根/その少女は正しく剣だった/壱
かの者達は知っていた。
これまでにない怪異がある事を。
それに対抗する為と。
かの者達は禁忌を犯し続ける。
全ては怪異を討伐する為。
つまりは世界の安寧の為。
それは妄執。
あるいは希望。
果たしてどちらが適切な言葉か。
それを知る者は、まだいない。
――その少女が生まれた瞬間、世界の色が変わったかのように彼女には見えていた。
二〇一一年二月三日。I県某所。
そこに水流城一族の拠点はあった。
水流城一族。
怪異という脅威に対して、古くから日本の民草を守り抜いてきた怪討の一族である。
しかしながら、近年はその方法が非人道的であるとして、日本の怪討の集まり――全日本怪討組合から疎まれているというのが現状であった。
その事に対して、「全くもってわかっていない」と巫女装束を着た彼女――水流城御鹿は執務室にて不満を今日も漏らす。
わなわなと怒りで身体を震わせ、それに合わせて髪の毛もさらりと揺れる。
艶やかな黒い髪の毛が揺れる様は魅力的であるものの、それを今近くで見ている側近からすれば、その様子を見ている場合などではない。
御鹿の不満の矛先に自分たちがならないだろうか、と怯えるしかなくまともに御鹿の顔を見る事すらできないでいた。
そんな側近をよそに御鹿は更に口を開く。
「怪異の脅威はなくならない、これからも強い怪異は生まれてい来る。それならば、我々怪討もより強くなっていかなければならない。なぜそれがわからない!」
そう叫びながら、全日討からの便りを力任せに握り潰す。
その様子に側近が「ひっ」と声を漏らすと「あ」と漸く近くにいる側近たちを怯えさせてしまった事に顔を赤らめながら「ごめんなさい、気にしないで」と謝罪を口にする。
これには「い、いえ……」と側近は彼女の怒りや不満の矛先がこちらに向かなかったため安堵して胸をなでおろす。
水流城御鹿は水流城一族における長である。
御鹿という名前も水流城一族の長になるにあたって襲名したもの。
水流城一族はI県のとある神社、その祭神に由来のある一族であり、その都合で古くからI県某所に拠点を構えていた。
御鹿というのも、その神社や祭神に由来のある名前であり、水流城一族にとってはとても特別な名前と言える。
その為、御鹿自身はそのような名前を受け継ぐ事ができた事を光栄に思っている他、水流城一族をこれからもちゃんと繁栄させていかなければと意気込んでいた。
しかし、そんな意気込みも虚しく、水流城一族は一向に全日本怪討から認められる事はなかった。
とはいえ、全日討も人手不足であるが故に、全日討だけでは対処できない事態の際には関係こそ悪化していても水流城一族から怪討を送り出し、事態を収拾したりと水流城一族は関係が悪かろうと全日討に尽くしてきた一族とも言える。
そうであるにも関わらず、非人道的な事をしている、というその一点にといて全日討は水流城一族に対して否定的なスタンスを崩す事はなかった。
これが全日討よりも前の組織であれば、水流城一族の非人道的なやり方も黙認されていたのだが、倉橋晴也が全日本怪討組合を設立してからは、常に水流城一族は組織から疎まれ続けてきた。
そうであるならば、非人道的とされている事をやめればいいのではないか、とも考えるのが必然だろう。
しかしながら、水流城一族にとってそのやり方こそが正義であり、やめる理由はどこにもなかった。
やりたくて非人道的な事をやっているのではない、そうしないと目標を達成できないが為に、致し方なくやっているというのが最も適切だろう。
水流城一族には水流城一族なりの譲れない一線、正義がそこにはある。
その事を全日討には理解されない。
その事について、御鹿は常に頭を悩ませてきた。
どのようにすれば、全日討は水流城一族を認めるようになるのか。
だが、水流城一族にはそういった状況に対処するためのノウハウ等ない。
全日討のトップである倉橋晴也はかの陰陽師、安倍晴明の末裔である土御門の分家、倉橋家の出身とされている。
そんな彼は、生まれ持って怪討としての実力を持っていたのは勿論の事、政治的な立ち回りにも長けている非の打ち所のない天才であった。
それに対し、水流城一族は怪異に対する単なる暴力装置に過ぎない。
縁のある神社やその祭神の主だった神主ないし巫女という訳ではなく、結果的に様々な偶然の積み重ねで有力な怪討を何世代にもわたって排出し続けてきたというだけで、水流城一族は政治的な能力というものは持ち合わせていない。
故に、賢い立ち回り方など御鹿には一切わからなかった。
はぁ、と深いため息をつきつつ、「少し外の空気を吸ってくる」と言って御鹿は執務室を出る。それを見た側近たちは頭を下げて見送るのだった。
「よ、実里。どこふらついてたんだ?」
執務室から自室に戻った御鹿を待っていて、違う名前で御鹿の事を呼んだのは一族で数少ない同世代の怪討の生き残りである女性、水流城鹿波だった。
黒い髪の毛を肩につかない位としていて、どことなくボーイッシュに見える彼女だが、着ている服は御鹿と同じく巫女装束であった。
そんな彼女は御鹿の使っている机の上に乗っており、一族の長の部屋で堂々とくつろぐという肝の太さを見せつけていた。
尤も、一族の長と言っても鹿波にとっては幼馴染とも言える為、彼女としては特に気にしていないのだろうが。
それはともかくとして、お気楽そうな鹿波の様子に本日何度目かのため息をつきつつ、「御鹿って呼びなさいよ」と注意を入れる。
実里、というのは御鹿が今の名前を襲名するよりも前、生まれた時の名前である。幼名とも言う。
確かに、その名前も御鹿のものではあるが、対外的に御鹿で通っている現状としては実里という名前で呼ばれるのは困る、と御鹿は指摘を入れる。
これに対して「いいじゃんかよ。私にしてみればいつまでも実里だぜ?」と鹿波はどこ吹く風。
そんな様子に御鹿は「……まあ、他の人の目と耳がないならいいけども……」と諦めたようにそう言う。
「まあ、細かい事は気にするなって」
相変わらず呑気そうな鹿波の様子を見た御鹿は「……で、何の用?」と本題を促す。
これに鹿波は「もうちょいアイスブレイクとか」と反論を口にするも、「私達の間にそれ必要?」と言われて「これだからずるいんだよなぁ」と小さく漏らしつつ、その顔が真剣なものに変貌する。
「そろそろ生まれるらしい。様子を見に行きますか、御鹿様?」
真剣な面持ちになった鹿波の様子に御鹿は動じる事なく「うん、行こうか」と答えて自室を出て産屋に向かうのだった。
「それにしても産屋ね……今って何人の母がいるんだっけ?」
自室から産屋へと向かう道中、ふと気になったのか鹿波がそう口にする。
これに対し御鹿は「確か今は十人だったかしら。私達があそこに行く事はないでしょうけれど」と返す。
御鹿と鹿波の二人は、水流城一族においては怪討として怪異と戦う事が一番の役割である。
御鹿の場合は一族の率いる長という役割も兼ねているものの、二人とも妊娠出産という役割は担っていない。
生まれながらにして、怪討となる者と妊娠出産する者が区別され、そうなるように教育されていく。
「そう言えばそうだったなー。母親ってヤツに興味はあったんだけどな」
「ここの外だと親子って概念があるんでしたっけ。……よくわかりませんね」
その為、二人――水流城一族全体にとっては水流城一族の外では当たり前になっている親子というものについて、よくわからないというのが実情だった。
つまり、水流城一族に名を連ねる怪討にとって、親子の情というものは存在しないという事。
御鹿も鹿波の二人とも自身の母の顔をこの目で見た事なく、三〇歳を目前に控えている。
それは、より優れた怪討を輩出する為により優れた母に優れた父の遺伝子をかけ合わせる、という競走馬とかなら納得がいきやすい方法でその子供が生まれている。
物心がついた頃には教育係という血の繋がりの有無すらわからない一族の者によって育てられ、親の顔を見る事なく大きくなっていく。
それが、水流城一族に属する二人にとっての当たり前であった。
「案外、私達と同じ母親だったりして?」
先程の真剣そうな顔はどこへやら、再び緩い空気を出してくる鹿波に対して御鹿は「少なくとも、違うらしいとは聞いているかな」と鹿波の言葉を明確に否定する。
「なんだよ、そうだったら面白いなってだけの話だろうに」
「……あなたの場合、本気なのか冗談なのかをもう少しわかりやすくしなさいよ」
御鹿の反応に文句を言う鹿波だが、これにも御鹿はばっさり。
少なくとも、“同じ母親”について尋ねる鹿波からは冗談であるとは御鹿は感じ取れなかった為、当然の指摘とも言えた。
これには「ちぇー」と鹿波は不満顔。
御鹿が一族の長であり、そんな長に対してこのような形で気軽に接する鹿波という存在は、御鹿にとっては気軽に接する事ができる相手、とも言える。
その為、こういったやりとりに対して御鹿は多少なりとも居心地の良さは感じつつも、その結果として周囲からの視線というものについては居心地の悪さを感じていた。
御鹿は一族の長であるが、鹿波は一族においては単なる一人の怪討に過ぎず、御鹿とは幼少期からの縁で近くにいる事を許されているようなものであり、暗に「いい加減鹿波と接するのをやめるべき」と言ってくる側近も一人や二人ではなかった。
それは今も変わらず、「なぜあのようなものと一緒に……」とぶつくさ呟いているのが御鹿には聴こえてしまっていた。
「なんかすまない」
それは鹿波も同様で、小さくそう言う。
緩い空気はいきなり霧散して、申し訳なさそうな顔をしているのをちらりと御鹿は見てしまう。
鹿波は陽気で飄々としているように見えるが、その実かなり繊細である事を御鹿はよく知っていた。
だからこそ御鹿は「私がいいと言ったんだから、良いんです」と言って鹿波の手を握る。
その事に驚いて「御鹿?」と御鹿の顔の顔を見ながら訪ねるが、御鹿は何も答えずに鹿波の手を引っ張りながら産屋へと歩を進める。
引きずられるように釣られて歩く鹿波はちらりと御鹿の耳を見れば、赤く染まっているのを見て内心でくすりと笑うのだった。
次回更新予定時刻:
2025/07/21/12:00
(祝日の為)




