49.優輝の記憶①
炎の壁を作り、なんとか敵を撒くことができた。
もっとしっかりしなければ。
私は火の戦士。
仲間を危険な目に合わすわけにはいかない。
私は自分の手を見つめていた。
炎……今は仲間を守る武器。
だがそれは自分が最期に見たもっとも恐ろしい景色。
炎の先にいた母親。
手を伸ばし、助けを求めた私に言った言葉。
「お前がやったのよ」
それが最期に聞いた言葉だった。
そして母は扉を閉めた。
弟だけを火が回る部屋から救い出して。
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「昨日の火事、優輝の家の近くでしょ?
大丈夫だった?」
看護師仲間とお昼ご飯を食べている時に
誰からともなく話し出した。
「5件目でしょ?放火。怖いよね」
そう、最近私の家の近くでは、
連続放火事件が起こっていた。
幸い犠牲者は出ておらず、ボヤ騒ぎですんでいるが
いつ、人が死ぬかもわからない。
「本当に怖いよね。早く犯人が捕まってほしいね」
みんな頷いていた。
家に帰ると、母親は在宅のようだった。
父親は院長をつとめる炭谷病院が家のような生活だ。
弟は予備校にいっているのだろうか?
玄関に靴が見当たらない。
両親の仲は決して良くはない。
母は父の顔色を伺うような暮らしをしている。
母が父と対等に話すことができる時。
それはきっと、世間が病院の跡取りが誕生したと
認める時だろう。
まずは子供が医学部に入ることが第一条件。
子供といっても誰でもいいわけではない。
男の子供だ。なんて時代錯誤な?
そういう普通の話が通じれば、どんなに生きやすかっただろう。
もう慣れた。いや慣れなければ生きていけなかったから。
私は母親とは顔を合わせずに、
自分の部屋に入り、ベッドに横たわった。
本棚には捨てられない医学部の赤本が何冊もあった。
もし、私が受かれば少しは喜んでくれるのだろうか。
そんな甘い期待をした自分のバカさを思い知る。
なのに捨てられないなんて……。
バーン!
と扉を閉める大きな音が聞こえた。
隣の部屋、弟が帰ってきたようだ。
尋常ではない扉の閉め方が少し気になった。
「翼??帰ったの?」
私は弟の部屋をノックした。
「入ってくるな!」
弟のイライラとした怒鳴り声が聞こえた。
いつものことだ。
そう、弟はいわゆる受験生。
しかも一浪中で、予備校に通っている。
母親の期待を背負った男の子供。
二度目の失敗は許されない。
家中がどんより重く、
ピンと張り詰めた糸が部屋中にあり
引っかかると地雷が爆発するような緊張感がある。
可哀想?だとは思う。
でも期待されない子供と比較して
どちらが可哀想なのだろうか。
じゃあ、代わってみるか?
互いに思っているだろう。
確かにどちらも地獄なら
責任がないほうがマシ、なのかな。
「わかった。何かあったら言ってね」
私は扉の前で声をかけた。
母親が階段の下から私を睨んでいる。
邪魔をするなと。
失敗したらお前のせいだとまで言いたげだ。
母親は若い頃は美しく、華やかだったと聞く。
その華やかさはすっかり消え去り、今は見る影もない。
母親にとって、私は「無」でなくてはならない。
もし人を消しゴムで消せるのであれば、
本当に消されるのかなと思うこともある。
私は母親から目を逸らし、部屋に戻った。
しばらくすると、窓の外から
サイレンの音が聞こえた。
「また?」
その時はまだ、自分が放火犯にしたてあげられるとは
これっぽちも思っていなかった。




