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弐/呪いの人形/参

 智磨の問いに対して美波は「智磨は話が早くて助かるわね」と心底からの笑みを見せながら口を開く。

「知っての通り、“メリーさんの電話”の話がこの霊崎市全域に広まりつつある。ここまでは智磨も少しは耳にしているかしら?」

「案の定、いつもの成美からだけどね」

 呆れ顔で智磨がそう言うと「いやなんであの子はいつも……」と美波は困った顔を見せる。美波と智磨の関係についてあまり把握していない順平はと言えば状況が理解できずに「え? どういう意味です?」と首を傾げるのみ。

 これを見た美波が「ああ、いや、今は気にしなくていいわよ」と暗に“知らなくていい”と告げてから咳払いを一つ入れて逸れかけた話題を元に戻す。


「今回、“メリーさんの電話”――正確にはそれを利用しようとしている悪霊の居場所はわかっていないのが現状よ。支部で観測している限りではまだ被害者は出ていない事から、いち早く悪霊の居場所をつきとめて未然に防ぐのが第一目標になるわ」

 記録には残されていないが、前回発生した“一三段の怪談”はちょうどよく成美が学校でその怪談が流行っているという情報をもたらしたため、智磨と成美の通う学校――梅戸中学校に相手がいる、と推察できたものの今回はそうもいかない。

 “一三段の階段”は“学校の七不思議”の一部であり、つまりは悪霊も学校にいないと話が成立しない為、場所の特定がしやすかたという事情がある。

 しかしながら、今回はそうもいかない。

 “メリーさんの電話”の厄介な所は最終的な居場所というのが“被害者の背後”という事である。

 この場合の被害者についても特定する術がなく、予め網を張るという事ができないというのが最大の課題とも言えた。


「しかし、どうやって未然に防ぐのでしょう?」

 その事に思い至った順平は美波の話の途中で疑問を差し込む。

 これに対し美波はその問いが差し込まれる事を織り込み済だったのか、「いい質問ね高橋三等怪討」と口にしながら、デスクの引き出しから紙束を取り出す。

 そこには、霊崎市の地図と何やら住所が細かく書かれている。

 これを見た智磨は「ねえ、まさか」と顔を青ざめる。

 順平も「いや、まさかそんな」と声を漏らす。

「そのまさかよ。――ゴミ捨て場のローラー作戦よ」

 美波は力強くそう宣言した。

 途方もない作業量が目に見えている現状に「もっと他に手段なかった……?」と智磨はついそのような不満を口にする。

 順平も「流石に非現実的では……?」と暗に否定的な意見を口にする。

 しかしながら、美波は二人の意見を「他に思いついてたらそっちを提案してるわよ」と一蹴する。


「“メリーさんの電話”で共通している点としては、“捨てられた人形”が起点となっているケースが多いの。つまり、捨てられた人形のある場所――ゴミ捨て場をマークする事は、的外れではないはずよ」

 確かに、“メリーさんの電話”の話の起点というのはゴミ捨て場である。

 そこから徐々に被害者のもとへと近づいていき、最終的に被害者の背後に移動していると考えれば、不特定多数の被害者候補を探すよりも起点である人形を探した方が良いというのは一応理にかなってはいる。

 かなってはいるのだが、ゴミ捨て場を全て確認して人形を見つけ出すというのはあまりに途方もない作業というのが目に見えている以上、これに対して不平不満が口をついて出てしまうのは無理もなかった。

「そもそも、集合住宅の場合だと地下にあったりして住民じゃないとゴミ捨て場に行けないとかありますよ?」

 順平のその質問に対し智磨は「実際、私の住んでるとこもそうだね」と同意する。

 古くからあるゴミ捨て場は屋外にあって、外部の人間が確認するのは可能だろう。

 しかしながら、明確に集合住宅の屋内にある場合だとそうもいかない。

 集合住宅の入口にオートロックが設置されていたりすれば、中に入る事すら手間がかかるのは明白。

 このあたりはどうするのか、という問いは極めてご尤もである。

 これには美波も「それはそうなんだけどね……」と苦虫を嚙み潰したような顔で口を開く。


「四等以下、支部の事務職員も総動員してカバーするわ」

 美波のその言葉に「それは本気?」と真剣な面持ちで智磨は問いかける。

 怪討とは、怪異を討伐するものであり、その為の力がある。

 これは大前提として間違ってはいない。

 しかしながら、力を有しているからといって、必ずしも怪異を討伐できるかと言われれば答えは否だ。


 人には向き不向きというものがあり、能力的に可能だとしても、その人の個人的な性質――特に精神面だろう――等によって戦闘には向かない怪討も少なからずいる。

 その多くが四等怪討に分類され、各地方の支部に籍を置いて事務職員として戦闘員である三等以上の怪討の支援を担当する、というのが全日討における三等以上と四等以下の区分の仕組みであった。


 そんな中で、本来なら事務を担当する四等以下の怪討をも現場に動員して人員不足を解消しようとしている美波の方針は、あまりにも危険な発想であると智磨は勿論、順平も理解していた。

 怪異が活発になる丑三つ時を避ければ戦闘にはならないかもしれないが、それでも怪異と接触する事そのものが本来ならリスクのある事なのだ。

 そんな場所に、非戦闘員を動員するというのは諸手を挙げて賛同できる作戦ではないのはごく自然な事だった。

 美波の作戦であれば信頼して事にあたろう、と思っていた智磨でさえも流石に疑問を口にせざるを得なかった。

 これには自覚があったのか、「……まあ、そうなるわよね」と美波は肩を落としながら「それなら」と代案を口にする。


「賛同できない職員は動員せず、それで足りなくなった分は私自身が担当する。これでどうかしら?」

 その決意表明に、「……そっか」と智磨は言う。

 美波とて好きで職員を動員したいと言っていないのは智磨にしてみれば百も承知。

 だとしても、強引に職員を動員するのはどうなのか、という点については確認しなければならなかった点であった。

 その代わりに“自分が出る”と言った以上は、智磨からすれば特に否定する材料はなかった。

 一方で順平は美波の真剣なその表情に何も言えないでただ絶句している。

 支部長は本来、そう簡単に現場に出るものではない。

 支部に在籍している怪討からの報告を受けて、適切な現場に怪討を配置するのが役目である以上、そんな役割を持つ人間が現場に出てしまうと各怪討からの報告を受けて判断する人間にその余裕がなくなってしまう。

 それは、果たしてどうだろうか――と順平は考えてしまう。


「支部長。それは認められません!」

 そんな順平の逡巡を、明確な否定の形で示した声が一つ。

 少し離れた席にいた副支部長の小川ケイトだった。先程まで座っていた席をすっと立ち上がり、ずんずんと歩いて美波のもとへと向かってくる。

 その様子に美波は「いいえ、小川副支部長。これは必要な事です」と美波はケイトを制しようとするが、「いいえ、聞き入れません」と徹底抗戦の構えを見せる。


「第一、未然に防ぐのはあまりにも非現実的です。怪異による被害を最小限にするというのは確かに素晴らしいですが、現実的に可能な範囲で行うべきです。それなら、一人目の被害者が出てからの方が支部にいる怪討への被害を出さずに済む」


「怪異の存在を隠匿する事もまた怪討の役目よ。一度被害者が出てしまえば、そこから憶測で噂が広まって、怪異がより日常に潜みやすくなってしまう。そうなれば、怪異は力を増して結果的に支部の怪討への被害に繋がるわ。そのあたりはどう思うの?」


 唐突に始まった支部長と副支部長の言い争い。

 これには順平は「あちゃー……」と気まずそうな顔。

 智磨が周囲をちらりと見てみれば、ケイト――副支部長を支持する支部員と美波――支部長を支持する支部員で割れていて、中には順平と同じく気まずそうにしている者がいるのを智磨は感じ取った。

 明確な対立構造に智磨は天を仰ぐ。


「第一、多くの怪討はあなたのように強くはありません。他の怪討の事をちゃんと考えられているのですか。二等怪討のあなたに、三等や四等の皆の気持ちを理解できるとでも?」


「それは関係ないわ。そもそも、怪討として怪異と相対している以上は、どの役割であろうと危険が付きまとうわ。その覚悟のないものが怪討になっているとは私には思えない」


 このやりとりから、智磨は“ケイトは四等以下の怪討を中心に支持を得ている”と理解した。



 坂本美波は今でこそ支部長という役職に就いて落ち着いているが、現場を多く経験して来た叩き上げで、二等怪討である。

 純然たる実力と実績を持ち、その上で支部での事務能力も買われて支部長という役職を任命されている以上、美波は現場と支部の両方を知る人間という意味で支部長に相応しい人材なのは間違いない。

 しかしながら、その分支部での事務をメインとしている四等以下の怪討にしてみれば、美波はエリート過ぎて“自分たちの事を理解してくれない”と捉えがちという面もあった。

 だからこそ、美波のいう“四等以下も総動員”という言葉には難色を示し、それに否定的なケイトには賛同しやすい。

 こうして対立構造が生まれた、と考えると智磨は頭を抱えたくなった。

 確かに、四等怪討には戦闘に不向きな人材が多く、彼彼女らを現場に送り出す事そのものには智磨としても完全な賛同ではない。

 そこは大前提としてある。

 しかしながら、“怪討である以上は、怪異と相対している覚悟を持つべき”という美波の考えには智磨は完全に同意であった。

 何も、怪異がいるかもしれないとわかっている現場以外にも、怪異の脅威は存在する。

 普段通りの日常生活を送っていたとしても、怪異の脅威に晒される事は珍しくあるが、ある事だ。

 そう考えるならば、現場を避けて支部に留まったとしても、怪異と相対する状況というのはある。

 そうである以上は、常日頃から怪異と相対する覚悟を持つのは怪討としては当然の事と智磨は考えていた。

 だからこそ――。



「――今、言い争ってる場合?」


 智磨は、その対立に口を挟んだ。

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