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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

祠を壊さないでください

2024年に一世を風靡した祠破壊ネットミーム、とても楽しかったですね

変わり種かと思いますが、よろしくお願いします

 桜塚(さくらづか)瓊助(けいすけ)は、重苦しいため息を吐きながら、仕事場のソファに倒れ込んだ。

 忙しいからだ。

 めちゃくちゃ忙しいからだ。

 仕事の依頼が次々押し寄せてきて、現在二十連勤ぐらいになる。そのうち二日徹夜、三日徹夜とか入ってる。まともに七時間ぐらい寝たのはいつのことか、分からない。判断力も記憶力もなくなりつつある。

 そっと優しい感触が、瓊助の背中を覆う。スーツの上着を脱がせ、ネクタイをはずし、靴も取り去る、優しいそれは冒涜的な色合いのスライム状の存在だった。

 うつぶした瓊助の背中を、何本もの触手で優しくしっかりと揉みほぐすそれは、七色にも見えるが、じっと見つめていると目眩がしてくるような、不快で名状しがたい不定形な存在。ふだんは無害な白とか青とか緑をしている。(あるじ)である瓊助に余計な精神的負荷をかけないためだ。元々耐性が高い瓊助だが、目に優しいに越したことはない。背中をマッサージ中の今は、主の視界外なので、本来の色で施術に専念しているのだ。もちろん目や精神に優しい色合いのままでもマッサージはできるが、この不定形の存在もまた主と同じく二十連勤なのだ。力を抜けるところは、楽がしたい。

「あああ…そこ、その…肩甲骨のあたりの……ヴアア…」

 ホラー映画なら、食人スライムに襲われている犠牲者の絵面だが、二人は主と従者、魔術師と使い魔である。怖いシーンではありません。

 桜塚瓊助。元科学者。色々あって、世界の神秘に触れてしまい、今はこうして人ならざるモノを従えて、超常的な物事に携わる仕事をしている。家系の、いわゆる本家筋が、実はその筋の家だったためか、修行を始めた途端にメキメキと頭角を現し、今では日本有数、世界でも数え上げられる有能な「術師」である。教えを授けた師匠が、人間から人外まで幅広く、そのために人間側によっている祓い屋とか拝み屋というよりも、人ならざるモノの側にも立つ魔法使いとか魔術師と認知されている。本人としては「術師」を名乗っている。昔取った杵柄である科学技術も使うというのに加え、現在でも()()()()()()()()()()()()超常(スーパーナチュラル)(ことわり)をもとに「技術」を使うから、というちょっとしたこだわりである。


 閑話休題。


 そんな世界的にも認められる有能な術師を疲労の限界突破させているのは、最近日本で起きているある流行のせいだった。


 祠の破壊である。


 始まりは、SNSの創作者による面白い呟き。そこから、イラスト、マンガ、小説、音楽など様々な創作者たちの「霊感」を刺激し、あっという間にネットミーム化した。それは、とても楽しいお祭りで、良いことだ。


 祠の破壊が、ネットの世界、フィクションの世界で行われているだけなら。


 なんでそうなるのか全く分からないが、現実に存在する祠が壊され始めた。それも、他者にバレにくいようなひっそり隠された祠ーーそれでも日本中に山ほどあるーーが、愚か者たちのターゲットになっているのだ。

 常に人の手が入り、現在に至ってもしっかり管理されている祠もいくつか被害に遭ったが、それは器物損壊や不法侵入として、日本の法律が容赦なく罰してくれた。実際には十数件、そのうちの数件がニュースで報道されて問題になり、事態は下火にーーならず、いわゆる寂れた管理されていなさそうな祠が狙われるようになったのだ。

 九割は、何も起きることはなかった。あるいは一見寂れていても、世話をする人がちゃんといて、司法の裁きが下された。寂れた祠は基本的に、既に何も奉られてはいないし、管理するものがいて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、何も起こらない。

 問題は、例外の一割。

 未だ祠に、なにかが奉られている「本物」。

 人間が誰一人関わっていない、忘れられゆく「本物」。

 一ヶ月ほど前から、瓊助の元に助けを求める特殊な依頼者が訪れ始めた。

 最初にやってきたのは、予知能力をもつ祠の主。何月何日にうちの祠が壊されます助けてください!ーーそういうのが五件。祠はもたないが、予知ができる神や妖怪の友達から教えて貰い、助けを求めてきた祠の主も含めると七件。

 次が、祠を、つまりは住む家を壊されて泣きながら来た祠の主、十九件。

 その対応で、瓊助は日本中を飛び回ることになったのだ。知人の同業者に確認したところ、そっちも同じ大惨事になっていた。

 なんなら、後輩から祠案件で応援を求められるまであったが、その時の瓊助は沖縄のある島の祠の主と、近所に住むユタさんたちと一緒に、祠破壊犯の撃退中だった。沖縄の神々や妖怪たちが激怒して、犯行に及ぼうとした人間を殺そうとするのを止めつつ、祠破壊も防ぐーーー死ぬかと思った。

 祠破壊犯は、ほぼ全てヒマを持て余した若者から成人だった。その持て余したパワーを絵や文にするという芸術的なことに使えばいいものを、無駄に行動力に変えたバカ者たちは、インターネットの楽しいおふざけを最悪のかたちで現実にしやがったのだ。

 スライム状の使い魔が気遣わしげに「テケリ・リ?」と尋ねてくる。

「ああ、ありがとう、早響(わさび)。だいぶ楽になった。お前にも悪いことをしたな…こき使って…」

 苦しげに呻きながら起き上がった瓊助は、ソファに座り直す。目に優しい緑色に変じたショゴスは、明るく「テケリ・リ!」と鳴いた。こき使ったと瓊助は言うが、祠を破壊しようとするバカ者の前に真の姿を晒すだけなので、早響は特に疲れていない。ホワイト職場環境であり、優しい主人で、早響は彼が大好きだ。

 早響が蒸しタオルを作りに仕事場の奥へもちもちと去っていくと、瓊助の傍らに冷気がそっと寄り添ってきた。

 見下ろせば、青白い美少女の霊がーー霊感の殆どない瓊助でも、見えるほどに強大な実在感を持つ怨霊が、あまり表情のない顔に、珍しく心配そうないろを浮かべて瓊助を見上げていた。

 見た目だけは儚げな美少女の大怨霊・千穂(かずほ)もまた、瓊助の使い魔のような状態にある。ちょっと前まで「怨念と未練が強すぎて、あの世に強制送還もできない」と出現場所を術で隠していたのだが、いろいろあって解放されてしまい、なんやかんやあって懐かれた瓊助が保護することになった。ちなみに、この「いろいろ」と「なんやかんや」のときに、数十人死んでいるのだが、ひとまずそれは別の話。

 瓊助の特異な体質が功を奏して、凶悪な大怨霊も、古代の宇宙生物の創造物も、いまは平和に暮らしている、というわけである。

 このふたりが、もしも祠の主だったら、たぶん周囲数十キロの全生命体が死に絶えて、百年単位で生き物が住めない不毛の地と化すだろう。そういうレベルの隠された祠はけっこうある。もしも、そこが壊されたら、大変なことになる。

 また、そこまで大規模でなくとも祠の主が怒って祟り、被害者(もとは加害者な訳だが)が助けを求めてくる事案も増え始め、瓊助を含めた同業者たちはもうだいぶ限界にきていた。

「瓊助ー、あと三十分で会議始まるよー。パソコンつけるよー」

 瓊助の最初の使い魔が、ノートパソコンを持ってきてローテーブルに置いた。同性でも目が眩むような美青年だが、正体は伝説級の人食い鬼だ。天女のような嫋やかな美貌の持ち主だが、ふだんはだらけているか、酔っぱらって管を巻いている。山に鬼を集めて人食いパーティーされるより遥かにマシなので、瓊助は酔っぱらってお菓子を食べてて良いと心から思っている。だからか鬼は瓊助のいうことなら、酔っ払ってないかぎり聞くので、封印し直されずにこうして楽しく暮らしている。

 最初に一緒に飲んだ酒から黒龍(こくりゅう)の名を貰った人食い鬼は、寛容な(あるじ)があまりにも疲労困憊しているからか、なんだかまじめに使い魔っぽく振る舞っている。鬼の目にも涙というやつだ。なにしろ今回の被害者は、いろんな酒を飲ませてくれる面白い人間(あるじ)と、同類(ようかい)たちだ。元々の面倒見のよさが千年ぶりぐらいに発揮されている。

 オンライン会議の準備をスムーズに整え、ノートパソコンの傍らにはメモ帳と、先日プレゼントされた自動筆記してくれる魔法の羽ペンを添える。酔っ払ってさえいなければ、この鬼、本当に優秀である。現代に甦って日が浅いのに、パソコンもスマホも使いこなす。まあその、酒とつまみをネット通販で買うために覚えたのだが。

 絶世の美貌の鬼は、瓊助をはさんで千穂とは反対側に座って、オンライン会議の開始を待つことにしたようだ。酒を持たずに待つとは…今日は本当にまじめだ。

 インターネット上にこれから集うのは、日本各地の同業者。拝み屋、祓い屋、霊能者、霊媒師、祈祷師、退治屋、呪術師、魔術師、その他さまざまな名称で呼ばれるひとびとだ。

 会議の事案はもちろん、祠破壊について、だ。


◆ ◇ ◆


 瓊助は、疲労と報告内容のダブルパンチで気絶寸前だった。普通に両脇の使い魔に軽くほっぺたを引っ張られて我に返る。

 オンライン会議にきているのは、当然同業者の一部に過ぎない。そもそもこの会議へのつながりをもたない者もいるだろうし、今まさに仕事中の者もいるだろう。瓊助たちの仕事は、祠にまつわることだけではないから、知っていてもこない者だっているはずだ。

『はは、さすがは万博のイメージキャラクターを顕現させたインターネットの力はすごいねえ』

 珍しく疲れきった様子でひきつり笑いを漏らすのは、瓊助の師匠のひとりであり直接の命の恩人、叢雲(むらくも)流火(りゅうか)。他の何人かも、ヤバい意味で極まっているため、同じように楽しくもないのに笑っちゃっている。小声で黒龍が、「え、こわ…」と呟いている。


『助けるの、やめません?』


 幻聴かな、と瓊助は思った。

 ディスプレイの中のいくつかの笑顔も凍りつく。瓊助のように聞き間違いかな?という顔をしている者もいる。

『ああ、違いますよ。祠と祠の主ではなくて、祠を壊した人。彼らを助けるの、やめません?』

 再び、今度は具体的に、彼は言った。


 防人(さきもり)鶺鴒(せきれい)


 オンライン会議参加者のみならず、世界レベルの超弩級「みえるひと」。「みえすぎる」がために、人ならざるモノたちからすら畏敬を集める異端の存在である。

 穏やかな好青年にしか見えない防人鶺鴒は、おだやかに微笑んでいる。

 現実的に、深刻な人手不足だ。守るだけでも精一杯なのに、自業自得のバカまで足にすがり付いてきて、祠にまつわることで手一杯。他にも人命のかかっている事件や仕事はいくらでもある。瓊助は人ならざるモノからも依頼を受けるが、メールも電話も、使い魔がもってくる手紙も全っ部後回しになっている。このままでは、祠とは関係のないところで、救えたはずの命が失われる。全員がまともに仕事を回せなくなったら、比喩抜きで世界が終わる。

 瓊助は、鶺鴒をまっすぐ見た。凪いだ夜の湖のように真っ黒い両目。

 別に彼は、人間に優しくないわけではない。人間の命を軽んじるような人物ではないことは、実際に会い、何度か一緒に面倒事も経験しているから分かる。


 あんな絶対零度の声で、笑いながら非情なことをいう人ではない。


 だが、今、バカの尻拭いをする余裕がない。


 オンラインを介して繋がる同業者たちの顔を見なくても分かる。同じ危機感を抱いていることが。


 というかまず、己が過労死する可能性がある。瓊助は、正直、眠い。疲れたし、お腹空いた。ちゃんとしたベッドで寝たい。だが、会議が終われば今度は隣の県まで行かねばならない。予知の力をもつ土地神から、祠(主は怒らせたらまずいタイプ)が狙われている、と土地神の分体が泣きながら飛んできた。他の使い魔が譲るほどに切迫した事案が待っている。

 しばらく、会議の沈黙は続きーーー瓊助が口を開いた。


◆ ◇ ◆


「そうか。あの祠を壊したのか。それじゃもうダメだな。お友達同様、きみも死ぬ」

 瓊助は淡々と、涙と鼻水まみれの青年に告げた。背後で、人食い鬼が笑っている。

「そんな?! どうして、なんで?! なんで助けてくれないんですか?! なにも方法はないんですか?!」

 オンライン会議から三日後、瓊助は一時間前に仕事場に戻ってきたばかりだ。ドアの前で、この青年にすがり付かれ、シャワーも浴びられず、ちょっと意識が飛び気味だ。虚ろな声で瓊助は言った。

「きみは、自分の家を壊されたら、どうする?」

「へ?」

「きみは、自分の家を壊されたら、どうするかと聞いている。思い出の品や大切なもの、生活必需品が壊され、屋根も壁もなくなったら。ぼくは警察を呼び、弁護士や保険会社に連絡する。犯人を突き止めて貰い、法の裁きを受けさせ、損害賠償金を請求する。とはいえ、この世にひとつしかないようなものは、取り戻せないし、壊された自宅を見たときの精神的苦痛を癒すのには時間がかかるだろうな。仮住まいを探したり、生活必需品を買い直したりしなければならない。人間の世界は、そういう流れになるだろうな。法が、犯人を裁く。人間のルールはそうだ。では、人ならざるモノたちの世界のルールはどうだろうか?」

 今、自分はどんな顔でこの青年を眺めているだろうか。疲れていてよく分からない。とりあえず祠は守ったが、うちひとつの祠の主は怒り狂いーー祠は半壊し、ちいさな人間の子どもが供えてくれた野花の冠を踏み散らかされたからーーー犯人が廃人になりかけたのだ。半壊はグレーゾーンだが、このまま怒りを制御できなくなってはまずい、と土地神と瓊助と使い魔三人と、地元の妖怪総出で三日かけて宥めた。ほんとに死ぬかと思った。廃人寸前のバカどもを病院の前に放置して帰ってきたら、またバカがいて、もう本当に心が折れそうだ。

「祠を壊した。だから、きみは死ぬ。そういうものなんだ」

「なんとかならないんですか?! こんな、こんなことになるなんて思わなくて…ちょっと悪ふざけしただけで…あんな、あんなふうに死にたくない! 助けてください! 助けてください! お金なら払います! なんでもするから助けて!!!」

「祠を壊したんだよな。なんでもするというのなら、あきらめて死になさい」

「そんな! そんな! イヤだ! イヤだ!! 死にたくない!!!」

 泣きわめく青年の背後で、鋭意彼を祟っていた祠の主も、ちょっと困惑した様子で瓊助を見ている。瓊助が邪魔をするつもりなら、一緒に祟ってやろうと息巻いて半実体化していたので、瓊助にもしっかり見えている。物質界に顕現可能なほど強大な(ぬし)のようだ。そんな霊験あらたかな強めの神が、えっ?!いいの?!と明らかに面食らっていらっしゃる。

 そこに、黒龍が念話で、祠の主にはなしかける。複数同時に会話可能な音声通話機能のごとく瓊助も念話にいれてくれているので、両者の「かいわ」がきける。

『祠も、俺たちがちゃんと直すんで、壊すのに関わってない人たち、例えばコイツの家族とかはさあ、見逃してあげてくれないかなあ』

 黒龍が背後で、お願い♡と可愛らしい仕草をしているのが、念話のせいで分かるし、なんか腹立つ。対する祠の主は、数秒固まってから『もちろんオッケイ!!』とめっちゃご機嫌の念を返してきた。念話なので、嘘ではないと分かる。心からの了承を得た。これで、霊障に苦しむ彼の家族は助かるだろう。彼自身は、今夜当たりに、凄まじい死に方をするだろうが。

 黒龍が『ありがとー! 石がいい? 木がいい?』などと気軽にきくと、祠の主は『いやあ、なんかすみません』と恐縮してニンゲンっぽくペコペコ頭を下げる。祟りを青年に送り続けてながら。


 泣き疲れ、放心する青年を黒龍が仕事場から放り出し、塩を撒く。伝説級の人食い鬼が、魔除けの塩を撒くとはカオスが過ぎる。

 もう瓊助はなんにも考えたくなかった。が、祠の主との約束がある。ここのところ何度も連絡をとっている石屋に依頼のメールを送る。石の祠がいいとのことで、詳しいことは祟り終わったら連絡してくるらしい。しかも、お疲れさまですと労われた。念話なので、心からの労いだと分かる。


 疲労で混濁する思考に、偏頭痛のような痛みが走る。


 自分と同じように、祠破壊犯を追い返している者は、どれくらいいるのだろうか。


 あのオンライン会議の席で、瓊助は鶺鴒の提案に乗った。反対意見は、言葉として発されることがないまま、具体的な部分を詰めた。


 ひとつ。鶺鴒のいうように祠の破壊に直接関わった者は助けない、あるいは祠の守りや他の依頼の後にする。


 ふたつ。祠の主の怒りか収まらず、大暴れしてしまった場合は、可能な限り穏便に解決を試みる。それには、瓊助が責任をもって応援に向かう、となんでか口走っていた。自分でも驚いたが、すぐに防人鶺鴒が『説得ならオレも行きます。いつでも呼んでください』と、暖かく笑った。瓊助の師匠の流火も『私も飛んでいくから!』と叫んだ。


 みっつ。これはもう既に、個人の裁量で行われているが、祠を必ず修繕すること。たとえ何人殺した祠の主であろうと、だ。これは完全に個人の財力に依存するので、財力に余裕のある者たちで基金のような形を急遽立ち上げた。これには何人もが手を上げてくれた。


 とにもかくにも、罪なき祠を優先、次に本来の仕事、三番目に自分の命、そういう方針でオンライン会議は終わった。

 とはいえ、あの集まりでの決めごとに特に強制力はない。見捨てず、祠破壊犯を助ける者もいるだろう。

 瓊助も、人間だ。だから、人間の友人知人が多くいる。見捨てた誰かは、彼ら彼女らの大切な人かもしれない。そもそも、非人道的といえる対処だ。


 だが。


 あの時、鶺鴒の酷薄な提案を聞いて脳裏をよぎったのは、被害者である祠の主たちーーー住まいを壊され、お供え物をめちゃくちゃにされ、でも自分で祟って復讐することもできない無害な、かそけき人ならざるモノたちの嘆き。


ーーーわたしの、たからものが


 黒龍の「目」を借りてすら、瓊助には薄れてみえない、はかないモノ。黒龍の「耳」を借りて「きく」、壊れされたものへの、愛おしさと嘆きに満ちた「こえ」。

 祠を作った人は既に亡くとも、祠の主はちゃんと覚えている。

 お参りにくる人が減っても、いなくなっても、きてくれた人を祠の主はちゃんと覚えている。

 たまにしかこない人も、一度だけきた人も、祠の主はちゃんと覚えている。

 子どもが大人になり、老いて、こられなくなっても、全て覚えている。

 今は供えられなくなっても、前に供えてくれた綺麗な水も綺麗な花も美味しいお酒もお米も、最近きた人が置いていった見たことのない食べ物も、祠の主は覚えている。

 なにかを願うひと。ただ挨拶するひと。辛い胸の内を語るひと。さっき虹が出てたと教えてくれるひと。


 全部祠の主の、大切な思い出(たからもの)



 それを全部、壊された。



 遊び半分の暇潰しに。

 なんか流行ってるしウェーイおもろー。

 ワラ。

 なんにも起こらないじゃん。

 つまんね。

 ワラ。

 ワラワラ。




 ご神体が傷ついて、完全消滅しかけていた祠の主もいる。速やかに新しいご神体に勧請したが、力や記憶を一部失った祠の主もいる。

 きっと、瓊助や他の誰かに助けを求める力もなく、無惨に消された祠の主もいるに違いない。誰にも知られず失われていく存在。すでにおだやかに消えかけていた存在の最期が、暴力的な悪ふざけのせいだなんて。


 瓊助は重い溜め息をついて、千穂が貸してくれたでっかいクマのぬいぐるみを抱き締めてソファに倒れ込んだ。すると、膝枕のポジションに人食い鬼が滑り込んでくる。

 顔は良いが、足は鬼だからか、がっちりした筋肉だ。なんにも嬉しくない。とにかく今欲しいのは休養だ。仕事場の奥で、早響が冷凍のお弁当を解凍中だ。あれ食べたら一回ベッドで九時間寝て、風呂はその後だ……湯船で気絶する自信がある。ああでもシャワーだけでも浴びるか?

 とかなんとか、ふかふかのクマに顔を埋めて考えているとクスクスと楽しそうな笑い声が降ってくる。人食い鬼が笑っている。

「人が死ぬのが楽しいか。それとも、自分の命を優先する僕らが面白いか」

「そんなことないよー。だって、瓊助たちが死んだら、もっとたくさんの人が死ぬよ。だから、仕方ないんじゃない?」

 そう。もしも、さっき来たような強大な祠の主を真っ向から止めようとしたら、瓊助たち術師の側に間違いなく死者が出る。関わった全員が死ぬ可能性も充分ある。そして、術師が減れば、弱い祠の主が更に消え、強い祠の主は更に人間を殺すだろう。

「みんなを助けてくれる、正義の味方がいたらいいのにねー」

「ははっ、そんなものはいない」

「だよねえ」

 吐き捨てる瓊助に、黒龍が妙にしんみりとこぼす。瓊助は、クマから顔を上げて、鬼を見た。

 天女のような嫋やかな美貌、その面貌の中で妖しく輝く鬼灯のように真っ赤な、人ならざる絶佳の瞳が、瓊助を見ていた。

「瓊助は優しいからさあ……でもさ、瓊助が選んで決めてくれたから、助かった命がいっぱいあること、忘れちゃダメだよ」

「テケリ・リ!」

 瓊助がなにかを、でもなんと言えばいいのか咄嗟に言葉にならない一瞬に、早響が解凍した冷凍のお弁当を持ってきてくれた。空腹が襲いかかってくる。

「しっかり食べてー。人間は弱いんだからさ」

 瓊助の体を抱き起こし、クマのぬいぐるみを奪って抱き締める人食い鬼。クマも鬼も、人間にとっては本来とてつもなく恐ろしい生き物だが、今の瓊助にとっては、味方だ。なにかあれば、助けてくれる。

「そうだな。ありがとう、黒龍、早響、千穂」

 労ってくれて。

 ご飯の準備をしてくれて。

 大切なぬいぐるみを貸してくれて。

 瓊助は、いただきます、と手を合わせた。

 明日もまた、仕事だ。もう、祠が壊されないと良いのだが。

壊されまくる祠が可哀想、という謎の感情移入から始まり、「反撃できる強い祠(?)はいいけど、そうじゃない祠は…」という流れで生まれました

また、漫画やアニメなどの架空のものや、インターネットでの楽しいふざけあいが、現実の事件で台無しにされることへの怒りも含まれています


これからも、様々に祠は破壊されてよいと思います(暴言)

でも、現実の祠は壊さないでください

単なる器物破損です

迷惑です

ひとんちです

壊したら、もうダメです。正義の味方なんか、現実にはいませんからね

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