付/山の侵略者/参
二○二五年の夏は夜も暑い。
異常気象とも称される程の暑さが最早毎年恒例となり、夜に好き好んで外出する者というものも少ない。
勿論、怪異を討伐する為に現在進行形で御鷹山の山道を巡回している智磨と風香もできる事なら家で涼んでいたい。しかしながら、怪討という立場である以上、危険な怪異がいるというのなら対処しなければならない。
汗を拭いながら、智磨は「ところで風香」と風香に声をかける。
同じく汗を拭いながら風香は「何?」と返す。一体、智磨がどのような事を尋ねようとしているのかわからず、首を傾げる。
「風香っていつから怪討やってる?」
智磨がそう問いかけると「えっと……」と少し考える素振り。
頭の中で指折り数えて「大体三年前の中学二年生の頃、かな……」と返す。
それは、風香にとっては忘れもしない出来事。
「ある日突然、この翼が生えて瞳も金色になっちゃって。それから急に怪討として訓練をつまされたって感じかな……」
「……生まれつきじゃなかったんだ」
そのような智磨の感想に対して「そうなんだよね」と風香は頷きつつ、言葉を重ねる。
「なんか、中学二年生位の歳が一番そういうの起きやすいってのは聞いたよ。中二病か何かかな?」
「烏天狗の血を引いててもそういう感じなんだ」
「そうそう。だってお母さんは翼生えてないし、四等怪討で事務員やってるもん」
怪討には特等を頂点に、次点を一等、以降は二等、三等、と等級が繰り下がっていく。
その中で四等というのは怪討の等級の中では最も低く、殆どの場合は非戦闘員の事を指すと言ってもいい。
言ってしまえば、怪異の類が見えるだけ、一般的に言われる霊感があるだけ――といった具合の人間がここにあたる。
そう言った人間は怪異を討伐する戦闘能力こそないが、怪異の存在を知ってしまっている者として、怪異の存在を事務的に隠蔽したり戦闘員の支援を行う事で、間接的に怪異の討伐に協力している立場にある。
四等怪討も全日討としては貴重な人員に違いないのだが、烏天狗として目覚めて二等怪討にまでなっている風香の母が四等怪討で事務員をしている、という事実は確かに智磨にしても「それは意外」という感想を引き出すに至る。
「でしょ? だから、私のこれは隔世遺伝らしいけど……将来、子供産んだ時に子供も烏天狗だったりするのかなあ」
「……気が早過ぎない?」
風香の言葉に対して、智磨は端的にそう返す。
二人ともまだ一○代半ば。
高校二年生の風香は確かにあと少しすれば結婚も可能な年齢にはなるが――とはいえ、人生はまだまだ長い。
そういう話をするのはまだ早い、と素直な感想を漏らす智磨はご尤もと言えよう。
しかしながら、風香はそんな智磨に対して「いやいや、大事だって」と反論する。
「だって、私の子供が仮に烏天狗だったとしたらこんな事やらせたくないもん。というか、今の私がやりたくないし」
風香の言葉を聞いて「あー……」と智磨は声を漏らす。
「確かに、それはそうかもね。子供持ちの怪討を知ってるけど『頼むから我が子は怪異に絡まれないでくれ』といつも願ってる人は知ってるなあ……」
「やっぱりそうでしょ!」
智磨の言葉に深く頷きながら風香はそう言う。
「いやでも、まだ子供産むには早過ぎでしょ……」
「それはそれ、これはこれ!」
あまりにも子を産む事について積極的な風香の様子に智磨は「えぇ……」と困惑するのみ。
そんなにも積極的な風香を見たものだから、智磨も「何。男でもいるの?」とつい尋ねてしまう。
これに対して「え、なんでわかったの?」と驚いた様子で風香が返す。
――それは冗句のつもりだろうか。
智磨はそう口に出しかけるのをぐっと堪える。
恐らく本人は隠しているつもりだったのだろう、と察しての事である。
バレバレである等と指摘して良いものか、と一瞬考えてから――最終的には数瞬程度の思考時間を経て「いや、なんとなく聞いてみただけ」と誤魔化す。
無理があるだろうか、と思った智磨だったが「そっか、なんとなくなら仕方ないか」と誤魔化された様子。
本当にこれが年上だろうか、と不安に思いつつも智磨は風香の言葉に耳を傾ける。
「まあ、一応付き合い始めてまだ一か月も経ってないけどね。それに、翔は夏大会とかもあって、特にデートとかも行けてないんだけどね」
翔、という名前が出てきてそれが件の相手なのだろう、と智磨は察する。
智磨は色恋沙汰とは無縁である。大事に思う相手、という意味では一人の友人を真っ先に挙げる事ができるが、同性である。
昨今はそういうものもある、とは知ってはいるものの自身の感情が果たしてそう言う意味だろうか――と考えると、智磨としてはあまりよくわからない、というのが本音であった。
ともかく、そういう感情については明るくない智磨からすれば、こうして惚気ている風香を見て「楽しそうだね」と素直な感想をポツリ、と漏らす以外に言葉が見つからない。
「まあね。ところで、そういう智磨は?」
そして、案の定。
風香からはお返しとばかりにそう尋ねられるが、これに対して智磨は「今はそこまで興味がないかな……」とさらりと受け流す。
これに対し「えぇ、ホントに?」と風香は食い下がる。
しかしながら智磨は「ほんと。そもそも、相手がいたところで暇がないし」と口にすれば「え、そうなの?」と風香が尋ねる。
話題が逸れた、と確信しながら智磨は「うん、暇なんてないよ」と言って自身の事情を口にする。
「これでも、物心ついた頃から怪討の訓練を受けて来てるし、二桁になるより前に特等怪討だから。毎晩、怪異を討伐するから夕方は胃貴重な仮眠時間だよ。遊びに行くとか無理だって」
智磨がそう言うと「え、ほんとに……?」と困惑する風香。
風香からすれば無理もない。風香の場合は中学二年生からの三年間しか経験していない事を、眼前の自身より幼い少女がもっと長い間怪討として怪異を討伐していたと聞かされているのだから。
そんな風香の様子に智磨としては「あー……」と“またやってしまった”とやや後悔の念を抱く。
智磨にとっての普通の生活、というのは怪討として怪異を討伐する日々がすぐ傍にある状態である。
勿論それが非日常であり、学校での生活の方が日常であるという一般的な事実は理解している。
理解してはいるのだが、やはり体感としては自身が経験してきた事の方が普通となるのは無理もない。
その為、自身の経験を話す事で周囲がどのように思うのか、と言う点についてはどうしても鈍感な部分があり、智磨としては気を付けているつもりであったが、漏れ出てしまったという訳だった。
「ごめん、そんな空気にするともりはなかった」
「こっちこそごめん。私、怪討の歴そんなに長くないから……」
真っ先に智磨の方が頭を下げると、それにつられて風香も頭を下げる。
こうして互いに頭を下げ合う謎の時間の後に「それはそうと」と風香は空気を切り替えようと口を開く。
「ところで、その格好は何なんです? なんか安っぽい感じするかコスプレ用のだと思うんだけど」
風香のその問いに対して「あぁ、これ?」と智磨は服をひらひらと指で揺らす。
「真鈴が用意した仕事着。これ着とけば、少なくともどの学校の生徒が夜出歩いている、と特定されないから」
「いやでもなんでコスプレ……?」
「私服持ってないし、考えなくて済むからラクなんだよね」
「……あぁ、うん、そう……」
智磨の様子に風香は内心で“そうかな、そうかも……”と流されていた。
実際、これについて否定的な意見を口にしようものなら、風香の着ている山伏を思わせる格好も似たようなものと言われかねない――というのも、多分に含まれていた。
そんな他愛のないやりとりをしている最中の事だった。
唐突に、二人とも表情が真剣なものとなる。
それとほぼ同時に無線が入る。
『札の六番に反応ありだ』
真鈴の端的な言葉。
それを耳にした智磨が「わかった。現在三番付近。反応が動いたら逐次連絡お願い」と動じる事なくそう返してから「それじゃ、行こうか」と風香に声をかける。
その言葉に風香は「えぇ、わかったわ!」と答えて背にある翼を大きく広げ、地を蹴り駆ける。
物理法則的に考えれば、風香の背にある翼はデッドウェイトもいいところだろう。
しかしながら、その翼は烏天狗――つまり、怪異のもの。一般的な物理法則が働くようなものではない。
翼を有する怪異の多くは身のこなし、素早さという点で優れているという傾向があり、風香もその例に漏れない。
疾走する速度は一般成人男性の平均はおろか、世界の頂点と比較しても尚速い。
凡そ、人類が生身で出せる速度を優に超えている。
この点において、今井風香という怪討は二等怪討の中でも上位に位置し、将来的には一等怪討となり得る人材であると智磨に感じさせるには十分なもの。
しかしながら、智磨は翼がなくとも風香の出す速度には余裕をもって対応できる。
これは有している奇力の差と言う他ない。
他の怪討では考えられない程の奇力を自由自在に操る事で、烏天狗の疾走にも劣らぬ速度を智磨は叩き出していた。
その事実に風香が「……マジで?」と声を出し、それに対して智磨が「ま、特等だからね」とあっさりと返す。
そんな短いやりとりの最中に『対象は札六番付近から七番付近へと移動。追いつけそう?』との真鈴からの通信。
しかしながら、智磨はこれに対して「大丈夫。もう六番。そろそろ接敵する」と口にする。
ちらりと風香はスマホで現在位置を見てみれば確かに二人とも六番の札がある近辺には到着していて、七番の札の近辺まであと少しと言った所。
画面を見ずに現在地を確りと把握しちえる智磨に対して驚きつつ、風香はスマホをさっとしまう。
そして、そこから数秒もせずに二人は七番の札の周辺に到着し、そしてそこにいるものの姿を目視する。
「――目標到着。……あれは――」
智磨が無事に七番の札のある場所に辿り着いた事を口にしつつ、眼前の光景を前に言葉をそこで切る。
風香も同様に、開いた口が塞がらない。
眼前に広がっている光景、そこには倒れ伏せる天狗二人と、今まさに何者かによって首根っこを摑まれている天狗が一人。
そして、その何者かはあまりにも小柄。
体型としては小太りで頭頂部には輝きが見える。
そんな何者か、は徒党を組んでいてこの場には五人のそれがいた。
その姿形について、二人とも知識としては知っていた。
しかしながら、実際にこうして山の中でその姿を見るのは極めて珍しく、特に風香は「まさか本当にいるなんて……」と、要は初めて見たと暗に口にする。
そんな風香の様子はさておき。智磨は「ねぇ」とその何者かに声をかける。
「最近、ここで天狗を襲ってるのはあなた達でいいのかな。山童」




