間/水流城智磨について/真鈴/参
真鈴は怪人を前にただ拳を構えて、好機を待つ。
相手の隙を見つけたら即座に一撃を放つ、と集中力を高めていく。
そんな真鈴だが他の怪討と異なり、真鈴には得物と言うべき武器は存在しない。
この手に着けられている手甲こそが真鈴の得物――つまり、拳で戦うインファイトこそが真鈴の戦闘スタイルであった。
再び迫る触手に対して、左手で逸らしながら臆する事なく真鈴は怪人との距離を詰める。
そうして、残っている右手を振りかぶって右ストレートを怪人の腹部へと叩きつける。
真鈴の持つ並外れた奇力を拳に集中させて叩き込むこの一撃は、シンプルながら非常に強力で真鈴にとっては正しく“必殺”技。
これを受けた怪人は、腹部に大きく穴を開けてその場に倒れ込む。
その様子を見て真鈴はふぅ、と息をつきながら周囲を見やる。
恐ろしい事に、眼前の怪人のような気配がまだ幾つも残っている。
その事に気が付いて、真鈴は冷や汗をかく。
確かに、眼前の怪人は一撃で討伐できた。
だが、これがまだ何体もいる。
救出するべき仲間を救出しながら、この敵を仕留めなければならない。
「冗談じゃないっての……!」
これからの労力を考えて、真鈴はそのような悪態をつきながらもその場を離れて他の怪人の気配がした方角へと向かうのだった。
そうして真鈴は夜道を一人で駆ける。
道中で幾人かの怪討を救出しながら、怪人の相手をし続けて既に幾ら程の時間が経ったのか。
あまり考えたくない、と思考を放棄しながら真鈴は気配のする方へと疾走する。
それは、水流城一族に対する今回の作戦の要――拠点への潜入班のいる場所だった。
元々、今回は水流城一族に攫われた怪討を救出する事が第一目標であった以上、潜入班も二等怪討ではあったもののどちらかと言えば、潜入により特化している人員であった。
つまり、真正面から怪人と戦うと場合に不向きである事が真鈴にはわかっていた。
「無事でいてくれよ……!」
潜入班に選ばれていた怪討は、冷静さ平静さを保てる人材であった為、怪人が現れたからといって簡単に取り乱したりする事はないだろう、と真鈴は考えていた。
しかしながら、水流城一族の拠点から一番近い場所に潜伏していた以上、最悪の場合には水流城一族と挟み撃ちになっている可能性すらもあった。
つまり、これまで救出してきた怪討達と比べて救出する難度が極めて高いと真鈴は予想していた。
そうして、感じ取った強大な奇力の気配へと真鈴が駆けていると、唐突にその近くからより強い奇力の気配を感じ取ってついその脚を止めてしまう。
これまで感じ取っていた強大な奇力がかき消される程の強力な奇力。
それこそ、全日討の頂点である倉橋晴也にも匹敵するような奇力を。
「――は?」
二〇一六年現在、特等怪討は晴也ともう一人しかおらず、そのもう一人は現在ここからは遠く離れた西日本で活動中で、晴也は本部で有事に備えて寝ている。
そうなると、この場にいるのはその特等怪討ではないそれに匹敵する存在という事になる。
つまり、これは真鈴には手が負えない案件で、晴也が備えている有事という事と同義。
真鈴は一等と特等との間には大きな差がある事を晴也という存在でよく知っている。
殆ど寝てばかりの全日討会長の晴也だが、その実力は全日討でも頂点であるという事を知っている。
だからこそ今この瞬間、それに匹敵するような奇力を感じ取る等と言う事はあり得ないと考えていただけに、この状況は真鈴にとっては非常に良くないものであった。
だが、救出できるかもしれない存在を前に、その脚を止められない。
いや、止めていられない。
止まっている場合ではない。
「くそっ、動けっ!」
恐怖で震える足を強く叩いて、ショック療法で復帰すると真鈴は再度地を駆ける。
先程まで感じていた怪人の気配はかき消されていたが、幸いにしてこれまでにない奇力の持ち主はその怪人と近い位置にいる事が真鈴には感じられた。
その為、その気配へと真鈴は駆けていく。そうしてたどり着いた真鈴の視界には、信じられない光景が広がっていた。
「――大丈夫?」
そこには、四肢をもがれて転がっている怪人と、あまりにも幼い少女の姿があった。
そんな少女のすぐそばには怯えて竦んでいる二等怪討の姿もあり、どうやら五体無事であるらしいと真鈴は即座に見てとった。
この場における問題は、その少女の方にあった。
夜の闇に溶けて消えてしまいそうなほど黒く長い髪をなびかせ、目が青白く輝いている様は、あまりにも神秘的に見える。
絵画の中に出てきそうな程の美麗さを持つ彼女に見とれている事に気が付いた真鈴は、自分で自身の頬を叩いてから、「ちょっといいかな」と話しかける。
「あ、わ、稿科一等……!」
怯えて竦んでいる二等怪討は真鈴がこの場に来た事で漸く安心できたのか、安堵の声を挙げる。その様子に「とりあえず、作戦は中断しました。
一旦身の安全を確保して下さい」と真鈴が言えば、二等怪討も「は、はい!」と言ってその場を去る。この場に残されたのは、真鈴と少女の二人だけだった。
「――で、あなたはどちら様?」
真鈴はそう尋ねながら、いつでも拳を構えられるよう気持ちだけは整えていた。
怪異ではないだろうが、怪人である可能性は否定できなかった。
状況的には怪人ないし怪物をこの少女が討伐しているらしい事は察したとして、それ以外の事はわからない。
敵なのか、あるいは味方なのか。それだけでも判断できるようにしたい、と真鈴は考えていた。
だが、そんな真鈴の問いかけに対する少女の反応はそのどれでもない。
「……名前は、ない」
これには「え?」と真鈴が驚きの声を漏らす。
そんな真鈴の様子をよそに、少女は言葉を重ねる。
「急に、怪物が襲ってきた。私は、それから身を守っただけ」
少女の言葉をそのまま信用するのであれば、どうやら、少女も怪人ないし怪物に襲撃された側だと言う。
それが本当だとすれば、少女は初めからこのあたりにいて、怪人あるいは怪物に襲われたという事になる。そして、ここは水流城一族の拠点の近く。
そこから導き出されるのは、この少女が水流城一族に関係する人物ではないか、という事だった。
「……じゃあ、どこからあなたは来たのかな」
そうして、真鈴はそう尋ねる事にした。
作戦は中断しているものの、こうして一つ大騒ぎがあった以上は、一旦は話をするべきではないか、と真鈴は考えたからだった。
そんな意図はともかくとして、少女は「あそこ」と言って指をさす。
それは、水流城一族の拠点がある方角であり、「やっぱり」と声を漏らす。
だが、少女のここから先の言葉によって、真鈴は絶句する。
「――生き残ったのは、私だけ。あとはみんな怪物にやられた」
その言葉を真鈴が理解するのに、幾ばくかの時間を要した。
「……それは、どういう……?」
推定水流城一族の関係者らしき少女がいて、その少女が“生き残ったのは私だけ”と言っている。
それはつまり、水流城一族は既に滅びている、という事を意味している。
たったそれだけの事実を理解する為に、真鈴は時間を浪費してしまう。
そして、理解したとしてもこの状況が理解できていなかった。
「この怪人に水流城一族が皆やられたというのか……?」
「やられた所は見ていない。でも、私がここに来るまでに見かけた人は皆死んでる。だから、生存者を見つけたのはさっきが初めてだったんだ。一人でも助けられるならと思って」
その言葉に、少女の言い分を耳にして、真鈴は驚きを隠せない。
この少女の言う事が本当だとすれば、先程の轟音よりも際に水流城一族は怪人あるいは怪物からの襲撃を受けて、その殆どが倒れてしまっているという事になる。
考えれば考える程、真鈴は頭が痛くなるのを感じていた。
早い所、特等怪討である晴也会長がこの場に来て事態を収拾してくれはしないか、と思う位に。
「――来る」
内心で真鈴が頭を抱えていると、少女は唐突にそう口にする。
どういう事か、と考える間もなく直後に強烈な気配を感じる事となる。
先程の怪人等とは比べ物にならない、強烈な存在感。
とてつもない奇力の持ち主という事だけは辛うじてわかるという位。
少なくとも、真鈴はそのような存在とは真正面から戦いたくない、というのが本音であった。
しかしながら、あまりにも幼い少女を目の前にして逃げるのも格好がつかない、と真鈴は「……あなたは逃げ――」と声をかけようとしたその瞬間、少女は地を蹴ってその気配の方へと跳躍するかのように駆けていく。
その身体の小ささからは想像もできない程の歩幅、跳躍幅で新たな存在へと向かっていく。
それを見て真鈴は置いて行かれないようにと駆ける。
そうして、たどり着いた先には大きく身体を肥大化させた先程の怪人とよくにた姿の者だった。
だが、違う点を挙げるとすれば、それは人型には拘らず全身から触手がうねうねと生えているのがよく見てとれる。
「やるよ、布津丸」
少女がそう呟くと『応よ我が使い手!』との声が真鈴の耳にも届く。
よく見てみれば、少女の手には一振りの日本刀が握られていて、それが“布津丸”なのだろう、と真鈴はぼんやりと考える。
その間に、少女は怪人との距離を一気につめていく。
対する怪人も触手を振るって少女に一撃を与えようとする。
だが、直後に見えた一瞬の煌き――少女が布津丸を用いて描いた太刀筋の後、その怪人は細切れになって地面に落ちていく。
あまりの早業に、真鈴の目ですらその詳細は見てとれない。
真鈴はこれまで、特等と接した事はかろうじてある。
それこそ、倉橋晴也から直々に指示を与えられる事もあったりと、身近な特等怪討と言えば、真鈴から見たら大人であり技術的に世に評価されている者というイメージであった。
しかしながら、この真鈴の眼前にいる少女は、そういった技術的な部分を通りこしてあらゆる意味で説明できない存在であったのは間違いない。
そして、そんな少女を見て真鈴は「あぁ、なるほど」と一人で納得する。
特等怪討というのは、このように規格外の怪討がなるものであり、自分とは縁のないものなのだと。二等から一等は差が見てとれる。
だが、一等から特等に関して言えば、遠すぎて差がどれほどあるのかを理解できない。眼前の少女は、その域にいるのだと真鈴は確信していた。
――これが、後に水流城智磨という名前を与えられ、史上三人目にして史上最年少の特等怪討となる事となる少女と、真鈴の出会いだった。
次回更新予定時刻:
2025/07/13/18:00




