43.大地の記憶
穂高 大地。
俺は太楽国で生きていた頃、炭谷病院で
清掃の仕事をしていた……。
まだ25歳。
もっとバリバリ働ける仕事をしたらいいと
思うかもしれない。
だが、学もない、コネもない、
何もない俺を雇ってくれるところなんて
そうあるわけではない。
この仕事をしていて、一番苦痛なことは
病気で痩せ細った人の姿を見ることだ。
そう……一番忘れたい記憶を思い出させる。
今日も廊下を掃いている時に、
開いていた扉から見えた老人の姿が
俺の記憶を呼び覚ます。
助けて…… 助けて……。
俺は吐き気がして、思わず口を押さえた。
背中を思い切り叩かれた。
驚き振り向くと、同僚の石田さんだった。
「そんなんで病院の仕事なんてできやしないよ!
シャンとしな!!」
石田千鶴子。65歳くらいだと聞いた。
最近では60を過ぎても働いている人は多い。
暇つぶしなのか、本当にお金が必要なのか。
俺にはわからない。
石田さんには娘さんがいると聞いたことがある。
だが、本人はあまり娘の話はしない。
そういうことだろう。
子供を愛さない親などいない?
ならば世の中の犯罪の半分以上は起こらない。
いや、もっとか?
互いに理由がある場合もあるだろう。
だが、ない場合もある。
存在するだけで殴られる。蹴られる。
誰も産んでくれと頼んだわけではないのに。
石田さんのところは理由があるのかもしれない。
だが、それは踏み入ってはいけない気がした。
なぜなら俺が一番わからない領域だからだ。
探しても探しても見つからない答え。
なぜ、親に俺は、俺たちは愛されないのだろう……
俺は休憩室に入った。
シフトは石田さんと同じだ。
俺は金もないので、いつものように
休憩時間の残りの秒数が、減るのを待つだけだった。
だがお腹は正直だ。
思い切り腹の虫とやらが泣いた。
するとまた背中を思い切り叩かれた。
石田さんだ。
「ほら、食べな!」
見たことがない程大きなおにぎりが
俺の目の前に差し出された。
「いや、結構です」
「騙されたと思って食べてみな。
魔法のおにぎりだよ」
「魔法?」
「そう、食べたらわかるから食べてみな」
俺は、おにぎりを一口食べた。
「う、うまい!!」
俺は思わず過去一番の声を出した。
つい、恥ずかしくて狼狽えるほどに。
「だろ?私はね料理の腕はイマイチなんだけど
おにぎりだけは自信があるんだよ」
石田さんはにっこり笑った。
俺は大きなおにぎりを見つめた。
頭の中で声がする。
「お兄ちゃん……お腹すいたよ。僕にもちょうだいよ」
また背中を叩かれ我にかえる。
「いてっ!」
いや、ちょっとパワハラなのでは?
石田さんは優しい顔で言った。
「何があったか知らないけれど、
お腹いっぱいにしていたら、きっと良いことが
あるよ」
「そう、ですね」
俺は初めて、弟以外の人の前で笑っていた。
そして目からはなぜか涙がこぼれていた。




