付/山の侵略者/壱
本編終了後の後日譚を5日連続で更新致します。
宜しくお願い致します。
二○二五年八月四日。午前九時。
今年の夏は暑い――なんて言葉が毎年のように言われているが、この夏はその中でも別格と言わざるを得ないだろう。
気温にして三五度以上――猛暑日の日数は数え切れず。
救いがあるとすれば、学生たちにとっては元々八月は学校が休みという点だろうか。
しかしながら、彼女――水流城智磨にとって夏休みは休みではなく仕事をする日という認識になっていた。
特等怪討である水流城智磨は、怪討の中でも特に秀でた怪討である。
その為、本来ならば広い地域の怪異に対処する為、要請があればすぐに移動して、その地域の怪討を討伐するという役割がある。
しかしながら、智磨はまだ中学生。
遠方の怪異を討伐する場合は物理的に日帰りは難しく、そうなると学校を休むなんて事も大いにあり得るのだが、それが繰り返されると流石に一般人からは疑いの目を向けられる、というもの。
その為、智磨は普段住んでいる霊崎市という限られた地域を担当する事として、代わりに長期休暇の間は霊崎市の外にいる怪異を討伐する、という事になっていた。
――つまり、この夏休みの間は智磨にとっては休みではなく仕事、という事になるのだった。
「……で、今回行くところはどこなの?」
長年の付き合いである藁科真鈴の運転するクルマの助手席で、暑そうにしながらそう尋ねる。
このクルマ、真鈴の趣味によって空調の類は一切合切取り払われた走り特化仕様である。
つまり夏は暑く、冬は寒い。長年の付き合いでもう慣れっことはいえ、この炎天下でこれは流石に智磨としても勘弁して欲しい、と思っている所であるが、改善される見込みはない。
空調問題はともかくとして。
智磨の「どこなのか」という問いに対して運転している真鈴は「御鷹山よ。今回は近いでしょ?」とウインクしてみせながら答える。
クルマの趣味と言い、言動といい推定アラサーである事が智磨にはわかっているため、いくら見た目が若かろうと内心で「うわきつ……」と思いつつも口に出すのは堪える。
御鷹山。
T都にある標高六○○メートル弱ほどの山。
気軽に登山が楽しめる事や周辺の食事処が美味しい等、観光地としても知られる場所だが怪異に明るい二人にとってはそのあたりはあまり関係ない。
天狗の伝承。これに尽きる。
怪異という存在の中には一般的に言われる妖怪の類も含まれる。つまりは御鷹山に伝わる天狗というのもまた怪異である。
ただし、怪異と言ってもそれが即ち討伐する対象と言う訳ではなく、人間社会に対して何らかの害を与える存在に限って討伐するというのが、智磨たち怪討の仕事である。
であるならば。怪異の中にも智磨たちと同じく怪異を討伐してくれるものというのも存在する。
それが、御鷹山にいる烏天狗である。
古くから人間との関りを持っているとされ、怪討の組織が今のように確りとしていなかった時には、御鷹山周辺では烏天狗が他の怪異から人々を守っていた、と全日本怪討組合――略して全日討――では伝わっている。
つまり、普段であれば智磨が赴かなくとも現地の烏天狗に任せれば済む筈なのだが、それでは対処できない事が起きたのだろう――という所まで智磨は考える。
「まあ、なんでもいいけどさ……なんで冷房のある方使わないのさ真鈴」
とりあえず、現地についていないときからあれこれ考えても仕方ない、と考える事を一先ず智磨は放棄する。
そして、恨み言を真鈴に投げるのだが、これについては「だって今日はこっちの気分だったし」と涼しい顔――実際には、それなりに汗をかいていて彼女も暑い事がよくわかる――で返された事により彼女は聞く耳を持たないと理解する。
はぁ、と落胆のため息をつきつつ、窓からの風景に目をやり気を紛らわせるのだった。
同日正午前。
T都南西部にて。
現地の全日討の支所に着いた二人を出迎えたのは一人の小太りした中年男性だった。
「いやぁ、待ってたぜ真鈴。胃変わらずクルマの趣味がいいじゃねえか」
「そちらこそ、良い趣味してますね。やっぱり八○から九○年代のクルマっていいですよねえ」
到着して早々、真鈴と中年男性の二人で盛り上がってしまい、智磨は取り残される。
同様に、もう一人の現地の怪討である少女も話についていけていないようで、智磨を気遣ってか「えっと、大丈夫……?」と声をかける。歳は智磨よりも僅かに上、といった具合。
私服だからわかりにくいが、少なくとも下ではないだろう――と智磨は考えながら「大丈夫。真鈴はいつもああだから……」と言えば、少女も似たような経験があるのか「あぁ……なるほど……」と納得する様子を見せる。
それはともかくとして。
「私は今井風香。二等怪討よ。あなたは?」
勝手に盛り上がっている二人を放置して、少女――今井風香は手を差し出しながら智磨に対してそう名乗る。
その名前が、直前に真鈴から渡された資料に載っていたものと一致している事を脳内で確認し、その手を取りながら智磨も名乗る。
「水流城智磨。特等怪討。今回は宜しく」
「うん、よろし……え、特等?」
智磨の言葉に驚いて目を丸くする風香。その様子に智磨は内心で「まあ、そうなるよね……」と呟く。
特等怪討、水流城智磨という名前自体は全日討内部には広く知れ渡っている。特に、智磨のいるK県を含む関東圏では、である。
しかしながら、名前は知れ渡っていても姿形、容姿についてまで知っているものはそう多くない。
表立って行動している組織でもない為、広報のような存在がいる訳でもない以上、個々人の活躍について改まって周知したりといった事もない。ただ、噂で伝え聞く程度でしか情報が行き渡らないのだ。
だから智磨の眼前にいる風香は、噂では聞いていた水流城智磨特等怪討という存在が自身よりも幼いという事を初めて知り、驚いたという訳だった。
「で、コイツが噂の?」
「そう。彼女は水流城智磨。特等怪討よ」
先程までクルマ談義していた二人も本題に入ったようで、男性が智磨を見ながら真鈴に尋ねると、真鈴がそう答える。
こちらは「へぇ……確かに、普通じゃねえな」と智磨を見ながらポツリと呟く。これに対し真鈴が「でしょ? 最近ちょっと大きめの怪異とやりあってから、更に凄みが増してるんだから」と気分良さそうに補足する。
大き目の怪異――というのが、今年の二月末から三月頭にかけての出来事、成美の一件の事を指している。
智磨はこれまでも十分に怪討としての力を発揮していたのだが、この件を経て大きく成長した――と自他ともに感じていた。
まずは、精神的な安定。
元々、歳不相応に落ち着いた性格ではあったものの、その若さ幼さからくる不安定さは見え隠れしていた。
しかしながら、例の件によって成美という友人の事を大事に思っている、という感情を自覚してからは感情に振り回される事が大きく減り、年相応な言動が増えた代わりに精神的にはより大人になった――と真鈴から智磨は聞かされていた。
次に、切り札の存在。
例の件で智磨は愛刀、布津真理の擬装解除による真名回帰を完全に会得していた。
これにより、布津丸を本来の姿――布都御魂と呼ばれていた頃の巨大な直刀――へと変じる事が可能となった。
勿論、これはあくまでも切り札であり、普段使いするようなものではない。しかしながら、いざと言う時に使える選択肢ができた、というのは精神的な安定に一役買っている。
元々、特等怪討と呼ばれるだけあって全ての怪討の中でもトップクラスに元々強い彼女であったが、彼女なりに成長する機会に恵まれて、さらにその実力が向上したというのがこの春の出来事――という訳だった。
この場にいる風香と男性からすれば、智磨がそのような出来事を乗り越えてきた、という事を知りはしないのだが、力量に関して言えば実際に手合わせるするまでもなく理解できていた。
怪異及びそれに対抗する怪討は普段から微弱ながら奇力を身体から発している。
厳密に言えば、この世界のあらゆる生物から発せられているものだが、他者がその奇力を感じ取れる程の量が密度となっているのが、怪異や怪討という意味である。
だからこそ、怪討は近くにいる怪異の存在を確りと感じ取れ、逆に怪異も怪討から逃げる為に怪討から発せられる奇力を感じ取ってその場から離れる――なんていう事が起こり得る。
こういった都合もあって、智磨はかつて真鈴の用意した特殊なファウンデーションによってこの身体から発する奇力を抑える事で、一般人を装い怪異をおびき寄せる、なんて作戦も行われたりした訳である。
それはともかくとして。
つまり、怪異や怪討の力量については、この身体から発せられる奇力の量や密度によってある程度は測れる。
この奇力を測る機会や物差しのようなものはない為、あくまでも個々人の感じ取り方に依存するものではあるが――風香と男性は、この智磨から発せられる奇力はこれまで感じた事のない奇力であると感じ取っていた。
一方で。
今井風香は、ぼんやりと真鈴にされるがままにされている智磨の姿を見つめる。
――これが、特等怪討の力……。
風香にとって、彼女の思う最強の怪討というのは、師匠と呼ぶこの場にいる男性の事だった。
見るからに中年男性といった体型で、だらしなく見えるが怪討としての修行の一環として手合わせした際には一度も歯が立たなかった事を今でも明確に思い出せる。
修行や実戦経験を積んで来た今であれば、その当時と比べればまだ善戦できるだろう――と考えているものの、それでも善戦止まり。勝てる、とはまだ思えていない。
それにも関わらず、この水流城智磨という少女はその師匠よりも量、質ともに奇力で優っているというのが彼女にとっては驚きでしかない。
風香の身長は一六○センチメートル前後。日本の成人女性の平均よりはある、といった具合だが、智磨に関して言えば一四○センチメートルと少し。身長差にして約二○センチメートル。
大人と子供、とも言える身長差だが、実力差で言えばその逆――いや、その程度では収まっていない。
仮に師匠と自身が組んで智磨と二対一で手合わせをしたとしても、敵う相手ではない――と風香は悟っていた。
「さて、自己紹介も済んだ事だし、そろそろ本題に入らない?」
そんな中、真鈴がそのように口にする。
藁科真鈴についても風香は知っている――というより、師匠から同じクルマ好きという事で聞かされていた。
一等怪討、という肩書きは伊達でなく、彼女も相当な手練れである事が風香にはわかる。力量にして師匠と同等と言った具合。
この場に集まった四人の中で、一番劣っているのが自分であるという事実に内心で「はぁ……」とため息をつく。
そんな風香に気づいてか、あるいは気づかないながらも「大丈夫?」と智磨が尋ねる。これに対し風香は「うん、大丈夫。ありがとう」と返す。
そんな二人のやりとりを見て、真鈴と師匠がなにやらほっこりしたような顔をしてから、師匠が「そうだな。本題に入ろう」と口にする。
――御鷹山に特等と一等という特記戦力を呼び寄せた理由。
――そして、これから対処しなければならない脅威。
四人とも、自然と真剣な表情に切り替わったのだった――。
作者より。
本日より5日連続更新で後日譚を投稿致します。
スピンオフである新作
『JK烏天狗は平凡な生活を望む』
https://kakuyomu.jp/works/16818792439762882263
と関連した話ですので、そちらも併せて読んで頂けたら幸いです。
次話は09/30 8:10に投稿予定。




