55.悲しむ人
連合軍は崖下を通り抜けた。
昏哭軍の狙いであった葵の命は守った。
だが、直を失った。
それだけではない。
どれだけ武器や能力が優っていても、
一瞬の隙が勝敗をわけることを知った。
たかだか数日前に集まった連合軍だ。
一丸となる、そんなことは無理なのだろうか。
連合軍はひと時の休息をとることになった。
隣で葵はうずくまり、ずっと涙を堪えている。
俺は葵におにぎりを差し出した。
「食ってくれ。直と約束したんだ。
食べてくれないと戦えないだろう」
「全部私のせい。私がクラリサを奪われなければ直は……」
「誰のせいでもない。あいつもお前のせいだなんて思ってない」
わかっている。葵だってそんなことわかっている。
「拓海君……」
葵は必死で涙を堪えようとしている。
大地がやってきた。リュープスを連れて。
大地は葵の隣に腰を下ろした。
「こんな言い方したら不謹慎かもしれないが俺はあいつが少しうらやましい」
「うらやましい?直のことか?」
俺は大地に聞いた。
「ああ。こんなに悲しんでくれる奴がいる」
「あんたにもいただろ?親とかさ」
「親?悲しむどころか……でも一人はいたかな。俺より先に死んじまったが」
大地は、俺が持っているおにぎりをじっと見つめ、
語り始めた。
「俺は炭谷病院で清掃の仕事をしていたんだ」
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病院の庭先で同僚の石田千鶴子が
40代くらいのの女性と話しているところを見かけた。
千鶴子は質素だが、女性は高級そうな身なりをしていた。
千鶴子は60代後半だ。
娘さんなのだろうか?と俺は思った。
他人の話を盗み聞きする趣味はない。
早く通り過ぎようとした時だった。
「全額寄付なんて信じらない!」
聞き耳をたてたわけではないが、
娘と思われる女性の大きな声が聞こえた。
「私の金だ。どう使おうと勝手だろ?」
「ひどいわ、お母さん。私にだって権利はある!」
「聞いたよ。旦那、相当な借金してるって噂じゃないか。どうせ入りもしない親の金あてにしているんだろ?
悪いが、そんな男に渡すお金はないよ」
なんだか聞いてはいけない話だと思い、
俺はそっと後を通り過ぎようとした。
千鶴子が俺に気づき、つい目が合ってしまった。
「大ちゃん、良い所に来たわ。仕事に戻りましょう」
千鶴子は俺の腕を掴み、
なかば俺を引っ張るように歩き出す。
「待って母さん。まだ話は終わってないわ」
俺と千鶴子の背中で女性が叫んでいた。
聞いてはいけない気がした。
その日の休憩室は俺と千鶴子の2人だけだった。
千鶴子は何事もなかったかのように、
お弁当箱を広げた。
中にはたくさんのおにぎりが入っていた。
「知ってるよ。大ちゃん、いつも食べてないだろ?」
食べていいことはわかっている。
そして今は食べられるだけのお金も稼いでいる。
だが、俺はお腹いっぱいになってはいけないんだ。
千鶴子は俺におにぎりを差し出した。
「1人で食べても美味しくないの。一緒に食べて」
俺は、おにぎりをじっと見つめた。
「どうした?お腹すいてないの?」
「俺の夢は…お腹いっぱい食べることだった。でも…俺は夢をかなえちゃいけないんだ」
気づけば俺の目には涙が溢れていた。
なぜだろう。千鶴子の前では本当の自分を出せた。
不思議な人だった。
千鶴子は俺の背中にそっと手を当てた。
「よかったら……話を聞かせて」
誰にも話したことがなかった。俺の過去。
「……俺は逃げたんだ。暴力をふるう父親から」
千鶴子、驚いて俺をみたが、優しく微笑んだ。
「逃げられてよかったじゃない」
「でも……幼い弟を残してきた……」
いつも聞こえる。
お兄ちゃん、助けて。僕を置いていかないで。
おれは耳をふさぎ、うずくまった。
「今からでも間に合う。助けに行こう。おばちゃんも付き合うよ」
そう。助けにいくつもりだったんだ。
金を稼いで、アイツの力を借りなくても、
2人で生きていくために。
でも……。
俺は財布の中から一枚の新聞切り抜きを取り出した。
「10歳の少年、白骨遺体で発見。虐待の容疑で父親逮捕」
と書かれている。
千鶴子にそっと手渡した。
「よくブーメランで遊んだんだ。もちろん買う金なんてなくて俺の手作り。その上あいつ下手くそで……でもすごく楽しそうだった」
なぜ、こんなことを話しているんだろう。
それほど親しくもない人に。
いや、ずっと聞いて欲しかった。
誰かに。
「迎えにいく…そう思ってた。それまで耐えてくれ……そう思ってた。
でも怖かったんだ。また殴られるんじゃないか。
もう殴られるのは嫌だ……。
馬鹿だよな。俺、こんなに大きくなったのに。
親より強くなったはずなのに……。
幼い弟さえ救えなかった……」
千鶴子はじっと俺の話をきいていた。
「私も子育て失敗した身だから偉そうなことは言えない。
親だって人間だ。悪いこともする。でもこれだけは言わせて。貴方は弱くなんかない。優しく強くて素晴らしい子だよ。
だからもう自分を責めないで……弟さんの分までしっかり生きなきゃ」
そう。俺は誰かに言って欲しかった。
悪くない。
誰かに許して欲しかった。
自分を責めないでいい。
俺は信じられないくらい泣いた。
そして、俺は翌日、この恩人を殺した殺人犯として
太楽国の人生を終えることになったんだ。




