59.天澄界へ
男に笠を取られた。
その男は、知っている男だった。
片桐 駿。
被告を守る正義の味方。
片桐駿が守った正義のために私はここにいる。
猟奇殺人の容疑者が無罪になったと聞いた。
真犯人は見つかっていない。
だが、連続殺人は起こらなくなった。
本当に犯人ではなかったのか?
もしくは、真犯人も今は静かにしておくべきだと
息を潜めているのか?
街中、憶測が飛び交った。
しかし人の興味は次々と変わる。
いつしか、恐怖は無関心へと変わっていた。
私も思っていた。
無罪になったのだから容疑者は
犯人ではなかったのだろう。
たった一人の弁護士の力で
黒を白にすることなど不可能だ。
冤罪は許されない。無罪になって良かったと。
でも私が最後に見た顔は、片桐駿が無罪にした男の顔だった。
有名企業の社長の息子、だったはず。
頬に出来た妙な傷。
忘れたくても忘れられない恐怖と怒り。
なぜ再び殺人鬼を世に放った?
片桐駿がしたことは、間接的殺人ではないか?
私の後にも被害者が出るかもしれない。
許さない。
私は刃を片桐駿に向けようとした。
私を助けようと晃さんが走ってくる姿が見えた。
四方囲まれた鏡の一つ。
晃さんの死角から弓矢で狙う男の姿が映った。
馬に乗った大男だ。
片桐駿と一緒にやってきた。
片桐駿の命を奪うか、
晃さんを守るのか。
私は一瞬の迷いも無かった。
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すみれを助けようと思った。
なのにどういうことだ。
すみれは俺の前で弓に射抜かれて倒れた。
「すみれーーーーー!」
「女は殺ったぞ!引き上げろ!」
周りでは昏哭軍の兵士たちが大喜びをしている。
馬に乗った大男は、軍を連れて去っていく。
一人残っていた男もとりあえず馬に乗り、
軍の後を追って行った。
俺はすみれを抱きかかけた。
腕の中ですみれは苦しそうに呟く。
「ごめん……なさい。あまり時間を……稼げなかった」
「何で俺を助けるんだよ。何で俺なんか……」
すみれは俺の肩に乗るリンクに手を伸ばした。
「リンク。ごめんね。ヤキモチ……焼かせて。
でもね、私、好きになっちゃったんだ。
だから……晃さんを守ってね」
リンクが肩からおり、すみれのそばに寄り添った。
「良かった……これで、やっとみんなの所に
来られる」
すみれは優しく微笑み、そっと目を閉じた。
「すみれ?嘘だろ?すみれ……」
リンクがそっとすみれの頬の傷を舐めた。
太陽の様な妙な傷が消えていく。
眠っているかのように美しい顔をして
すみれは動かなくなった。
どうして俺なんかを助けた?
二度と太楽国には戻らないと決めたはずなのに。
もし生まれ変われるのであれば、
もう一度、すみれに会いたい……。
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太楽国、炭谷病院の一室。
一人の女性がベッドで眠っている。
母親は毎日、主治医が来ることに怯えていた。
ドナーを希望していた娘の意思を
尊重すべきでは?という主治医の言葉を
聞きたくないからだ。
本当に娘が目覚めることはないのだろうか?
毎日祈った。
すみれ……。すみれ……。
ベッドの枕元には飼い猫の写真が置かれていた。
娘の容体が急変した。
こんな変化は望んでいない。
まだ穏やかに眠っていてくれるほうが良かった。
側にいられるだけで、ただ眠っているだけだと
思えるだけで。
娘の心臓が止まった。
魂はどこにあるのだろうと思っていた。
もし間で彷徨っていたのであれば、
やっと天の世界にいけたのだろうか。
ふと見れば、すみれの頬にあった
太陽のような妙な傷あとが消えていた。
ごめんね。すみれ。
守れなくて。
母の涙がすみれの頬に落ちた。




