肆/霊ノ川の河童/弐
河川敷から立ち去った智磨はスマートフォンで真鈴に電話をかける。怪
人騒ぎにあたって別行動をすると決めた二人ではあるが、通話での定期的な情報交換は行っていた。
そして今日も『よ、智磨。何かあった?』とあっさり真鈴は電話に出る。
普段通りの様子の真鈴に安堵を覚える事もなく、「まあ、あるにはあったよ」と口を開く。
「河童の噂って真鈴の耳にも入ってる?」
『あぁ、そう言えば聞いたな。このご時世にちょっと水難事故が起きた位で河童の仕業とか言うのって時代錯誤だと思うけど』
呆れるような真鈴の口ぶりに「――真鈴もそう思う?」と智磨は言った。
確かに、水難事故が起きたらそれを河童の仕業だとする噂が流れるのは自然な事だ。
自然な事ではあるのだが、令和の世の中になってそれが広まるというのは、怪異に明るい怪討にとってはやや首を傾げる状態でもあった。
かつて雷が雷獣と呼ばれる妖怪、怪異が地上に高速落下する衝撃によって生じるものと信じられていたが、実際にはそれらは全て物理法則という現実的な理論によって説明できてしまう。
だから次第に妖怪や怪異といった類は人々からあまり認知されなくなった訳だが、今回の河童について、話題になり方が不自然なように智磨には感じられていた。
成美から河童の噂を聞かされてからその日一日、学校では所々で河童の話題が挙がっていた。
この令和の世の中にである。
確かに、怪異が活発的になれば自然に人々がそれを噂し始めるというのはあるが、だとしてもこの話題に仕方というのは、あまりにも急で不自然である。
つまり――。
「――誰か、この噂を流した黒幕がいる」
『だよねぇ……怪人騒ぎで忙しいっていうのに』
何者かが河童を貶めようとしている。
それが、智磨達の結論であった。
現在、霊ノ川に住んでいる河童については所謂穏健派で平和主義者である以上、本来ならば討伐されるような対象ではない。
しかしながら、今流れている噂が広まり過ぎてしまえば怪異を広めないとする全日討の立場としても無視できなくなってしまう。
結果として、このまま事態を静観してしまうと、河童は不当な形で討伐されるという事になる。
それは避けたい、というのが智磨と真鈴の考えであった。
しかしながら、状況としてはあまり宜しくない。
既に河童の噂が流れ始めている事もそうだが、真鈴は霊崎支部の怪人疑惑についての対処の真っ最中。
支部は身の潔白を証明する為にあまり大きくは動けない。
フリーに動けるのが引き続き智磨しかいないのである。
「流石に梓美には頼れないしな……」
ポツリと智磨が射間梓美の名前を出すと、『人を頼れるようになって偉いけど、そう簡単に特等を使うなよ?』と真鈴は釘を刺す。
特等怪討は世界に五人しかいない限られた人材である以上、その配置については全日討の本部で厳しく管理している。
有効射程一千キロメートル超の梓美は日本列島の中央にある愛知、後の四人をバランスよく配置させる事で日本全国の戦力の均衡を図っている。
その事を考えると、簡単に特等の力を簡単に借りてしまうとそのバランスが崩れてしまう、というものだった。
「わかってるって……」
その事を理解はしている智磨はバツが悪そうにそう言う。
ただ、智磨としては自分自身がフリーでない状況というのが長く続くのは良くない、と思っての行動でありその事自体は間違ってはいない。
その為、『ああいや、この間の件についてはそれで正解だからね?』と真鈴はフォローを入れる。それを聞いて「そうなの?」と智磨は少し安堵しながらそう言う。
『ま、できればそこで特等じゃなくて一等あたりに声をかけられるとベターだったけどな』
ただ、特等が貴重な以上、可能な限りその下の戦力でやって欲しかった、と真鈴は口にする。
これには「そんな事言われても連絡先知らないし」と智磨は言うしかない。
実際、智磨のスマートフォンに入っている連絡先は極めて少ない。
プライベートでは成美、怪討としては霊崎支部に美波、真鈴や梓美と他の特等怪討――綺麗に一等怪討の連絡先と言えば真鈴しか持っていなかった。
これには『あれ、そうだっけ? ……ミスったなあ……』と今度は真鈴が非を認めた。
『じゃ、知らなかったなら仕方ないか。春休みにでも色々連れて行ってやるよ』
「うん、お願い。――で、今回の件はどう動こう?」
途中から前回の件についての反省会のようなものになっていた所を、元の話題――河童の件へと智磨は戻す。
結局のところ、人手不足は前回の件から変わりなく、このままなら智磨が一人で対処する事になる。
智磨自身としてはそれでも構わない気持ちではあるが、経験の上では真鈴に分がある為、助言を求める形となっていた。
これに対して『うーん……』と真鈴は考える素振り。
歯切れの悪い真鈴に対し、智磨はつい「真鈴?」と尋ね返す。
これにも『……ああ、いやちょっと』と変わらず歯切れが悪い。
そんな真鈴の様子に「何か考えがあったりする?」と智磨は聞く。
『万が一を考えて、次の放課後に落ち合おっか。後で話したい』
至って真面目な様子の真鈴の声に、智磨は「わかった。それじゃあ、また明日」と言えば真鈴も『おう、明日な』と言って電話を切る。
電話が切れてから何か智磨は違和感を覚えて首を傾げてから、「あ」と声を漏らす。
「――明日じゃなかったや」
午前二時過ぎ。
既に日付が回っている以上、次の放課後は同日の夕方になる。
救いは、智磨だけでなく真鈴も同様のミスをしていた事くらいだろうか。
きっと、真鈴も気づいて「あ」と声を漏らしているに違いない、等と智磨は思うのだった。
同日。
午前八時二〇分。
睡眠時間が短くなった事で、智磨の起床時間もその分ずれたりした結果、昨日よりも遅い時間に登校する形となっていた。
相変わらずの眠そうな顔は更に眠そうになっており、「……いつも以上に大丈夫?」と成美からも言われる始末。
これに対し、「大丈夫」と返す。
傍目から見ればどうみても大丈夫そうではない。
だが、教室内の会話が耳に入った途端、その眠気が僅かに掻き消える。
「ねえ、聞いた? 霊ノ川の水難事故」
「もう聞いてるって。昨日あったんでしょ?」
「違うよ。今朝! 朝早くにあったんだって」
「え、マジ? こわ……」
「その内、河川敷に立ち入り禁止とかになるんじゃね?」
「元々行かないからセーフセーフ」
耳に入るのは霊ノ川の水難事故に関する話題ばかり。
どう考えても昨日よりも学校内での話題のなり方が異常だと智磨には感じられた。
案の定、「やっぱり河童のせいなんじゃない?」「いやいや小説の読み過ぎだって」という会話もある。
幸い、河童について否定する者がまだいるから救いがあるが、そこで同意するような事が多々起きるようだと、怪異の隠蔽に失敗している事となる。
どちらにせよ、急がなくてはいけない、と智磨は感じ取る。
聞き耳を立てている智磨の様子を眠気で呆けていると見た成美から「本当に大丈夫?」と再度尋ねられる。
これに「うん、平気。本当に大丈夫だから」と言って智磨は席につくのだった。
そして授業は案の定寝てしまって昼休みにノートを借りる羽目になったのだった。
その日の放課後。
真鈴と合流する、とだけ聞いていた智磨はどの時間帯のどこで合流するのだろうか、等と考えながら帰路につく。
成美は女子バスケットボール部の練習があるため早々に体育館へと向かっており、いつものように智磨は一人で下校する事となった。
昇降口で外履きに履き替えて、校門を通って学校を後にする。
他にも下校する生徒はいるが、その誰とも智磨は話さない。
特に深い関係になっている訳でもなく、智磨からすれば話しかける理由もないというのが大部分を占めていた。
これを真鈴が聞いたら「もう少し友達を作ればいいのに」と口にするだろうな、等と智磨はぼんやりと思う。
そんな事を考えながら漸く自宅近辺についたと思ったその瞬間の事だった。
「よ、待ってたぜ智磨」
例によっていつもの白いスペシャリティカー。
その前に立っているコスプレ用巫女装束姿の女性――真鈴がそこにいた。
智磨はちらりと周囲を見渡す。
幸いにして、智磨同様下校中の生徒というのは近くにはおらず、このような奇天烈な格好をした人間と接触した事を学校の者に知られる心配もない事を察して智磨は「……もうちょっと格好はどうにかならなかったの?」と尋ねる。
「どうにか、って言われても。これが私の趣味だし」
真鈴はあっけらかんとそう言い放つ。これに智磨は天を仰ぐ。
真鈴がこの衣装――コスプレ用巫女装束を気に入っている事自体は智磨も知っていた。
しかしながら、ここまで狂信的に好きというのは智磨からすれば初耳であり、「お、おお……そうなんだ……」と彼女とやや距離をとりながらそう口にするしかなかった。
「とりあえず、とっとと着替えてきなって」
そう言って真鈴は“とっとと行け”というジェスチャーをして見せる。
それを見て智磨は「わかったよ真鈴」と言ってとりあえず、早く帰って着替える事にしたのだった。
次回更新予定時刻:
2025/07/16/08:00




