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壱/一三段の階段/肆

「――布津丸、感じる?」

『応とも。確かに感じるぞ我が使い手』

 午前二時。梅戸中学校の校門前にたどり着いた智磨がそう呟きながら、手元に得物――布津丸をその場に出現させながら片手でそれを握る。

 それに合わせて布津丸も智磨の問いかけに確りと答える。

 やはり、丑三つ時になれば悪霊の類が活性化し、昼間には感じ取れなかったものが感じ取れる――つまり、今なら討伐できるという事を示していた。

 こうなれば、後は討伐するだけ――の筈なのだが、智磨は「ん?」と首を傾げる。

 そして、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませてみれば――その表情が険しいものへと変貌し、目が青白く輝く。


「急ぐよ布津丸」

 智磨はそう口にしながら地を蹴り跳躍する。

 静止状態からの跳躍にも関わらず、その高さは校門の高さを優に超え、彼女の身長よりも高く飛び上がる。

 立ち高跳びの公式世界記録が一メートル六五センチとされているが、それをも遥かに超えて二メートル程飛び上がり、校門の向こうへと着地する。

 そして、校舎の壁へと駆けて行ったかと思えば、今度はその壁を蹴って上へと駆けのぼる。


 怪討の身体能力は常人のそれを遥かに上回る。

 奇力が作用する事によって常人離れしたそれを手に入れている、とされているものの明確な原理は解明されていない。

 しかしながら、事実として水流城智磨という少女は世界記録をも遥かに超えた身体能力を持っており、その力を持って智磨は校舎内に入る事なく外から学校の屋上へと辿り着いた。

 そして、屋上と校舎内を繋ぐ出入口へ向かい、ドアノブに手を当てる。「開け」と乱暴に命じれば、並外れた奇力によって強引に鍵がカチャリと開いて、智磨は校舎内へと飛び込む。


 そして、眼前には今にも一三段目に足を伸ばそうとしている女子生徒が一人とその場に浮いている悪霊が一体。

 女子生徒の方の眼は虚ろで正常な状態ではないのが傍目から見ても明らかであった。

 それを見た瞬間、智磨は更に強く地を蹴り女子生徒に飛びつく。


 二人の身体は宙に浮き、智磨は自身が下敷きになるように空中で姿勢を整え、背中から階段下へと着地した。

 本来ならば負傷待ったなしのアクションではあるが、着地した直後に智磨は女子生徒をその場に寝かせて屋上をキリと睨みつける。

 特等怪討がその程度で負傷する筈もなく、ただその場にいる敵を見やる。

『ジャマ……スルナ……』

 悪霊は女子生徒を食らい損ねた事で機嫌を損ねたのか、その存在感をより強く放つ。薄ぼんやりと浮いていたそれが輝きを放ち始め、その力を周囲に誇示し出した。

 これは、並の怪討であれば怯む事もある上に、一般人であれば中てられて先程の女子生徒のように正気を失ってこの悪霊の餌になるという恐ろしい行為である。


「――それが、何?」


 だが、特等怪討である水流城智磨にはそれは児戯に等しい。智磨にしてみればただ輝いているように見えるだけである。

 悪霊にとってみれば唯一にして最大の武器を用いたにも関わらず、相手にはその影響が一切見られないという状況。

 これは、悪霊からすれば『ナ……ニ……!』と驚愕の声を漏らす以外にできる事はない。


 驚いている様子の悪霊を睨みつけながら、右手に持っている布津丸の切っ先を悪霊の方へと向けると「一応、聞いておくけど。今回の件、あなただけ?」と尋ねる。

 今回の件、もともとは“学校の七不思議”が学内で流行り出したと智磨が成美から聞いたというのが切欠であり、その中で“一三段の階段”が最も流行っているらしい、という事もあって智磨はもともと屋上から確認していくつもりであった。

 とはいえ、他の怪談もある以上はそれも確認しておきたい、というのが智磨の本音。

 虱潰しに学内を探索すれば良い話ではあるが、少しでも時間短縮できないか、と智磨は考えていた。


『知ラヌ!』

 だが、眼前にいる悪霊は智磨の期待に応えられない。

 悪霊というのは程度こそあれ、明確な形を持たない以上は複雑な思考回路を持ち合わせていない。

 真夜中に一般人へその力を中てる事で自らの餌に変える、という狡猾な手段を用いている割には“嘘をついてでも延命しよう”といった思考をする事はあまりないとされていた。

 ダメもとではあったものの、期待外れでシンプルな回答に「あ、そ」と淡泊な感想を口にする。


『食ラウ食ラウ食ラウ!』

 より一層強い輝きを放つ悪霊、だがそんな輝きに対して左手をかざすだけでそれを霧散させる。

 これには『ナン……ダト……!』と悪霊が漏らし、その間に智磨は地を蹴り階段を使わずに一三段目へ、悪霊のもとへと迫る。

 垂直跳びで二メートル跳躍したり、壁を蹴って屋上までたどり着けるような身体能力で行われたそれは、人間離れした速度を叩き出す。

 そんな速度に悪霊が対応できる筈もなく、悪霊が何かしらの動作を起こすよりも先に智磨が布津丸を両手で握り直し、振るう。


 太刀筋が青白く煌く。

 悪霊はその一太刀で両断される。


『グ、オォ……! ソンナ、消エ――!』

 両断されてから悪霊は事態を理解した。

 だが、“消えたくない”という願望を口にする間もなく、霧散するのが先だった。

 そんな悪霊が霧散していく様子を智磨は無感情に見つめる。

 智磨にとってみれば、悪霊なんて存在は単なる害虫みたいなものだ。

 討伐する事に対して特別な意識はなく、智磨にとってみればある意味では日常だ。

 しかしながら、人間社会において一般的に広まっている原理や理論では説明のできない存在は、やはり隠匿されなければ日常そのものが脅かされる。

 それを理解しているからこそ、智磨は怪討として非日常のものを日常から排除し続けている。


 ――さて、それはそれとして。


「……どうしようかな、これ」

 智磨はこれからの事について少し頭を悩ませる。

 屋上から強引に校舎内に入ったせいで、思いっきり土足で校舎内に立ち入ってしまっている。

 更に言えば、悪霊の被害に遭いそうだった女子生徒もすぐそばで眠っているとあれば、異常事態にも程がある。

 女子生徒の記憶を調整したとして、智磨にはこの女子生徒がそもそも誰なのかがわからない。そこへ、智磨の持っていたスマートフォンが振動し始める。

 両手で握っていた布津丸を左手だけで持ち直し、右手でスマートフォンを持ち画面を見てみれば着信を示していた。

 受話ボタンを押下してみれば、『お困りかな特等』と言う声が智磨の耳に届く。

「――タイミング良過ぎだよ真鈴まりん

 智磨はほっと安心したように声の主――真鈴と呼ばれた女性――にそう返せば、『そらもう、何年の付き合いよ智磨』と笑いながら答えた。



「後は、私は適当に交番までこの子を運べばいいかな」

 屋上からの侵入の痕跡を智磨と真鈴の二人で消し、学内には他の怪異の気配すらない事を確認し終えた後。コスプレ用の巫女装束姿の女性――稿科わらしな真鈴は自身が梅戸中学校の前まで乗って来た白い車――車体前方の左右二つずつある丸形ヘッドランプが印象的――を指し示しながらそう言った。

 智磨にコスプレ用学生服という入れ知恵をした張本人であり、自身は非常に多趣味なマイペースな人物であった。

 真鈴の乗って来た車というのも、九〇年代のスペシャリティカーでたまたまこの車を所有している、では済まされないマニアックな車である。


「……新しい車あるならそっちで来ればよかったでしょ」

 そんな真鈴に対し、智磨は“救助した女子生徒を乗せるつもりがあるのなら、そのような古い車ではなく、新しい車で来た方がよかったのではないか”と暗に言う。

 真鈴は今回乗って来た車とは別に、新しい車も所有する位に車好きであった。どちらともラリーの世界選手権のベース車両という共通点こそあれど、新しい車の方が人を乗せるには適しているのではないか、という智磨の考えは至極尤もと言える。

 しかしながら、「いやいや」と真鈴は否定する。

「車っていうのは適度に走らせないと機嫌を損ねちゃうからね。今日はこの子の気分なの」

 そう言いながら、真鈴は顔を赤らめながら愛車のボンネットを撫でる。

 その様子を見た智磨は「……そ、そう」と返しの言葉を思いつかずじまい。

 “適度に”などと真鈴は言っているが、智磨は知っている。

 真鈴は今日の車を大層気に入っていて、新しく買った車の方こそたまに走らせているという事実を。

 更に、この車に不具合が生じた場合には、数少ない同車両を持つ他オーナーに対して考えられない程の大金を積む事でパーツを融通してもらう位に偏愛している事を。


 そもそも、九〇年代の車を偏愛しているという事は、余程の事が無い限りはその頃には生まれているという事になる。

 真鈴は智磨に実年齢を告げていないものの、該当車種が生産されていた時期というのが九三年から九九年まである事から、ある程度の絞り込みができていた。

 そんな不思議な人物ではあるが、怪異を討伐した智磨と協力しているあたり常人である筈もなし。


「まあ、交番の方の対応も任しておいてよ」

「頼んだよ真鈴一等」

 一等。

 それは、怪討の中でも上澄みの中でも上澄み。

 智磨ら特等という特例を除けば怪討の中でも最も優れた存在。如何に特殊な趣味嗜好を持っていようとも、智磨が信頼するに足りる人材であった。



 同日。正午過ぎ。

 梅戸中学校にて。智磨は相変わらず眠そうな顔で弁当の蓋を開けていた。

 そんな様子を見ながら近くに寄って来た成美は「相変わらず眠そうだね智磨」と声をかけながら近くの席に座り、自らも弁当を開ける。

 その中身は相変わらず智磨のものは質素でシンプルであり、成美のものは確りと手間のかかっているものであった。


「そう言えば、うちの部の先輩が夜間に保護されたらしいんだよね」

 眠気に耐えながら空腹を埋めようとしていた智磨の耳に、成美からのその言葉がすっと入る。

 僅かに眠気が飛んで集中して成美の話を聞こう、と智磨は自身のスイッチを入れながら「夜間に?」と何も知らない振りをする。

 夜間に保護された、と言う文言から恐らくは真夜中に智磨が保護して真鈴が交番に送り届けた女子生徒の事だろう、と察してはいるものの、成美は怪討の事など知らない。

 まさか智磨がそれに関わっている等と成美に察せられる訳にはいかない、と智磨は隠し通していた。

 そんな智磨の苦労を知る由もない成美は「うん、夜間に」と智磨の問いに応えつつ口を開く。


「なんか階段上ってる夢を見た、って先輩言ってたんだけど、やっぱりこれって――」

「まあ、そんな夢もあるでしょ」

「――最後まで言わせてよ!」


 言わせるものか。と智磨は口には出さずともそう考えていた。

 成美は確かにそういう噂で智磨に情報をもたらす存在でもあるが、成美自身も交友関係が広くて自身が噂の広まる元凶になり得る存在でもあった。

 つまり、智磨は成美の口もある程度は制御しなければいけないのだった。


 ――美波め。厄介な娘を生みやがって。


 内心でそう思いながらも、成美とのやりとりに智磨は笑みを浮かべる。

 智磨にとっての日常とは、やはり成美との下らないやり取りにあるのだった。

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