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神速将軍は結婚式の最中に戦地へと旅立ちました~呪われて三人に増えて帰ってこられても、誰を選ぶか以前に理解が追いつきません!~  作者: 赤林檎


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2.行ってくださいませ、ジャコブ様

 子爵令嬢が公爵令息様に嫁ぐなんてことになると、たいがいどこかの侯爵家の養女を経ての嫁入りになる。少なくとも、わたくしが知っている限りでは、子爵令嬢のままということはない。


 だけど、王家とヴァーシヴル公爵家は、養女なんていう手段を取らなかった。


 なんと、我がリズヴォー子爵家は、お父様とお兄様の素晴らしき軍功が掘り起こされて、国王陛下から侯爵位が賜爵されたのよ。


 そんなわけなくない!? 他の九つの侯爵家は、すべて建国時の功臣の家よ!? こんなことで侯爵家は増えなくない!?


 王家とヴァーシヴル公爵ご夫妻、頭がおかしすぎる……。


 だけど、とにかく、こうして……。


 わたくしはリズヴォー侯爵令嬢として、ヴァーシヴル公爵家に嫁ぐことになったの。


 わたくしの持参金は、賜爵された時に与えられた報奨金をすべて持って行くことになった。もらった領地もヴァーシヴル公爵家に買い取ってもらって、そのお金も持参金として持って行った。


 他の結婚する時に持って行く品物は、すべてヴァーシヴル公爵家から送られてきた。元は男爵家だった小さな館や馬車庫には、とても入りきらなかったから、豪華な馬車やシャンデリア(を組み立てる職人たちと高価な材料)などはそのまま贈り返した。


 リズヴォー侯爵家の二つ名は、こうして『名ばかり侯爵家』になった。


 他の侯爵家のうち三つの家は、両親と兄にとても良くしてくれている。王家と御三家のことをよく知っているみたいで、彼らへの対処法などをそれとなく教えてくれた。これまで粛清されずに生き延びてきただけあると思ったわ。


 ウェディングドレスもねえ……。


「わたくし、娘がほしかったのよ!」


 という定番の台詞を、奥方様が吐かれてね……。


 東の果てにいる最高級の蚕から採れた絹糸でできたシルクを、王家御用達の職人たち百人の力でもって、半年で豪華絢爛たるドレスに仕上げてもらうことになった。


 ベールも王家のレース職人たち三十人で作ってくれるらしい。


 普段着にするドレスも、王家御用達の職人たち二十人が仕立ててくれているらしい。


 これらのドレスやベールに飾られる真珠は、すべて隣国の海で採れる『ナバ海の真珠』という最高級の輸入品よ。うっかり落としてなくしちゃったら、どうしたらいいの……? 弁償なんて絶対にできないわよ……。


 わたくしの公爵令息夫人教育も、急ピッチで進められた。わたくしは病弱で本ばかり読んでいたから、知識面では問題なかった。


「まずは領地経営について学びましょう」


 と言われて渡された『領地経営入門』なんて、十歳になる前に読み終えていたわよ。


 わたくしの家庭教師になった者たちは、わたくしの知識量にとても驚いていたわ。


 知識は良かったのよ、知識はね……。問題はダンスよ。乗馬は後回しにできるけれど、ダンスはそうもいかない。結婚式の後には、祝賀舞踏会があるんですもの。わたくしは当然ながら、ジャコブ様とファーストダンスを踊ることになる。


 わたくしだってダンスをまったく踊れないってわけではないけれど、求められる水準がね……。『誰よりも美しくキレのある最高のダンス』を踊れることが求められている……。他の二つの公爵家に負けないように……。


 わたくしは病弱で体力がないから、無理をしたら発熱して数日は休まないといけなくなる。わたくしが元気な時に、とにかくワルツだけ練習した。


 最終的には、わたくしはなるべく力を抜いていて、ジャコブ様が力技でわたくしを踊らせるという、脳筋な解決法に至ったわ。これで本当にいいの……? 大丈夫……? まったくわからないけれど、公爵ご夫妻が満足しているからいいのだろう……。


 こんな病弱妻で本当に良かったのかしら……? わたくしは心配になって公爵ご夫妻に確認しちゃったわ。


「大丈夫よ! わたくしだって頻繁に寝込んでいるけれど、ジャコブは立派に育ったじゃない!」


 同じく病弱な奥方様が笑顔で請け合ってくれた。奥方様がそう言うなら、たぶん問題ないのだろう。後で問題が起きても、わたくしは知らないわ……。


 こんな感じでいろいろなことを無理矢理なんとかして、わたくしは美しい若葉が目に眩しい季節に、ついにジャコブ様と結婚式を挙げることになったのよ。


 まるで美しいお城のような大聖堂には、とても大きなステンドグラスがあって、女神シャンタル様が天から降臨なさるお姿が描かれている。女神シャンタル様の周囲には、大空を統べるガルーダ、伴侶たるケルベロスと大地を統べるフェンリル、海を統べる巨大エビ。


 わたくしは下見で大聖堂を訪れて、礼拝室でこのステンドグラスを見られた時には大興奮だったわ!


 この大聖堂の宝物庫には、神話の時代からずっと、聖櫃と聖櫃の守護聖人が共に眠っていると伝えられているの。この聖櫃には、『無双の武』が秘められているらしいわ。『無双の武』なんて箱に入れられるわけないじゃない。いかにも神話。ありえない話よね。


 大聖堂は一般開放みたいなことは行っていないの。『聖櫃と守護聖人の安眠を妨げてはならない』という理由よ。だから、わたくしはこのステンドグラスを、一生見られないと思っていたの。


 それが、好きな角度から好きなだけ見られたのよ! わたくしはこの時まで、このステンドグラスに描かれた女神シャンタル様のまわりには、タンポポの綿毛が飛んでいるなんて知らなかったわ! そんな細かいところまで、じっくり見られたのよ! 最高だわ!


 わたくしはそんな歴史ある荘厳な大聖堂の礼拝室で、ジャコブ様と挙式するのよ。『ほぼ平民』が公爵夫人になるなんて、苦労の連続だろうけれど、それでもいいと思えるくらい、ステンドグラスが見られて嬉しかったわ!



 そして、結婚式の当日。


 わたくしはウェディングドレスとベール、ジャコブ様は純白の騎士用儀礼服を身にまとい、礼拝室の大扉の前に立っていた。


 大扉の向こうでは、大神官様が列席者たちに信仰説話を語っている。聖櫃が守護聖人に力を与えて、守護聖人が『無双の武』でもって盗賊団をバッタバッタと倒していっている。結婚式に列席してくれている王侯貴族は大興奮よ! わたくしも扉越しではなくて、最前列で聞きたかったわ!


 ちょうど聖櫃が守護聖人に抱きかかえられ、女神シャンタル様に献上されるシーンが語られている時、大聖堂の廊下の向こうから数人の兵士が走ってくるのが見えた。伝令兵の証である旗を持っているわ! 兵士たちは血と泥で汚れていて、一人などは背中から二本も矢を生やしている。


「伝令! 伝令であります!」


 一人の兵士が叫んだようだけど、その声は力なかった。


「どうしたのだ!?」


「何事です!?」


 ジャコブ様とわたくしは同時に言いながら、兵士たちの方へと歩いていった。気持ちとしては駆けつけたかったんだけど、わたくしのドレスがとにかく重くて動きにくくて……。


「辺境のフィデリス砦がエッセレ王国に攻められております!」


 兵士たちはひざまずいて力なく叫んだ。


 ジャコブ様が「クッ」と小さく呻いて、わたくしを見た。


 わかっておりますわ、ジャコブ様。


 このドルミーレ王国のため、すぐにでもフィデリス砦へと発ちたいのでしょう。


 ジャコブ様はそういうお方。どうすることが最善なのか自ら考え、時期を逃したりはしないお方。


 わたくしはその場でひざまずき、ジャコブ様を見上げた。


「サンドリーヌ嬢……」


 ジャコブ様は申し訳なさそうな顔をした。わたくしがどうしてひざまずいたか察しているのだろう。


「この国にかつて寄親寄子制度を布いたサラリーマンによると、異界で働いている犬たちには『利口な不服従』なるものがあるそうです。主人の安全を守るべく、指示に従わないこともまた、命令に従うことと同じくらい尊ばれているのです。ジャコブ様はこの国を守る『猛き番犬』。一兵卒ではなく将軍です。主人の命令なくとも、主人の命を守るための判断を下せる方です」


 わたくしはゆっくりと立ち上がろうとした。ジャコブ様はそんなわたくしに手を貸してくださった。


「『兵は神速を尊ぶ』と申します。行ってくださいませ、ジャコブ様。わたくしと、未来のために……」


 わたくしはジャコブ様の手を自分の腹に触れさせた。傍から見たら、わたくしとジャコブ様が婚前交渉をして、子供がすでにできていると思われることだろう。わたくしが狙ったのはそれだもの。


「あなたの気持ちは受け取った。だが、王家と貴族を甘く見てはいけない」


 ジャコブ様はわたくしを抱きあげた。お姫様抱っこというやつだ。ジャコブ様の厳つくも端正な顔が、ひどく近くに見える。


「ジャコブ様!?」


「後のことは、あなたに任せる」


 ジャコブ様はわたくしにほほ笑まれてから、伝令兵たちに大扉を開けるよう指示した。


 信仰説話では、シャンタル様が聖櫃を飲み込んだドラゴンを討伐しているシーンが語られている。


 大扉が開けられると、ジャコブ様はわたくしを抱えたまま、小走りで祭壇の前まで行った。どれだけ逞しい方なのかしら……。わたくし自身もドレスも、それなりに重量があるのに……。


 ジャコブ様はわたくしを祭壇の前で降ろすと、大神官様の前にあるペンとインクを使って、婚姻誓約書にサインをした。


「サンドリーヌ嬢」


 ジャコブ様に名を呼ばれ、わたくしもまた婚姻誓約書にサインする。


「これであなたは我が妻だ」


 ジャコブ様はわたくしの顔の前に垂らされていたベールをめくり、わたくしの頬に手を添えた。そして、少しためらってから、わたくしにそっと触れるだけの口づけをした。


「ジャコブ様、むやみに打って出てはなりません。フィデリス砦にジャコブ・ヴァーシヴル将軍ありと知れば、敵も警戒するでしょう。籠城して時間を稼いでくださいませ。王家や他の二つの公爵家の方々が大軍を率いて、ジャコブ様たちをお助けに向かうはずでございます」


 こんな色気もなにもない言葉が、夫となった方にかけた最初の言葉だった。


 ジャコブ様は満面の笑みで、もう一回、わたくしに素早く口づけると、礼拝室から走り出ていった。


「なんなのだ!? なにがあった!?」


 という当然の疑問を投げかけてきたのは、誰だったのだろう? わたくしは貴族名鑑は暗記していたけれど、声で誰なのか判断することまではできなかった。


「まずは国王陛下と王妃殿下にご説明いたします」


 わたくしはジャコブ様の妻として、列席者の方々に向かってカーテシーを披露した。そして、国王陛下と王妃殿下のお席に向かった。


 子爵令嬢のままだったら、国王陛下と王妃殿下に直接話しかけることなんてできなかったわ。だけど、今はもう、わたくしはヴァーシヴル公爵家の次期公爵夫人。お二人と話す資格があるはずよ。


「なにが起きているのだ! 早く話せ!」


 という国王陛下からのお声かけによって、わたくしは国王陛下と王妃殿下にご挨拶する許可を得た。


「ドルミーレ王国の猛き守護者。勇猛にして、卓越した英知を持ち、博愛の心で民を慈しむ、我らの勇者様たる国王陛下に、ヴァーシヴル公爵家の嫡男夫人サンドリーヌ・ヴァーシヴル、お初にお目にかかります」


 わたくしは国王陛下の前で再びカーテシーをした。


 国王陛下と王妃殿下とは、サンドリーヌ・リズヴォー子爵令嬢としては会ったことがあったけれど、サンドリーヌ・ヴァーシヴル次期公爵夫人としては初めて会う。だから、『お初にお目にかかります』というご挨拶になるのだ。


 国王陛下と王妃殿下は、わたくしが正当な手順を踏んだ後に語り出そうとしているのを、じりじりしながら待っているようだった。鬼の形相とは、あの時のお二人のような表情でしょうね。


「さっさと話しなさい!」


 王妃殿下もかなり気が立っておられるご様子ね。結婚式の最中に新郎が走り去ってしまうなんて、緊急事態としか思えないものね。


「辺境のフィデリス砦がエッセレ王国に攻められております」


 わたくしはお二人の前でひざまずき、静かに凶報をお伝えした。


「ついに始まったか!」


 国王陛下が叫ばれて、王妃殿下が小さく悲鳴を上げられた。


「はい。この凶報を聞き、我が夫はフィデリス砦へと向かいました。フィデリス砦にジャコブ・ヴァーシヴル将軍ありと知れば、敵も恐れをなすことでしょう。夫は籠城し、部下を鼓舞しながら、なんとか持ちこたえて援軍を待ちます。どうか国王陛下の御名の下、大軍を向かわせて、フィデリス砦と我が夫をお救いくださいませ」


 国王陛下は苦し気に大きく息を吐かれると、近くに立っていた護衛騎士に、大扉の外で待機している伝令兵を呼ぶよう命じられた。


 すぐに伝令兵が連れて来られて、詳しい戦況が伝えられた。伝令兵たちは国王陛下への報告が終わると、怪我の治療のために礼拝室から出ていった。


 国王陛下が大神官様に代わって祭壇に立ち、列席者たちに何が起きたのかを説明された。国王陛下はお話しを終えられると、王太子殿下と共に、帯剣貴族の男たちを引き連れて退出していかれた。


 続けて、王妃殿下が祭壇に立ち、わたくしとジャコブ様の結婚式への祝辞を述べると共に、これから家族が戦地に向かう者たちに向けて、心構えや励ましの言葉をかけられた。


 最後に大神官様が再び祭壇に立って、わたくしとジャコブ様の結婚式の終了が告げられた。まあ、終わりよね……。ジャコブ様はもうフィデリス砦へと旅立ってしまわれたしね……。


 この後、わたくしたちの結婚式を祝う祝賀舞踏会があるのだけれど、どうなることやらだわ……。

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