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伍/怪討のツルギ/壱

 それは新しい怪異。

 それは新しい怪談。

 最後発の神話たち。


 だがそれは単に知らなかったというだけ。

 誰もがそれを見ようと思わなかっただけ。

 それは確かに昔から存在していた。


 そうして彼らは雪崩れ込む。

 既存のものを蹂躙すべくやってくる。

 それは間違いなく侵略行為である。



 それは、あまりにも唐突だった。

 二月二七日の早朝。

 智磨は普段通り深夜の街を徘徊して怪異による影響を未然に防ぎ、学校に行くまでの間の仮眠の途中。

 けたたましく鳴り響く着信音に苛立ちを覚えながらも智磨は電話に出る。

 すると、そんな智磨に思わぬ情報が届けられる。


「――えっ?」

 その報せを耳にして、水流城智磨は思考が停止した。

 智磨はこれまで怪討として様々な状況を経験してきた。

 一晩に参桁近い怪異怪物の類を討伐した事もあれば、一等怪討が束になっても叶わない強力な怪異を一人で討伐した事もある。

 中学二年生一四歳という若さにも関わらず、戦闘経験という意味では歴戦のベテランと言っても過言ではない。

 そんな智磨が、言葉を失ってただ驚き困惑する他なかった。


『……言葉の通りよ。成美の行方がわからないの』


 そんな智磨に、全日討霊崎支部の支部長の坂本美波――いや、坂本成美の母、美波が繰り返しその事実を告げる。

 本来ならば、智磨よりも平静さを失い取り乱してもおかしくない筈の彼女が、可能な限り平静さを保とうとしている事に気づいた智磨は「ごめん、美波。少し取り乱した」と謝罪を口にする。


「……何か手がかりとかある?」

『あったら真っ先に調べているわ……』


 お手上げ、と言わんばかりの声色の美波の様子に、智磨は「……支部は大丈夫なの?」と問いかける。

 美波のいる霊崎支部はつい最近に怪人疑惑で副支部長が本部に拘束されたばかり。

 急に副支部長というポストが空いた事によって支部は機能不全を起こしていた。

 怪人疑惑を払拭するための本部による取り調べの頃も機能不全ではあったが、副支部長が不在というのはまた意味合いが異なる。


 これまで副支部長に割り振っていた仕事を割り振り直す必要だったり、これから新たに来るであろう新副支部長に向けての引継ぎの準備もしなければならない、と美波は多忙を極めていた。

 そのような状況で成美が行方不明ともあれば、美波の状態は思わしくないと見るのが自然だろう。智磨が心配に思うのも自然な事であり、それを理解している美波もまた『ごめん、心配かけてるわよね』と謝罪を口にする。


 支部長という立場である以上、そう簡単に弱音を吐くわけにもいかない。怪討をとりまとめる立場として常に平静さを保つ必要がある。

 しかし、成美は美波にとって、とても大事な一人娘である。

 その一人娘が行方不明という時点で平静さを保てというのが無理な話であった。

 だからこそ、智磨は「美波のせいじゃない」と口にする。

 少なくとも、美波は怪討と保護者の二足の草鞋をこれまで特に問題を起こさず継続してきた猛者中の猛者である。

 そんな彼女がここにきて何かしらの失態を犯すとは智磨には考えられなかった。


「警察には?」

『一応、連絡しているわ。怪異絡みじゃない場合は警察だけが頼りだからね』


 美波のその言葉に智磨は「それはまぁ確かに」と同意を示す。

 智磨と美波は怪討だからこそ、成美が行方不明なのは“もしかしたら怪異の仕業なのではないか?”と考える訳だが、一般常識で考えるならば“何かしらの事件に巻き込まれたのではないか”と考える方が自然である。

 その為、美波は親として娘の行方不明については警察にも連絡しておいたのだった。更に『ついでに、学校には病欠という事にしておいた』としれっと学校には虚偽の報告をした事を智磨に告げる。

 これには「……それいいの? 嘘ついてる事になるけど」と智磨は首を傾げる。

『いや、考えてもみなさいよ。仮に怪異が絡んでいたとしたら。――学校に説明しづらいじゃないの』

 首を傾げた智磨に対して美波がそう言うと、「あー……」と納得したような声を智磨は漏らす。


「言われてみれば、そうかも。……事件事故なら学校にも説明できるけど、怪異だったら言える事が何もない。ただ成美が学校を無断欠席した事になってしまう、って事か」


 智磨が納得しながらそう言うと『そう、そういう事』とその認識が合っていると美波は言う。

 ただし、これは端的に考えたとしてもやはり学校に対しては虚偽の報告をしている訳であり「……まぁ、美波がそれでいいのなら、いいけどさ」とポツリと智磨は零す。

 これに対し『何かいった?』と美波が問い返すと「いやなんでも」と智磨は慌てて誤魔化す。


『とりあえず、そういう訳だから、協力してもらえると本当に助かる。暫くは睡眠時間が本当に削れると思う』

「……正直、成美が行方不明になったと聞かされたら夜も眠れないから」


 事実、登校時間までの仮眠途中という最も眠い頃合の電話だったというのに、成美の行方不明を聞かされてからの智磨は眠気がどこへやら。

 目つきは鋭く、無意識に奇力があふれ出て目が淡く青白い輝きを放つ。『それじゃあ、宜しく』と美波が言って電話が切れてから受話器を持つ手に必要以上の力が込められていて、それに気づいた智磨が小さく「おっと」と声を漏らすのだった。



 同日昼頃。

 市立梅戸中学校二年三組の教室にて。

 智磨は一人で弁当を食べていた。

 弁当の中身は白いご飯の梅干しだけという日の丸弁当、二日続いての質素な弁当になってしまっている。

 夜も眠れない、とは言いつつも身体は正直でその分の気力が落ちているのを智磨は薄っすらと感じていた。

 幼い頃から短い睡眠時間に慣れているが、それでもその短い睡眠時間にも満たない日々が続いているのは、智磨にとっても苦痛であった。

 黙々と日の丸弁当を食べながらため息をつく。

 そんな様子をクラスメートは遠巻きに見る。

 普段ならばクラスの中心とも言える明るいキャラな成美がいる関係で、気軽に声をかけていたが、智磨一人に対してそう簡単に声をかけられない、という意識が働いていた。

 言ってしまえば、智磨はあまりにも高嶺の花なのである。

 身長や体型といった部分はあまりに小柄で華奢と智磨を性的に見る男子は少ない。

 しかしながら、艶やかな黒い髪や透き通るような綺麗な瞳に対して何も感じない訳がなく。そんな存在の傍には常にクラスの誰とでも仲良くできる究極の陽の存在がいたからこそ、智磨はクラスに溶け込めていたと言える。


 成美がいない事によって、智磨はクラスの中において孤立してしまっていた。

 智磨自身、その事については何も感じてはいない。いないのだが、“成美がいない事でこの教室がここまで静かになるのか”という事を強く感じ取っていた。

 あまりにも静か。

 普段ならあちこちから様々な会話が聞こえてくるというのに、それが減っているように智磨には感じられた。それだけ成美という存在がこの二年三組にとっては大きかったのだと智磨は実感する。

 そして、成美のいない昼休みというものに対して、智磨自身も違和感を覚えていた。


 ――そっか。これが、寂しいという感情か。


 これまで、智磨はそのような事を考えた事はなかった。

 幼い頃から怪討として怪異を討伐する事の彼女にとって、自分以外の他者にあまり頓着した事がなかった。

 “最高傑作”とまるで物であるかのように扱われて来た幼少期、真鈴に拾われて特等怪討として多くの怪異を討伐してきた小学生時代。

 そのどちらにおいても、誰かと明確に分かれた事で寂しい、と感じる事は一度たりともなかった。

 しかしながら、あくまでも年相応の少女としての時間を過ごす際に、長らく一緒にいた成美という存在は同業者といえる他の怪討と一緒に仕事をするのとは訳が違う。

 成美は智磨の事をあくまでも同い年の少女として接しており、その上で智磨を特別な存在として認めている。それを智磨は肌で感じ取っていた。

 だからこそ、そんな成美が不在、というのは智磨が思っている以上の重石が智磨にのっているのと同義であった。

「――探さないと」

 智磨は小さく、誰にも聴こえない程小さく呟くのだった。



 その日の放課後から、智磨は動き出した。普段ならば仮眠をとるような時間でさえ、智磨はいつものようにコスプレ用の学生服を着て、霊崎市南部をくまなく探す。

 霊崎支部は新副支部長が来るまでの間の引継ぎ準備等でまともに動けない中、ちゃんと動けるのは自分や真鈴といった支部の外にいる怪討だけしかいない、と普段よりも意気込んで捜索に臨んでいた。

『難しいと思うけど落ち着け智磨。流石に危ないぞ』

 イヤホンからはそんな智磨を心配して声をかける真鈴の声。

 これに咽喉無線のスイッチを入れてから「わかってる」と智磨は答えるが、『いいや、明らかに理解してないだろ』と真鈴はこれを否定する。

『いいから落ち着け。捜索するのはいい。自分も美波からお願いされているから、状況はわかる。だけど、それはコンディションをちゃんと整えてからだ』

 真鈴は智磨を思いとどまらせようとそう声をかける。

「……大丈夫。私は三週間くらいなら寝なくても動ける。そういう訓練だって受けてるんだから」

『バカか! そんな訓練を今でもやってる訳じゃないだろ!』


 例えば昼の仕事をしていた人間が、夜間勤務に変更したとする。

 その人間は、いきなり生活リズムが変わる事によって体調や精神面において不調となる事が自然だろう。

 それと同じ事で、これまで多少なりとも仮眠をしてきた智磨が、いきなり睡眠なしで長時間動き続けるというのは、いくら特等怪討という高いポテンシャルを持っていようとも無謀だと感じる真鈴の指摘はあまりにも自然であった。


 だがそれでも、「大丈夫だから」と智磨は念押しする。

 これには真鈴も『……ほんとに、無茶するなよ』と付け加える以外に何もできないのだった。

 こうなった智磨は話を聞く耳を持たないだろう、という諦めであった。

 そんな真鈴をよそに、智磨は捜索を続ける。

 陽が傾いてきた頃から捜索し始め、気が付けばとっくに陽が沈んでいる。

 いくら歩く回ってもそれらしき人影を見る事がない。

 いくら探しても見つからないという状況に智磨は焦りすら感じていた。


 ――そんな時だった。


 唐突に、智磨は強烈な奇力が近場で発生したのを感じ取る。

 明らかに怪異の反応。

 これに対してチッと智磨は舌打ちをする。

 今は成美の捜索中であり、他の事に力を注ぎたくないという気持ちが智磨にはあるが、しかしながら近い場所で発生した怪異を見逃すようでは特等怪討としては相応しくないという事も智磨は強く理解していた。


「――二三番地点に怪異の反応あり。こちらで対処する」


 智磨の言葉を受けて真鈴が『気をつけろよ』と心配の声をかける。

 それに対して智磨は「大丈夫だから」と返す。

 一度、頬をぺちんと叩いてから、気持ちを落ち着かせて智磨はその場所へと向かうのだった――。

次回更新予定時刻:

2025/07/27/12:00

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