旗の下に集ってくれるようにしたいと思った。
わたくしはまず、どうしてここまで分裂状態になったのかについて調べてみることにした。『ただのライバル関係だけで、ここまで分裂するのだろうか?』という疑問があったのよ。
そして、わかったのは、この分裂には女神シャンタル様への信仰が関わっていたということだった。つまり、この国の宗教絡みだったわけ。
この国の民たちは、女神シャンタル様のお話が大好きなの。貴族も、平民もよ。そして、帯剣貴族たちは、自らを女神シャンタル様の従えていたケルベロスたる三騎士の末裔だと考えているの。
――この国は、古くから一夫一婦制。
一妻多夫の伝承も、たしかにあるわ。けれど、それは『ピンク髪の女』が、辺境伯地方のとある場所にある祠を壊したために『逆ハー』様という化け物に呪われ、発狂して「あたしがヒロインなのよー!」と叫ぶというホラーストーリーとして伝わっているの。忌むべきものだと考えられているのよ。
そのために、女神シャンタル様は、ケルベロスたる三騎士たちのうちから一人を選んで結婚するというのが王道のストーリーなの。誰だって、女神様に選ばれた騎士の末裔が良いと思うわよね。
だから、この国には、女神シャンタル様と騎士たちの三つの恋愛物語が存在するの。つまり、勇猛のヴァーシヴル、英知のヴラドライ、博愛のヴァーズ、彼らの内の一人が女神様に選ばれる恋愛物語が、それぞれ一つずつ存在するというわけなのよ。
まあ……、一部には『残った二人こそ美味である』という考えもあるわ。これは王国の裏側で、一部の女性たちのみによって語られてきた物語ね。
女神シャンタル様と一人の騎士が結ばれる。ここまでは王道ストーリーと同じね。
そして、残された騎士の一人もシャンタル様をお慕いしている。ここまでは良いのだけれど……。
選ばれなかった騎士のうち、もう一人の方は、同じく選ばれなかった騎士を愛しているの。
最終的には、この残された騎士同士が結ばれて、王国を捨てて山奥で二人きりで暮らすことになるのよ。
この裏ストーリーには熱狂的なファンがいて、こちらは六種類のパターンが書かれているの。どうも男役と女役が大事みたいで、赤(男役)と青(女役)なのか、青(男役)と赤(女役)なのかとかで、それぞれ派閥があるようなのよね。
この裏ストーリーにしても、相手は一人よ。『男役である赤が、青と黄の両方を女役として、両方と付き合う』といったハーレムストーリーはないの。
わたくしが思うに、やっぱり『ピンク髪の女』が、祠を壊して『逆ハー』様に呪われて、いろいろな男に対して、贈り物をしてみたり、手紙を渡してみたり、デートをくり返したりして、ついに全員を虜にするということが、破廉恥な行いであると考えられていることに問題があると思うのよね。
この『ピンク髪の女』は、『逆ハー』様に呪われて羞恥心が消え失せているために、男の腕に胸を押しつけて誘惑してみたり、人を冤罪に陥れたり、人の婚約者や恋人を寝取ってみたり、やりたい放題なのよ。そんな風にして形成された『逆ハーレム』ですもの。それは人々の嫌悪の対象になっても仕方がないわよね。
異界で人々の道行きを守っている『神器』なるものは、赤と黄と青の三色が揃って初めて、人々を守ることができたと伝えられている。
この国の『神器』であり、王国を守るケルベロスである御三家も、三色が力を合わせてこそ真の力を発揮できるはずよ。
わたくしは、これまでの施策を調べることはすっぱり止めることにした。それよりも、女神シャンタル様と三騎士の関係や、『逆ハー』様に呪われた『ピンク髪の女』の話について考えることにしたの。
わたくしはすでに、この国を守る『猛き番犬』ヴァーシヴル公爵家の次期公爵夫人。
このわたくしが、この国の分裂の原因を取り除いてやるわ!




