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弐/呪いの人形/壱

 あなたの後ろにいるの。

 そう言われてあなたは振り向くか。


 前を見るのは良い。

 前向きに物事を考える事も良い。

 じゃあ、後ろを見るのはどうだろう。


 後ろめたい事があるから後ろを向く。

 そうしてあなたも後ろを向く。

 それはきっと沙汰を待つため。



 二〇二五年二月一二日の昼頃。

 霊崎市立梅戸中学校二年三組の教室にて。

 世の中はバレンタインデーを二日後に控えて主にお菓子業界が盛り上がりを見せている中、そのような盛り上がりは関係ないと言わんばかりに水流城智磨は黙々と弁当に手をつけていた。

 相変わらずその中身は極めてシンプル。

 白いご飯とサラダチキンに野菜――あまりにも質素すぎる弁当に今日も今日とて「……いつ見ても凄いね」と成美がそんな感想を漏らす。

 智磨の弁当が常にそのような内容であるというのは、成美には百も承知の事実だ。

 しかし、そうであったとしてもそれが長く続いているという事実そのものに成美は驚いていた。流石に今日こそは変わるだろう、と思っていてその予想が毎度外れているのだから。

 かといって、今日も変わらない、とは予想しないあたりに自身の考えている事を信じてそれを簡単には曲げないという成美の気質が見てとれる。


「何? あげないよ」

 そんな成美の視線を“欲しがってる”と解釈した智磨はそのように言うが、「いや、欲しいとか言ってないから」とピシャリ。

 これには「美味しいんだけどなぁ」と智磨はやや不満な様子を見せる。

 大人びていて大人しい智磨だが、時折思わぬ所で年相応な若さ幼さを見せており、サラダチキンというのはその数少ない例の一つであった。

 その様子を見て成美は内心で“やっぱり智磨はおもしろい”と改めて実感していた。

 

 そのようなやりとりはさておき、である。

「そう言えばさぁ、“メリーさんの電話”って知ってる?」

 唐突に成美がそのようなことを口にした事によって智磨は心の内でスイッチを切り替えて、成美の親友としてではなく一人の怪討として成美の話を聞く姿勢を整えつつ、「まあ、話くらいは」と返す。


 “メリーさんの電話”とは、日本で有名な怪談の一つと言えよう。

 怪談系都市伝説、とも言われる。

 様々な派生形こそ存在するが、大まかな共通点としては“捨てられた人形”、“電話がかかってくる”、“徐々に近づいてくる”と言った所だろう。

 最も有名なフレーズと言えば、“あなたの後ろにいるの”であり、あえてここで区切る事によって恐怖の余韻を演出している――というものだ。

 つい最近智磨が相手した“学校の七不思議”――の“一三段の階段”――とは異なり、その舞台は学校に限らないという点において、前回とは話が大きく変わる。

 真夜中に学校へ行って対処できた前回とは異なり、今回はそれなりに街中を捜索、探索しなければいけないだろう――と智磨は考える。


「なんでアレってそこまで有名なんだろね?」

 そんな智磨をよそに成美はそのような疑問を口にする。

 何故この怪談が有名なのか、という点については確かに智磨も考えた事がなかった為に、「うーん……?」と暫し考え込む。

 とはいえ、怪異に対処する仕事をしている智磨はその手の知識も多少はある訳で、「もしかしたらアレかな」と口にした事で成美は「え、どういう事?」と首を傾げる。

 それを見た智磨は「じゃあ――」と口を開く。


「――見るなのタブーって聞いた事は?」

 これには成美は「うーん、ないかも」と返し、それを聞いた智磨は「じゃあ、そこから話そうか」と話の組み立てを考える。

「成美って、見るなって言われたら見たくなったりする?」

 智磨の問いかけに対して「うーん、するかも?」と成美は首を傾げながら答える。


 成美からしてみれば、禁止されている事は極力守ろうとするのは間違いなく、最終的に見るかと言われたらそれは否だろう。

 しかしながら、“見たくなるか”という意味であれば、それは肯定せざるを得ない――と成美は考えていた。

 その答えを予想していた智磨も「まあ、そうだと思うんだけど――」と続きを口にする。

「――そういう訳で理由はともかくとして人間って“するな”とか“見るな”って言われた時にやったり見たりしてしまうっていうのは万国共通なの」

「え、そうなの?」

「まず、“鶴の恩返し”は知ってるよね?」

 これには「うん」と頷く成美。

 それを確認した上で智磨は「あれも見るなって言われてたのに見たよね?」と問いかけると、成美は「あぁー!」と驚きの声を挙げる。


 鶴の恩返し。

 派生形は様々だが、主なパターンとしてはこうだ。

 老爺が鶴を助けた後に、その老爺のもとに若い女性が訪ねて来る。

 その若い女性は「布を織るので絶対に見ないで下さい」と別室で布を織り始める。

 気になった老爺が様子を見てみれば、かつて助けた鶴が布を織っていた。

 正体を知られたから去らねばならない、と鶴は老爺の下を去った。

 老爺が若い男性だったり、その若い男性と鶴の二人で世帯を持つといったアレンジが加わる事もあるが、大元は“見るなと言われたのに見てしまった”という話である事には間違いない。


「この見るなと言われたのに見てしまうって話は他にも色々あって、日本神話だとイザナギとイザナミの話、ギリシア神話だとオルペウスの冥界下りの話あたりは神話好きとかだと有名かもしれない。この二つはどちらとも死後の世界から帰る途中で約束を破って見てしまった、という共通点がある。不思議だよね。日本と古代ギリシアって接点ない筈なのに」

 思った以上に興味深い話となった事に「お、おう」と成美は若干圧され気味になりつつも智磨の話そのものに惹き込まれていた。

「他にも、浦島太郎なんかも、玉手箱の中を見てしまったり。本当に似た話が多いよ」

「おお、ホントだ。――でもなんでそれがメリーさんと関係あるの?」

 智磨の話に感心しつつも、成美は本題に引き戻すパスを出す。

 確かに、成美は見るなのタブーそのものに感心してはいたが、大元の本題は“メリーさんの電話”である。

 メリーさんの電話の中には“見るな”という要素は特段ない。

 だというのに、なぜ智磨は見るなのタブーを引き合いに出してきたのか、という点が成美には疑問だった。


 その至極尤もな問いに対して智磨は「それは――」とその疑問すら予想していたかのように、さらりと続きを口にする。

「――日本人はモノを捨てる事に抵抗感を感じるからだよ」

 その一言に成美は首を傾げる。

 その様子を見た智磨は言葉をつけ足していく。

「つまり、無意識に“捨てるな”って命じられているように感じてるって事。つまり、人形を捨ててしまった時点で、命じられてもいないのに“捨てるな”という約束を破った、タブーを犯した――って解釈する事になる」


 日本には古くから“もったいない”という言葉が存在している。

 今では“むやみに費やすのは惜しい”――つまりは“物の価値を十分に生かし切れていない”状態の事を指す言葉として知られているが、古くは“神仏や貴人に対して不都合、不届きである”だとか“畏れ多い”といった意味も持っている。

 つまり、“物の価値を活かし切れない”事というのは、“神仏や貴人に対して不都合、不届き”であり、“畏れ多い”事であるとも言える。

 これを前提にして考えれば、“物を捨てる事”というのは忌避するべきものとも解釈でき、“見るなのタブー”の派生形であるとも捉える事ができる。


 回りくどい説明ではあるものの、成美自身も物を捨てる事に対しては忌避感があるのは事実であり、「そう言われたら、確かに……?」と一応の納得をする。

 そんな成美の様子を見ながら智磨は「それに――」と付け加える。

「メリーさんの電話って、大体の場合、最後が“あなたの後ろにいるの”で終わるよね?」

「うん、そうだけど……?」

「そう言われた時、振り向きたくならない?」

 その一言に、成美は背筋がぞっと冷えるのを感じた。

 メリーさんの電話においては、確かに”見るな”とは言われていない。

 状況的に“あなたの後ろにいるの”と言われて後ろを振り向くのはあまりにも無謀が過ぎる。

 しかしながら、そういう前提が事実上の“見るな”という命令に等しく、“見るな”と言われた場合にそれを破って見てしまう――というのは、ここまで説明された成美にはあまりにもすとんと腑に落ちたのだった。


「こわ、ゾクっとしちゃったんだけど智磨」

 寒い冬、二月だというのに換気のために窓が開いている為教室内も冷えている。

 元々冷えているからゾクっとする――身震いしているのではないか――という問いはあまりにも無粋である。

 少なくとも、智磨の話を聞き終えた成美の身体が震えたのは事実であるし、その話が怖いと感じたのも事実であった。

 そんな成美の様子を見て智磨は「楽しんでもらえたようで何より」と笑みを返す。

「推測混じりだけど、こういう事じゃないかな」

「ホントかどうかはともかく、説得力凄いね……」

 実際の所、どうして有名になったかについての明確な答えは存在しない。

 故に、結果として有名になったのだからその結果から推測するのが精一杯である。

 智磨が口にした事というのも単なる一説に過ぎず、どこかには本当の答えがあるのかもわからない。


 だとしても、真実を知る事は最早ない。

 怪異が実在し、怪異にとって都合が良いように怪談を広め、自身の力に変えているという現実が変わらない限りは。

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