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肆/霊ノ川の河童/漆

 午後五時。全日本怪討組合霊崎支部にて。

 お手洗いから戻って来た本部の怪討、倉橋里帆はちらりと周囲を見渡す。

 空気としては最悪、と言っていいだろう。

 これについては、自身が取り調べをしている以上、空気が良い筈もないので仕方ないとしつつも、なんとなしに支部長と副支部長の間に深い溝があるのを感じ取る。

 本部直属の怪討として、各支部が適切に運営されているかを確認する役割を持って各支部を転々として来た経験から、里帆はそういった空気感には敏感になっていた。

 ある人物二人が対立して、支部内を二分するような事があれば、その両者及びその支持者同士の会話はどこかぎこちないものになる。

 それは、第三者からすると案外見てとれるものだったりもする。


 例に漏れず、支部長である坂本美波と副支部長の小川ケイトの対立は里帆の目には明らかだった。とはいえ、その程度ならば他所でも多少は起きている。

 霊崎支部に限った話ではない、と先程までは見ない振りをしてあくまでも怪人疑惑についての取り調べに終始していた。

 しかしながら、真鈴からもたらされた情報も込みで考えると、小川ケイトについての警戒度を上げていた。

 しきりに河童の話題を出し、それを解決したいと口にする回数が他の怪討よりも明確に多く、疑わしい要素というのも他の怪討と比べても多い。

 だが、明確に“黒”とする材料がない。証拠がないのであれば、追及できない。

 その事実に内心で歯噛みしつつ、「すみません戻りました」と口にして取り調べの続きを開始する。

「すみません、次は小川三等怪討――副支部長、お願いしますね」

 この取り調べで、少しでもボロが出れば――と里帆は意気込んで、ケイトを呼び出すのだった。



「私と美波支部長はもういいんじゃないですか? というより、二度目の取り調べそのものが、無駄な気がします」

 支部内にある個室。

 取り調べの為にここ数日は里帆の専用部屋のようになっている部屋で、ケイトは里帆の対面に着席する。

 呆れ顔で、心底から“面倒くさい”といった表情をしているが、それは他の一般怪討も同じ顔。

 真鈴からの情報のせいか、ケイトに対して必要以上に疑ってしまう、と自覚しつつも冷静に「いえ。一応これれが規定通りなので」と一蹴する。


 全日本怪討にとって、怪人とは不倶戴天の敵と言っても過言ではない。

 悪霊や妖怪と言った怪異の類は、極論を言ってしまえば自然災害のようなものであり、本来ならば人為的なものではない。

 どれだけ平穏無事に過ごしていようとも、台風やら地震といった自然災害には人間は無力であるのと同じように、怪異の側から人間に迫られたらその被害を防ぐのは極めて難しい。

 これは、怪討がしっかり対処していたとしても同様である。


 しかしながら、怪人は別である。

 怪人は元々人間だったにも関わらず、何らかの形で怪異と同様の力を得て、人間に害を及ぼす者の事を指す。

 つまり、完全に人為的なものという事だ。

 怪異によって唆されて騙される形で被害を出す場合もあるが、最悪のケースで言えば自ら怪異に同調して周囲に被害を出す怪人が存在するという点。

 そのような存在が、怪異を討伐して被害を未然に防ごうとしている組織である全日討の内部にいるなどという事はあってはならず、仮に紛れ込んでいるようであれば、それは捕らえる必要があるのは必然。

 よって、一度目の取り調べで何も情報が出てこなかったとしても、二度目三度目と取り調べをしていくのは規定通りという訳だった。

 それを聞いたうえで、ケイトは「うちではそんな事なかったですよ」と口にする。

 里帆はその言葉と、手元にある資料へ目を通しながら「……イギリスでは確かそうでしたもんね」と一応の理解をケイトに示す。


 イギリスの怪討組合。

 日本と同様島国で、他国と比べて比較的神秘が近年まで色濃く残っていたとされている。

 自然やそれに宿る精霊や妖精といった概念など、八百万の神を無意識に信仰している日本とは共通点が多くある。

 しかしながら、欧州各国――つまり大陸との距離が近く、鎖国という形で文化を守った日本とは異なり、開かれていた事から日本と比べて怪異の質や量といった面では控えめであるというのが全日討とそれに所属する里帆での認識であった。

 尤も、あくまでもこれは全日討の認識であり、英国の怪討組合での認識はまた異なる。

 そのため――。


「――イギリスを舐めていますね?」


 それを感じ取ったケイトは鋭い目つきでそう返す。

 これには里帆は「いえいえ、そんな事は」と内心では“しまった”と思いつつも可能な限り表にそれが出ないよう否定する。

 それがうまくいったのか、「……まあ、いいでしょう。確かに、こちらに来てから日本のレベルの高さは理解しているつもりです」とケイトは矛を収めて、里帆は胸をなでおろす。

 これから怪人について追及しなければならない相手を怒らせてどうする、と内心で自らを叱咤しつつ「それでは」と里帆は口を開く。

「まず、お聞きしたい事なのですが……ここ最近の水難事故についてはどうお考えですか?」

「取り調べの外でも言ったかと思いますが、河童の仕業ではないかと。早く解決しなければならないと思います……しかし、それを許してくれないのではどうしようもないですね」

 明確に、水難事故については河童の仕業であるとあくまでも断言するケイト。

 その言葉に「なるほど」と相槌を打ちながらも、里帆は明らかに怪人疑惑よりも水難事故に対しての方が饒舌であると、一度目の取り調べの時からの印象を合わせてそのようにケイトを認識する。

 しかし、ただ怪しいというだけで拘束する訳にもいかない。

 全日討はあくまでも対怪異のスペシャリストであって、警察のような権力を持ち合わせている訳ではない。


「その辺りは規定ですので」

「頭が固いのではなくて? もう少し柔軟に物事を考えてくれませんと。このままでは世界的にも古い組織と笑われますよ?」

「こちらからすれば寧ろ他が若すぎる位ですよ。いや、イギリスは一応イングランド統一という意味では日本に近しい年でしたか?」


 その言葉に、ぐっ、とケイトは言葉を詰まらせる。

 古いという事はそれだけ技術や経験といったノウハウが溜め込まれている大きな組織と言い換える事もできる。

 逆に言えば、新しい組織はそういったものの蓄積が少なく、小さな組織とも言える。

 更に、日本を古いとするならば、イギリスもそう変わらない。そこを突かれてケイトは言葉に窮する。

 そんな様子を見つつ、里帆はスマートフォンが振動しているのを感じ取り「失礼、電話に出させていただきます」と一言断って電話に出る。


 画面には“稿科真鈴”の文字。喜々として出たい所を他人の目がある事で多少は気にしつつ「もしもし、倉橋です」と平静を装っている。

 これには『できればいつもそうしてよ倉橋二等……』と真鈴は茶化す。

『ともかく、端的に伝える。“水難事故は解決”。“実行犯は英語を話す人魚”だ。――後は任せたぞ、里帆』

 里帆の返事を待つ事なく、電話が切れる。

 その事に里帆は文句を抱きつつもそれを顔には出さず、スマートフォンをしまいつつケイトを見やる。


「どうやら、水難事故はもう解決したようですよ」

「ホントですか! なら、河童はもう片付い――」

「英語を話す人魚が実行犯だったようです。いやほんと、河童がそのような事をするはずがないと思っていましたが、やはり別の犯人がいましたか」

「――え?」


 ケイトの表情が大きく崩れる。

 これまで強く河童の仕業だと強く主張してきたケイトだが、そんな彼女にとって人魚が討伐された等ということは、寝耳に水だろう。

「そんなばかな、だってこの国での水難事故って河童の仕業だと」

「確かに、貴女が来るよりも前――五年前には河童の仕業の事故が多発していました。でも、その時に好戦的な河童は討伐済、残っている河童は人間との共存を望む穏健派。水難事故を引き起こす理由がないんです」

 里帆がそう言うと、「なっ……!」とケイトは驚きの声をあげる。

 怪異による水難事故、日本では確かに河童が最も有名なのは間違いない。

 しかしながら、河童が皆そうだとは限らない。少なくとも、今回の霊ノ川においては穏健派――人間とは協調していきたいという長介が生き残っている河童を率いているだけに、人間を積極的に襲うとは考えにくかった。


「それにしても、やけに河童の仕業であって欲しかったように言いますね。――もしかして、人魚と繋がりがあったりするんです?」

「あ、あるわけないじゃないですか! 私は怪討ですよ? 怪異とそのような事……!」

「そうですか。……まぁ、あなたはそう言うしかないですからね」


 そう言いながら、里帆は呆れたようにため息をつく。

 その様子を見てケイト「な、何が言いたいんです?」と問いかける。

 その声には怯えが混じっていて、それが暗にケイトは怪人であると判断できる一つの材料ではあるが、そこについては敢えて里帆は目を瞑る。

 その上で、「そうですね」と口にして言葉を選びながらケイトに告げる。


「水難事故もなくなったんだし、あなたに疑惑を払拭する材料はもうないんですよ」

「……え?」


 里帆が冷たい声でそう言い、あまりの温度差にケイトは困惑の声を漏らす。

 これまでは丁寧な言葉遣いに、落ち着いた物言いだったにも関わらず、急に切れ味が増しているようにケイトには感じられる。

 里帆の目を見てみれば、あまりにも眼光が鋭く、眼光に殺傷性があるのならケイトを貫いていたかもしれない位には。


「確かに、全日討は疑わしい所があろうとも、それを払拭できるだけの実績があるのなら、目を瞑る事はあります。えぇ、それは認めましょう。ですが――水難事故が解決した時点で、もうあなたにそのチャンスはない。本格的に調べれば、あなたの証拠なんて簡単に出て来る訳ですしね」


 他の誰よりも水難事故に対して“河童の仕業である”と主張し、“自ら解決に赴こうとしていた”彼女は、実行犯が河童でなかった時点で水難事故を利用して自らの疑惑を払拭しようとしていた黒幕に見えても仕方がないのだ。

 そして、実際に水難事故が解決した今、ケイトの言い分を聞く理由もなくなった、という訳だった。

「他の怪討はそこまで露骨じゃなかったですからね。……残念ですが、小川さんだけ本部に連行させて頂きますよ」


 そう言って、里帆はどこからともなく拳銃を取り出してその銃口をケイトへと向ける。

 これが、里帆が怪討として所持している得物。

 人間に対しての殺傷性は高くないにせよ、奇力を有する存在――怪異は勿論、怪人や怪討にはある程度の効果を発揮する。

 それを至近距離で構えられてしまえば、ケイトになす術はない。


「――本部に来てもらいますよ。小川ケイト三等怪討――いや、怪人」

「……そんな……ばかな……」


 そう言って、ケイトはその場に突っ伏す。

 これ幸いにと里帆は持ってきていたお札をケイトの両手に触れさせると、それが手錠のような形状となってケイトの両手を拘束する。

 通称、拘束札と呼ばれるものによって、ケイトの両手は一切の自由がなくなり、その上で奇力を扱えない状態となった。


「――お仕事、完了っと」

 ふう、と里帆は安堵のため息をつく。

 怪討の仕事は怪異を討伐するだけではない。

 怪異関係によって人に害を為そうとする者に対してもそれを阻止するべく動くのが、怪討なのである。

次回更新予定時刻:

2025/07/20/12:00

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