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肆/霊ノ川の河童/参

「――で。後で話したいって言ってこうして迎えに来た訳だけど、どういう話?」

 いつものコスプレ用学生服に着替え、真鈴の車に乗り込んだ智磨は手際よく車を発進させた真鈴にそう問いかける。

 話をするだけなら昨晩の内に電話で済ませる事も出来た筈であり、そういった意味で智磨は聞いていた。

 ただでさえ睡眠不足気味で、真夜中に備えて仮眠をしたいというのにこうして真鈴と会っている為、智磨はやや不機嫌であり、ふくれっ面を見せる。

 それをなんとなく察している真鈴は「いや、なんかごめん。でも、用心しておきたくてね」と智磨の不機嫌さを受け入れつつも、このような形式をとった事について了承して欲しいと言う。

 至って真面目そうな真鈴の様子にふざけている場合ではないと察した智磨は「こっちこそごめん」とふくれっ面を止めてそう言った。

 

「さて、本題に入ろうか」

 運転をしつつ、真鈴はそう言う。

 普段は飄々としていて掴みどころのない彼女が真面目そうな顔をしている時点で、そんな彼女を茶化す理由はない。

 それだけ真剣な話があると理解している智磨は「うん、そうだね」と相槌を打つ。

 そんな智磨の様子に満足したのか、真面目そうな表情のまま真鈴は口を開く。

「まず、昨夜。あのまま通話で話さなかったのは、少しでも盗聴の可能性を減らしたかったから、だな」

 “盗聴”という物騒な言葉を耳にした智磨は「盗聴?」とそのままオウム返しする。

 これに「ああ、そうだ」と肯定しながら真鈴は理由を説明する。

「まず大前提としてだけど。現在、全日討の霊崎支部には怪人疑惑があるだろう?」

 念の為の確認、と丁寧に真鈴がそう言うと「それは知ってる。そのせいで霊崎支部の人手不足がより悪化している訳だし」と頷く。

 その回答に満足した真鈴は「うん、その通り」と智磨の言う事を肯定しつつ「要は――」と更に説明していく。


「今回の件、支部に紛れている怪人が仕組んでいる可能性がある」

 真鈴のその言葉に、「え?」と智磨は声を漏らす。

 水難事故と怪人がうまく結びつかず、智磨は僅かに困惑する。

 しかしながら、少しだけ考えてから、合点がいって「あぁ」と今度は納得の声を漏らす。その様子に「お、智磨も気づいたか」と真鈴は口を開く。

「まあ、自分らのスマートフォンに盗聴を仕込むような事はまず無理だろうが、念には念をって事。少なくとも、私の車の中は誰にも触らせてないから絶対安全ってわけ」


 真鈴はかなりの車好きである。

 それは、わざわざ九〇年代のスペシャリティカーを愛車として普段使いしている点でも明らかだが、更にそれが国内限定二千台と少ししか生産されていない仕様というのだからその力の入れようはかなりのものである。

 ノーマルなものと比べて大きなリアスポイラー(車体後部にある所謂ウィング)や、ミスファイアリングシステムと呼ばれる機構など、実際に世界のラリー選手権で使われていたものに極めて近いものとなっている。

 そんな貴重な車を、真鈴が他の誰かに弄らせる訳もなし。

 基本的には自力でメンテナンスをしている他、どうしても専門家の手が必要になった場合には、真鈴が信用している者に依頼をする徹底ぶり。

 そんな車に対して他者が何かを仕込むという余地などない。

 それについては、智磨も納得する所ではあった。


「で、支部の怪人疑惑の調査って進んでるの?」

 とはいえ、それはそれ。智磨の興味としては真鈴が進めている筈の調査に既に移っている。

 わざわざ真鈴が水難事故と怪人疑惑を繋げたのだから、智磨としては気になるのは仕方のない事であった。

 これに対し「うーん」と真鈴は考える素振り。

 言葉を選んでいるのか、はたまた何かを悩んでいるのか。

 どちらとも言える微妙な間の後、真鈴は口を開く。

「正直な所、相手が尻尾を出すまで根気強く待つしかないってのが現状なんだよねこれが」

 つまり、色々とかみ砕いて言えば進捗は良くないという意味である。

 その言葉に智磨が「え?」と尋ね返す。僅かばかりの圧を忘れずに。

 これには「いやいや」と真鈴は反論する。

「相手がそれだけ慎重って事だ。他所でこういう疑惑があった時は数日もすればすぐ尻尾を出したんでスピード解決したんだけどね」

 真鈴は運転しながらも、これまで自身がやってきた事というのを智磨に説明し始める。

「智磨も探索札をこの間使ったでしょ? 霊崎駅近辺の歓楽街を中心に貼りまくったと思うんだけど、あれをこっちは霊崎市全域に貼りつけたんだよね。これ、どういう意味があるか智磨にはわかる?」

「探索札って奇力が発しているものを検知する訳だから、本来なら怪人や怪奇が発生、出現した事を検知する為に使うよね。それと支部の怪人疑惑での使い方……?」

 真鈴の問いに対して、智磨は首を傾げながらも考える。

 単なる索敵――敵となる怪異を探す為――としての用途として探索札を認識していた智磨にしてみれば、今回の怪人疑惑での使い方についてはピンと来ていなかった。

 智磨は「うーん」と考え込んでから、「ごめん、ちょっと思いつかないかも」とお手上げの仕草を見せる。

 それを見た真鈴が「ま、こればっかしは経験がものを言うからな」と得意げになる。


「まず大前提として、今の状況って支部にとっても痛手だが、潜んでいる怪人にとっても良くはないんだよ。ここまではわかるな?」

「それはまあ。疑惑があるって事は、調査されて見つかる可能性があるんだから」

 智磨の回答に頷き「そう、その通り」と肯定しながら真鈴は話を続ける。

「このままだと見つかってしまう。そんな怪人が何をするかと言えば、話題を逸らす事、なんだよ」

「話題を逸らす?」

「そう。例えば――そうだな。宿題を忘れた子供が、親や先生の前では宿題の話題を避けて、他の話題に逸らそうとするだろ?」

 真鈴の言葉に「そうかな……そうかも……?」と疑問符を浮かべる智磨。

 智磨には明確に親と呼べる存在がおらず、保護者のような存在が真鈴や美波といった他人というのが、このあたりの理解に時間がかかる要因であった。

 その事にワンテンポ遅れて真鈴は「あ」と智磨に聞こえない程度で声を漏らす。

 しかし、「そう言えば、成美がそんな事してたような……?」と智磨にとって身近にいる同年代の少女――成美という実例を思い出して一先ずの納得をする。

 その様子に真鈴はほっと胸をなでおろしながら「そう、それだ」と肯定する。

 だが、「でもそれって時間稼ぎにしかならなくない?」と一先ずは納得した智磨が疑問を口にする。

 確かに、この手の話題逸らしというのはあくまでも時間稼ぎにしかならないのが定説だ。

 宿題を忘れた事というのはいずれ気づかれる訳で、今回の件に置き換えれば調査が進めばいずれは見つかってしまう。

 そうであるならば、今回の怪人が話題を逸らそうとすることに対する合理性が見られない――という至極尤もな智磨の疑問である。

 しかし、「いや、それが違うんだな」と真鈴は否定する。


「全日討って良い意味でも、悪い意味でも、成果主義みたいなとこがあってね……」

「……そう言えば、私が特等怪討として受け入れられたのもそういう理由だっけ?」

 成果主義、という言葉を耳にした智磨はそう零す。

 とある悪名高い一族のその唯一の生き残り、それが水流城智磨である。

 本来ならばその一族と同じ末路を辿ってもおかしくなかった彼女だが、結果として真鈴によって拾われた後に、全日討の会長からのお墨付き等も経て特等怪討という肩書きを得るに至っている。

 その時の事を思い出しての一言であった。

 これに対し真鈴は「あー、智磨の場合はなんというか……確かにそうなんだが……」と言葉を濁す。

 真鈴としては智磨が特等怪討となったのはそれ以外にも複合的な意味合いがあり、一概に“これ”が理由で特等怪討となった訳ではない。

 更に言えば、水流城一族は確かに悪名高い一族ではあるが、その事をしっかりと認識している怪討はかなり限られている。

 その上、智磨自身は何も悪い事をしていないという事もあって、微妙に今から真鈴が話そうとしている事から逸れそうという事もあって、真鈴は微妙な顔になった。


「……とりあえず、智磨の件についてはいずれ詳しく説明するとして、だ。全日討の成果主義っていうのは、何か怪しい所があったとしても、成果を挙げた人間というのを信用してしまうっていう事さ」

 智磨からすると“それこそが自分のことでは?”と内心では思うがそれをぐっと堪えつつ真鈴の言う事について考える。

 真鈴が言う事というのはつまり、“疑惑があっても成果で塗り替えられる”という事である。

 それに気が付いて「つまり、今回の怪人っていうのは、何らかの方法で成果を挙げて疑惑をなかった事にしようとしている?」と智磨が言えば「正解」と真鈴は返す。

「つまり、今回の水難事故に関して何らかの形で事態の収拾という方法で成果を挙げて、今回の疑惑をなかった事にしようとしているって訳だな。疑惑があった所で、“このような成果を挙げた自分を本当に疑って大丈夫ですか?”と言うつもりなのさ」

「……全日討の仕組みが悪くない?」

 智磨の子供らしい純粋な気持ちからの言葉に真鈴は「うん、それは私もそう思う」と同意する。

 とはいえ、全日本怪討組合というのは大きな組織である。

 所属する多くの怪討全員の生活に関わる以上、組織の改革というのはそれなりに時間がかかる。

 その仕組みをどうにかしたい、と真鈴自身は前々から思っていても、そううまく事は進まない。

 それはともかく。真鈴の見解によれば、今回の水難事故を利用して潜伏している怪人は成果を挙げて、自信に向けられている疑惑を遠ざけようとしている、という事だった。

 そこまで智磨が理解して、唐突に「あ。そういう事?」と気づいて真鈴に尋ねる。


「――今回の黒幕と怪人は結託している可能性がある?」

「そう、それが言いたかったんだよ智磨」

 真鈴はそう言いながら、車をとある場所――真鈴の住む家のガレージへと停める。

「今から私の家で作戦会議するぞ智磨」

 真鈴の家、作戦会議。その言葉の組み合わせに嫌な予感を覚えた智磨は「えぇ……」と抗議の声を漏らすのだった。

次回更新予定時刻:

2025/07/17/08:00

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