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怪討のツルギ-コスプレ少女は今夜も怪異を斬る-  作者: 暁文空
根/その少女は正しく剣だった
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根/その少女は正しく剣だった/陸

「逃げられた」

「仕方ない、そういう事も、あるわ……」

 少女の言葉に対して、慰めるように御鹿は言う。

 言いながら、御鹿は自身があとどれくらい生きられるかを考える。

 腹部には大きな風穴、一等怪討の並外れた奇力によって、大量出血こそ防いでいるがその集中力はいずれ切れる。

 その集中力が途切れた瞬間に自らはこと切れる。

 時間にして数分もない事を御鹿は冷静に悟っていた。


「……御鹿……」

 そんな様子を見た少女は、心配そうに御鹿の顔を覗き込む。

 年相応の教育を受けて来た訳ではない少女だが、それでも体に大きな風穴を開けた御鹿が無事ではない事くらい、少女には理解できていた。

 顔には心配を通り越して諦めの色が見えていた。

 それを見た御鹿は「それで、いい」と口にする。

 怪異と戦うにあたって、犠牲が出ないなんて事は理想に過ぎない。

 勿論、少女の能力を考えればより多くの者を救い、犠牲者を可能な限り出さない事は可能だろう。

 しかしながら、それでも救い切れない者というのはいつか出て来る。

 それこそ、今回の御鹿のように。

 だからこそ、必要以上に取り乱さない少女の姿に御鹿は満足していた。


「ねえ、他に気配は感じる?」

「……感じる。さっきみたいな触手は幾つかと、人間のだれか」

 それは、御鹿が今も感じ取っている奇力と同じ。

 先程の怪異はそのまま撤退したようで、その余波とも言える怪人が残されているようだと御鹿は結論づける。また、水流城一族を取り囲むようにしていた全日討も流石にこの場に異常が起きている事に気が付いているに違いない、と御鹿は考えていた。

 それくらい、先程の怪異の存在感というのは異質だったからだ。

「……近くにいる人を、助けて来なさい」

「わかった」

 そう言って、少女は御鹿に背を向けようとして『我が持ち主』と布津丸が御鹿に話しかけた事でその脚を止める。

 布津丸の声に対して御鹿は「何、布津……丸?」と尋ねる。最早、集中力は途切れる寸前、奇力によってせき止められていた出血が少しずつ漏れ出していた。

 そんな御鹿に対して、布津丸は言う。


『お主は、最高の持ち主だった。使い手でないのが惜しい位に』

「……そ……っか……」

 布津丸の言葉に、御鹿は安堵の表情を浮かべる。

 御鹿という名前を授かり、布津丸の持ち主となってからこれまで。

 御鹿は自身の実力不足を嘆いてきた。

 もしも自分がちゃんと使い手であったならば。

 布津丸は儀礼用としてではなく、その役割を十全に担えていただろうにと。

 そして、今。少女が使い手となって怪異と戦う事となった。

 それだけで満足の筈だった。

 しかし、布津丸から“最高の持ち主”との評を聞かされて、御鹿は自らのこれまでが過ちでなかったと改めて実感した。

「行っ……て」

 満足しながら、御鹿はそう言うと少女は今度こそ背を向けてその場を去る。

 もう思い残す事は何もない。

 そう考えてから、何かを忘れているような感覚に御鹿は襲われる。

「――な……まえ……」

 そう言えば、少女の名前をまだつけていない――と気づいた瞬間、御鹿の腹部の風穴から大量の血が噴き出して、そのまま御鹿はこと切れたのだった。



 後方から感じていた御鹿の奇力が霧散した事に少女は気づきながらも地を蹴り疾走する。

 一歩毎に跳躍するような走りは、その小柄な体躯からは考えられないストライドとピッチであり、一瞬にして数メートル、数十メートルと駆け抜けていく。

 そうして視界に入った触手の生えた怪人に対して、布津丸を一振り。

 その一太刀で怪人を両断し、その怪人が放っていた奇力が消えていくのを背後で感じながら、その足を止めずに更に駆けてゆく。

 水流城一族の本拠は既に、怪人の巣窟となっていた。

 一つ、また一つと少女は布津丸を振るい両断していく。

 これまで拳を用いて戦うよりも遥かに効率よく、速やかに討つ事ができておりその事に少女は手応えを感じていた。

 『良い感じだ我が使い手』

 そんな少女に対して布津丸がそう声をかけると「褒めても何も出ないよ布津丸」と淡々と答える。

 布津丸にとっては、随分長らくと現れなかった使い手との出会いに他ならない以上、心からの賛辞の言葉であり、何かしらの見返りを求めたものではない。



 水流城御鹿は布津丸の持ち主として、優れた人物だったのは間違いない。

 布津丸を所有し、水流城一族の長として一族を率い、怪異怪物の類を討伐してきた。

 布津丸の力を扱えないとしても自らの得物を確りと扱い切り、一等怪討としての責務を果たしてきた。

 それは、怪異怪物から人々を守るという理念を持つ布津丸にとっては、評価せざるを得ない点であった。

 そして経緯は何であれ、御鹿は少女に布津丸を託した。

 少なくとも、これ以上はないという逸材。

 長い間布津丸自身が“高望み”としてきた基準を満たす者。

 それがこの少女だった。


 これには布津丸は自身の気持ちが高ぶっているのを感じていた。

 かつて布都御霊と呼ばれ、建御雷神の手に握られていた頃を布津丸は想起する。

 この少女は決して建御雷神と同一ではない。

 しかしながら、布津丸は少女の有り余る奇力に思わず重ねてしまっている部分がある事に気づき、内心で“いかん”と自身を落ち着かせる。

 この少女もまた、本来ならば布津丸が守りたいと思っていた人々の命に他ならない。

 そして、それは持ち主であった御鹿もまた同じである。


 布津丸はあくまでも刀剣の類である。

 布都御霊という名前を捨て、人々に用いられる対怪異の剣となった彼には、誰かに振るわれる事でしか人々を守る事はできない。

 そして、それを振るう事ができるのは、現時点だとこの少女しかいない。

 その事実に、布津丸は複雑な気持ちを抱くしかなかった。



 一方。

 水流城一族の拠点周辺に配置されていた全日本怪討組合の怪討達はというと、突如として現れた怪異を前に混乱していた。

 見た事もない怪異怪物、怪人の類。

 その異形を一目見て正気を保つ方が難しい。

 新たな神話、新たな怪異に備えて来た水流城一族、特に御鹿や鹿波の場合は前もって準備してきたからこそ対抗していた訳だが、それを知らない全日討の怪討にとって、今目の間にいる怪異を当初、怪異として認識できていなかった。

 未曾有の脅威。

 正体不明のナニカ。

 だからこそ、反応が著しく鈍る。


「くそ、やっぱり水流城一族は怪人と手を組みやがったんだ……ッ!」

 この場にいた一人の怪討が得物を手に異形を前で構える。

 かろうじて人型ではあるものの、沢山生えている触手のせいで怪人と表現して良いものかという疑問はあれど、なんとか踏みとどまってそのように報告をする。

 彼は、水流城一族がどのような状況なのかをまだ知らない。

 故に水流城一族がこの怪異、怪人を仕向けて来たという認識をしていた。

 眼前の脅威に怯えながらも、そこは二等怪討。

 怪異が触手を振るうのを、得物である槍でいなすと同時にその一本を斬り落とす。

 しかしながら、その瞬間に新たな触手がぬるりと音をたてながら生えて来る。

 その様子に彼は眼前の脅威に対しての警戒心を高める。

 一瞬だけ、どうにかして逃げる事はできないだろうか、と考える。


 ――無理だ、逃げる訳にはいかない。


 しかしながら、彼はそうできなかった。

 彼は怪討。

 それも、上澄みと言える二等怪討。

 怪異怪物の類が眼前にいるのなら、それを放って逃げる訳にもいかない。

 自身が無事帰る事すらできるかわからない怪異を放って逃げようものなら、一般人に被害が出る可能性もある。

 それだけは避けなくてはならない、と逃げたい足を踏み留まらせる。


 その瞬間だった。


 死角からもう一体の怪人が現れ、その触手が振るわれる。

 肥大化している触手による殴打で、彼はあっさりと吹き飛ばされて得物を手放してしまう。

 そしてそんな彼の目の前にはもう怪人が迫っている。

 眼前の怪人に気をとられて、死角にいたもう一体の存在に気がつけなかったと反省しても、もう遅い。


 ――もう、終わりか――。


 そう悟って目を閉じた瞬間だった。

 雷が落ちたかのような轟音が響き渡ると同時に、フツ、という何かが断ち切れる音が彼らの耳に届く。

 恐る恐る目を開けてみれば、神秘的な刀剣を手にした幼い少女が怪人の前に立っていた。

 一瞬遅れて、斬れた触手がぼとり、と音をたてながら落ちる。

 それどころか、たった今銃を持っていた怪討を仕留めようとしていた怪人の身体が両断されて、上半身がゴトリと音をたてながら落ちていく。


「――な、に……?」


 眼前で起きている事を、怪討は理解できなかった。

 自身では太刀打ちできなかった相手を、一蹴する圧倒的な戦闘能力。

 そしてそれを、どう考えても十歳にも満たない幼子がやってのけているという事実に、頭がついてこない。

 そんな彼をよそに、少女は地を蹴り残るもう一体の怪人へと迫る。

 先程の事を意識してか、怪人は少女から距離をとろうと後ろへと下がろうとするが、それよりも少女の方が速い。

 一瞬にして怪人の懐へと迫る。

 少女の腕と刀というリーチの短さよりも圧倒的な優位性を持っていた筈の自在性ある触手だが、その利点を生かせぬまま少女の射程範囲へと入ってしまう。

 そして、一瞬のうちに少女は幾つもの太刀筋を描く。

 それぞれが青白く輝き、神秘的に見える模様を描いたかと思えば、少女が着地すると同時にその模様にそって怪人がバラバラに崩れ落ちる。


「――大丈夫?」


 神秘的な輝きを放つ剣。

 艶やかな長い黒髪の幼子。

 その二つが彼の中ではうまく結びつかない。

 しかし、たった今起きた出来事は間違いなく事実で、彼は五体無事。

 この幼子によって助けられたのは明らかだった。


 ――(つるぎ)だ。


 ただ、彼は少女を見て、そう感じた。


 その後、対水流城一族の作戦で現場指揮を任されていた稿科真鈴が合流し、彼はこの場から逃げ果せる。

 そして、少女と真鈴の二人によってこの場に残っていた怪異怪物、怪人の類は悉く討伐する事に成功したのだが、長い歴史を持つ水流城一族は一夜にして歴史からその姿を消したのだった――。

次回更新予定時刻:

2025/07/25/08:00

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