根/その少女は正しく剣だった/参
『いい加減、彼女に名前をつけるべきではないか』
御鹿が少女の訓練を終えて執務室に戻ると、唐突に御鹿の手元に刀が現れる。
それを御鹿は驚きつつも落ち着いて握り落とさないようにしつつ、「急にどうしたの布津丸?」と尋ねる。
すると、布津丸と呼ばれた刀からは『いつまでも最高傑作やら傑作やら……流石にそれはモノ扱いが過ぎるのではないか? 我なら兎も角』と言う声が。
「……あの場で言わなかったのは、私に対する気遣い?」
『それはそうだろうよ。一応、持ち主を立てる事はできる刀故な』
カカカ、という笑い声まで聞こえて来て御鹿はため息をつく。
御鹿にとって、布津丸とは水流城一族の怪討として実績を積み重ね、“御鹿”という名前を得た際に先代の御鹿から託されたものであり、極めて大事な存在だった。
言ってしまえば、布津丸とは水流城一族の象徴とも言え、これを持つという事は水流城一族の象徴としてもあり続けなければならないという事とも言える。
同時に、あの少女が産まれた事により、将来的には御鹿の手から離れて少女のものとなる事がもう決まっているとも言える。
その事について御鹿としては不満はない。
そもそも、御鹿としてはこの布津丸はあくまでも象徴としての一振りであり、実用できるものではなかったからである。
布津丸は、使い手を選ぶ刀剣である。
言ってしまえば、布津丸という存在は怪異と言い換えてもいいだろう。
ただし、あくまでも刀剣の類であり布津丸自身でもその自覚がある以上、人間に対して害を為す事もない。
あくまでも、怪異を断ち切る為の剣に過ぎず、それ以上の役割を持たない。
それは、水流城一族の存在意義にも近しい。
その為、水流城一族はこの布津丸を一族の象徴として扱う事と決めていた。
これに対し布津丸としても、自らを振るえる者と出会う事を望み、それが叶うまでは水流城一族のもとで管理される事を望んだ。
これが、水流城一族の長が象徴として布津丸を握るようになった経緯である。
そして、布津丸が実際に対怪異の場面で振るわれた事は今の一度もない。
「……私があなたを扱えればよかったのだけれど」
『何を言う持ち主。お前さんが劣ってる訳ではないと流石に知っておる。我が高望みしてる事くらいは理解しておるよ』
水流城御鹿は一等怪討。その中でも、全日本怪討組合の中では両手の指で数え切れる位の上位に入る実力者だ。
全日討との関係が劣悪だろうとも、対怪異という観点では目的を同じとしている。
だからこそ、全国の怪討の実力を御鹿は知っているし、それに同行している布津丸も理解している。
しかしながら、布津丸自身が使い手と認めるような怪討はいなかった。
――ただ一人、五年前に生まれたばかりの少女を除いては。
『ただ、彼女に名前がないのはどう考えても不便だろう? 我はこの通り刀剣の姿形をしている以上はモノ扱いされて当然と思っておるが、彼女がどのような存在であれ人間なのは間違いない。いい加減、名前を付けた方が良いぞ』
布津丸からの注意に対し、「確かに、それはそうね……」と考え込む。
しかしながら、御鹿には名前が思いつかない。
彼女の能力に見合った名前となると、適当に考える等と言う事はできない。
かなり本腰を入れて考えざるを得ないのだが、そう簡単に思いつくものでもなく、「うーん」と御鹿は頭を悩ませるのだった。
――そんな時だった。
物音をたてながら執務室へと迫る気配を御鹿は感じ取り、咄嗟に布津丸を霧散させる。
その直後に執務室の入口で誰かが立ち止まり、「報告があります」と襖の向こうからの声。
これに「入れ」と御鹿が返すと、「失礼致します」と一声あった後に一族の者が中に入る。
外部との連絡役を担っている人物であり、水流城一族が全日討との関係が悪い中であっても、全日討からの要請を受けて怪異を討伐するなんて事があるのは、この連絡役がうまく橋渡しをしているからといても過言ではなかった。
そんな連絡役が顔色を変えてやってきたのだから、御鹿の顔は真剣なものになる。
その顔に連絡役は注目する事無く、手に持っていた文を手に「族長! このような便りが!」と口にする。
それを聞いた御鹿は、「確認しよう」と言いながら手紙を受け取り、その中身に目を通す。
すると、その内容を見た御鹿は「そんなバカな」と口にする。
「水流城一族が全日討の怪討を誘拐しただと? 冗談も休み休み言え!」
「で、ですが、どうやら全日討ではそのような噂が広まっているとの事」
そこに書かれていたのは、ありもしない筈の“水流城一族が全日討の怪討、内藤穂波を誘拐した”という主張と、内藤穂波の身柄を速やかに返せというものだった。
誘拐した等と言う事実がない以上は、誘拐されたという怪討の身柄を返すなんて事はできる筈がない。
「倉橋特等……ご乱心されたか……!」
となれば、御鹿としてはその可能性を考える他ない。
全日本怪討組合の会長、元祖特等怪討の倉橋晴也。
全日討における最高戦力――いや、全世界の怪討の中でも最強と間違いなく断言できる存在である。
しかしながら、近年は身体面の衰えが著しく実際に現場に赴いて怪異を討伐する姿というのは見られていない。
二人目の特等怪討が日本全国を歩き回っているという情報を水流城一族では掴んでいる。
そんな衰えの見える倉橋晴也、その衰えが身体能力に限らず脳も衰えている――つまりは知的精神能力の低下、ボケている――であるのならば納得がいく。
倉橋晴也は全日討の象徴とも言える最高戦力だ。
仮にその判断が誤っているものだったとしても、その指示に全日討の怪討は従う事が考えられる。
そうなると、水流城一族は全日討からみれば怪人の集まりであると日本全国の怪討に告げたも同然。
味方であるはずの怪討から水流城一族が襲われる等と言う状況がこれからやってこようとしている、という訳だった。
「一応、確認しておくが、私が知らないだけなんて事はない?」
「当たり前です。少なくとも、そのような事をする理由が我々にはありません」
水流城一族では確かに非人道的とも言える実験は確かに行われている。
しかしながら、その実験の対象となっているのはあくまでも、水流城一族で生まれた者達だ。
外部からやってきたり、招いた怪討に対してそのような事をした事はなく、仮に全日討の怪討を水流城一族に招いていたとしても、その怪討に対して何らかの非人道的な事を行う筈がない。
それを知っているからこそ、御鹿と連絡係は混乱していた。
ある筈もない事で、これから水流城一族は大勢の怪討によって攻め込まれそうになっている。そのような事は、断じて認める訳にはいかなかった。
「……このような事は行っていない、と伝え続けて下さい。その事で仮に処分されそうになったら、逃げても構いません。義は我々の方にありますから」
御鹿は文をぎゅっと握りつぶしながらそう言うと、「畏まりました。では、そのように」と連絡係は水流城一族の側の回答を全日討に伝えるべくその場を後にする。
恐らくは、全日討は聞く耳を持たないだろう、と御鹿は考えていた。
その為、今後のどのように事が動くかを推測した彼女は深いため息をつく他なかった。
翌二〇一六年八月。
水流城一族の拠点の周囲に全日討の怪討が集まっているとの報告を受けて、御鹿はため息をつく。
「やはりこうなってしまったのね」
何度も全日討に対して水流城一族は無実であると訴えたにも関わらず、その主張は一度たりとも認められずに最悪の事態を迎える事となってしまった。
同時並行で、一族の中で長である御鹿に隠れて全日討の怪討を攫った者はいないか、と調査をしていたものの、こちらも空振りに終わっていた。
最早、水流城一族は全日討から怪人の集まりとして潰されるのが既定路線となりつつあった。
「――全く、少し位は話を聞いてくれてもいいってのに……」
外の様子を窺いながら鹿波はそう口にする。
その顔には普段の陽気さや飄々とした雰囲気は一切感じられず、真剣そのもの。
各々が怪討としての獲物を手にして、攻め込まれるその時を待つ。
水流城一族としては、全日討のいう悪行をやっていない、という主張がある以上自ら全日討に対して打って出るという事ができない。
あくまでも、降りかかる火の粉を払う以外の行動は避けなければならない。
その事に対しては文句をいう者もいたが、御鹿はあくまでも反撃のみに留めると厳命した。
そんな時、「ほ、報告します!」と連絡係が息を切らせながらその場にやってくる。
これに対して御鹿は「何? 早く言ってもらえる?」とその報告を促す。
これに「は、はい!」と返事をしつつ連絡係は口を開く。
「確認できる怪討は十数人で、その内一等怪討は一人です!」
十数人、という数に「ふむ……」と御鹿は暫し考え込む。
その上で、「一等が誰なのかは?」と尋ねる。
これに対して連絡係は「稿科真鈴一等のようです」と伝える。
稿科真鈴。
ここ数年で一気に実績を積み重ねた新進気鋭の一等怪討の一人。
手甲を身に着け、近接戦闘で怪異を討伐していくインファイターにして、様々な道具を駆使して戦うサポーターでもある。
指揮を執りつつも、いざとなれば自身が前に出るという動きに最適な怪討であり、現場指揮官に選ばれた怪討としては妥当だろう。
しかしながら、十数人という数字を考えるにこの場で水流城一族を壊滅させようとしている量ではなさそうだ、とも御鹿は考える。
確かに、怪討が十数人と聞けばかなりの戦力ではあるが、水流城一族にも同等程度の戦力はある。
しかも、ここは水流城一族の本拠地であり、地の利は間違いなく水流城一族の側にある。そうであるならば、全日討はより多くの戦力を用意していないとおかしい。
「……もしかして、あくまでも目的は誘拐されたと言っている人物の奪還か……?」
どうやら、全日討は本当に水流城一族が誘拐したと信じ切っているらしい、と御鹿は察する。
確かに、本当に水流城一族が全日討の怪討を誘拐していたのならば、十数人で時間を稼いでいる間にその誘拐された人物を救出するという作戦であれば至難ではあるが可能かもしれない。
「……なんとか、交渉する余地さえあれば――」
御鹿がそう口にしたその瞬間だった。
唐突に不穏な奇力を感じ取った御鹿は咄嗟に地を蹴り宙に浮く。
すると、その足元を触手のようなものが通過していく。
更に、「――ギャアアアッ!」という悲鳴が御鹿の耳に届く。
それは、御鹿のすぐ傍。
その声の方を見てみれば、そこには触手のようなものに腹を貫かれた連絡係や他数人の怪討の姿があった。
そして、数瞬遅れてその触手から奇力が発せられて、御鹿は異常事態に気が付く。
連絡係は身動きをとろうとするが、更に現れた触手によって口を塞がれてしまい、呼吸すらもできなくなってしまう。
「――てぇえい!」
そうはさせない、と御鹿と同じく触手を回避していた鹿波が獲物――刀を振るう。
布津丸のような名前こそないが、鹿波の奇力に見合った切れ味を持つ刀が、触手を斬り裂く。
しかしながら、連絡係は腹を貫かれた際の大量出血により、そのままショック死していた。
これには「くっ……」と鹿波は悔しそうに声を出す。
御鹿もまた自らの獲物、身の丈近くはある大剣を手にとり、触手を切り捨てる。
少なくとも身の回りにもう触手はない事を確認しつつ周囲の気配を探ると、不気味なほど気配を感じない。
――いや、なぜ気配を感じないのか。
ここは水流城一族の拠点で、周りには水流城一族の皆がいる筈なのにその気配すら感じられない。
「――鹿波」
「応、全日討がどうとか言ってられないな」
そう言って、御鹿と鹿波はその場を後にする。
間違いなく、これは水流城一族の危機であった。
次回更新予定時刻:
2025/07/22/08:00




