間/水流城智磨について/真鈴/壱
智磨と梓美が協力して一人の怪人を討伐していたのとほぼ同時刻。
霊崎駅の北方一キロメートル程にある団地――霊河団地。
霊河団地は全一五棟総戸数三千超という超巨大マンモス団地と言っても過言ではなく、高度経済成長期に作られたそれは、昭和のSFに出て来る未来都市を想起させる。
特に逆Y字型の住棟なんかはその筆頭だろう。
そんな団地をいつものコスプレ用巫女装束姿で稿科真鈴は歩いていた。
駅の方角に閃光が降り注ぐのを見て「あっちは片付いたみたいだな」と呟く。
一部始終を知っている訳ではないにせよ、その様子を見れば智磨が梓美に協力を要請して、梓美が超長距離曲射で怪人を討伐したのは真鈴にもわかる。
全世界に五人しかいない特等怪討の内、二人と親しくしているのがこの稿科真鈴一等怪討であった。
智磨や梓美のことはさておき、真鈴の現在の目的は霊崎支部に紛れ込んでいると言われている怪人についての調査であった。
真鈴が不思議に思っているのは、支部の側――支部長から“怪人が紛れ込んでいる”という報告をした訳でもないのに、全日討の本部から“支部に怪人が紛れ込んでいる”という情報が支部にもたらされた、という点だった。
本来、全日討の本部はそこまで支部に介入する事はあり得ない。
霊崎支部が人手不足だなんだと騒いでいるものの、それはどの支部も同様であり、それは本部も例外ではない。
その事は一等怪討として各地の支部と繋がりを持っている真鈴にとっては当たり前であり、だからこそ今回の件は不思議だと真鈴は首を傾げていた。
「――さて、私も仕事をしないといけないな」
そう言って真鈴は探索札を取り出して住棟の一つにペタリと貼り付ける。
先程まで智磨が霊崎駅の歓楽街を中心に貼り付けていたものと同じものではあるが、真鈴の手には智磨が貼り付けた枚数よりも多くあった。
智磨が歓楽街に四○枚程度貼り付けていたが、真鈴が今回の案件――支部に紛れ込んだ怪人を炙り出す――の為に用意した探索札はその倍以上。
霊崎支部のある霊崎市南部全域に探索札を貼り付ける、というかなりの重労働である。事実、真鈴の顔には疲労も見えている。
真鈴は何気なく探索札をぱららとめくってみれば、その枚数の多さがよく分かる。
これには「まだこんなにある」と真鈴は誰も聞いていないのに悪態をつく。
ため息もついて、残りの作業量にげんなりとしていた。
とはいえ、智磨が他者と協力して手早く怪人を討伐したのなら、こちらも頑張らなければと真鈴は自身を鼓舞する。
「――それにしても、アイツがこうなるなんてね……」
ふと、真鈴はそのようなことを口に出す。
真鈴にとって智磨とは戦友なのは間違いないが、どことなく保護対象のようにも見ている節があると自覚していた。
そして、そのまま真鈴は智磨との出会いを思い出す。
二〇一六年八月。
一等怪討として日本各地を転々としている真鈴は、唐突にT都内某所にある全日討の本部に呼び出されていた。
相変わらずのコスプレ用の巫女装束で向かった先には、ベッドで横になっている高齢の男性が待ち構えていた。
布団に包まったまま、頭だけが布団から出ている状態。
その顔も傍目から見てもかなりの恒例である事が察せられる皺やシミが見受けられる。
そんな男性を前にして、真鈴の格好こそ普段通りだが、飄々としたつかみどころのない顔はどこへやら。
「稿科一等怪討、呼び出しに応じ参りました」
と真鈴は言う。その言葉に「よく来たなァ。そう畏まらなくてもいい真鈴」と男性は返す。
その言葉に漸く真鈴は自身に力が入り過ぎている事に気が付いて、姿勢をやや緩める。
それでも緩め切らない辺りに、真鈴がこの男性に対して相当な敬意を持っている事が明らかだった。
そして、真鈴は普段からは想像できない畏まった口調のまま口を開く。
「それで、どういった用件でしょうか、倉橋特等」
真鈴がそう言うと、老人――倉橋晴也特等怪討にして全日本怪討組合の会長は「うむ、どこから話そうか」と考え込む素振りを魅せながら上半身だけを起こす。
身体はやせ細り、筋力がないように見えるものの特等怪討の抜きん出た奇力もあってか見た目にそぐわない力で、ゆっくりとだが確りと上体を起こしていた。
その様子に真鈴は内心で“やっぱりこの人現役だ”と確信する。
寝たきりの老人に見える彼、倉橋晴也だが、二〇一六年時点において全世界に二人しかいない特等怪討の一人という事もあって、未だに現役最強の怪討と呼ぶ声も多く、真鈴もまたその一人であった。
更に言えば、元々は特等怪討という枠組みも彼が特別抜きん出た存在だったから生まれたものであり、特等怪討とは晴也を指す二つ名のようなものだった時代もあったくらいだ。
そもそも、倉橋という苗字からしてかの陰陽師、安倍晴明の末裔とされる土御門の分家である事から、生まれた家の格も一流と非の打ち所がないとはまさにこの事であった。
近年になって晴也自身が老いて体力面に不安がある事や、そんな晴也に匹敵する一等怪討が現れた事から、晴也に匹敵するような怪討を特等怪討として認定するという決まりが出来上がった事で二人目の特等怪討が誕生したものの、それでも特等怪討という単語は多くの場合倉橋晴也を指す事が多かった。
そんな風に晴也の様子から勝手に彼により尊敬の念を抱いている真鈴の様子には目もくれず、晴也はどのように説明するかを僅かな間で考えて、そうしてから再度口を開く。
「そうだなァ――水流城一族という名前に聞き覚えは?」
晴也からの質問に対し、真鈴は「名前くらいは」とだけ返す。
これには「まあ、それはそうだろうな」と晴也も理解を示しながらも「一旦、水流城一族についての説明でもしようかァ」と言い、「お願いします」と真鈴は教えを乞う。
「んじゃァ……まず、水流城一族ってのは大前提として、怪討を代々排出している家系だァ。有名所で例えるならば、かの安倍晴明の末裔とされる土御門だとか、そういうのに意味合いとしては近いかもしれないなァ」
安倍晴明と土御門という例を出された事で真鈴は「なる、ほど」と一旦の理解を示す。全日本怪討組合の祖となる組織というのが、かの安倍晴明も在籍していた陰陽寮にあたる。
古い時代においても――いや、かつての時代においてこそ怪異というのはより危険で身近な存在であった。
そんな常に危険が身近にある時代において、優秀な陰陽師として名を挙げた安倍晴明は、現代で言うなれば特等怪討に等しい存在だったのは想像に難くない。
そして、そんな安倍晴明の末裔とされている一族というのが、土御門という訳だった。
そして、水流城一族もそういうのに近い一族であり、常に全日本怪討組合の前進となった組織に怪討を送り込み、これまで多くの怪異の討伐に協力してきた一族である。
しかしながら、戦後の日本で晴也が創立に貢献した全日本怪討組合と水流城一族の関係はあまり良好とは言えないのが現状であった。
「水流城一族ってのは確かに優秀な怪討を多く輩出してきた名門なのは間違いない。ただ、そのやり方が人道的にはあまり宜しくないんだよなァ。真鈴、競馬ってわかるかァ?」
唐突に競馬という単語を出された真鈴は「なんか今年有名な演歌歌手が馬主をやっていて、その馬が大きいレースを勝ったらしい事くらいしか」とざっくりとテレビのニュースで言われている事を口にする。
これに対し「あー……まあ、そのなんだ」と晴也は思ったよりも話が通じにくそうと察して言葉に窮する。
「とりあえず、競馬ってのは優秀な競走馬が多くの子孫を残していくブラッドスポーツなんだが、その結果として多くの場合にインブリード――要は近親交配が行われる訳だァ。……なァ、真鈴。これを怪討――人間に置き換えたらどうなる?」
競馬の話をしていたかと思えば、急に怪討の話に戻った事で真鈴は「――え?」と戸惑いつつも、怪討に置き換えた場合というものを考える。
怪討というのは、少なくとも現時点で確認される限りでは人間がなるものである。
つまり――。
「人間で近親交配……って事ですか?」
「まァ、そういうこったァ。とにかく優秀な怪討同士で子供を作り、より優秀な怪討を生み出すっていうのが水流城一族のやり方だ。怪異を討伐するという目的で協力できる部分はあるがァ――人を人とも思わず、とにかく怪討として優秀な血を濃くする事しか考えていないマッドな奴らなのは間違いない」
晴也の言葉を受けて、真鈴は水流城一族という存在が如何に非常識であるかを理解する。
競馬についてはあまりよく知らない真鈴であっても、近親交配という言葉の意味を考えれば、これが人間に当てはめて良いものである筈がない。
そもそも、生物というのは本能として近親での交配を避けるようにできており、これが将来的に種を存続させるための手段となっている。
人間にもその本能というのは当然ながら引き継がれていて、遺伝子的に遠い存在に対して無意識に惹かれるというデータもあると真鈴は聞いた事があった。
それにも関わらず、その自然の摂理に逆らって近親交配するというのは考えられない事であった。
「そして、ついにあいつらは全日討の怪討から一人、その交配用にと誘拐しやがった。とてもじゃないが、もうこれは許せる事じゃあない。――つまり、水流城一族はこれより怪人とみなすという事だ」
怪人という言葉の定義としては本来ならば怪異と人間とが接触する事によって、人間が怪異の力を取り入れて悪事を働くようになった者、というものがある。
しかしながら、例外的に怪討でありながら人の道理から外れた者を怪人と呼ぶ事があり、今回の水流城一族はこの後者にあたるという訳だった。
「つまり、水流城一族を滅ぼせ、と?」
「交渉の余地がない場合はそうなるなァ。第一目標は、誘拐された怪討の救出。儂はもう歳だからなァ、頼まれてくれるか?」
晴也の真剣なその表情に、真鈴は息を呑む。
眼前にいるのは年老いて寝たきりになっている人間だというのに、その眼光はそのような事を一切感じさせない鋭さがあるように真鈴には見えた。
その鋭さに気圧されて、「了解、しました」と声を漏らすのが精一杯だった。
「うむ、それじゃあ資料はそこの机に置いてある。持って行ってくれ」
そんな真鈴の様子を気にも留めずに晴也はベッドの脇にある机、その上に置いてある資料に視線を向ける。
真鈴はただ、その通りに資料を受け取ってこの場を去る事しかできなかった。
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2025/07/12/18:00




